また何か釣っちゃいました? なぜか俺だけ古代生物が釣れまくる件

メモ帳パンダ

第1話 とっても可愛いニホンヤマネコ

 伊豆の山々から太陽が昇り、駿河湾に光が差し込む早朝。

 俺は馴染みの防波堤で竿を出していた。


 釣りをする俺の横で、餌を欲しがる飼い猫のハナが俺の足にすりすりしてくる。


「クゥゥ……」

 ハナは甘えたように鳴いた。


 ハナは二年ほど前、川で釣りをしているときに餌に食いついてきた間抜けな子猫だった。

 寒さで震えていて、親も見当たらなかったので家に持って帰って飼うことにした。


 竿の先につけた鈴が鳴る。

 俺はハナを撫でていた手を止め、竿を持ちゆっくりリールを巻く。

 タイミングを見計らい、合わせた。


 この強い引きは、アイツに違いない……。

 リールを巻いていると、海面から現れた。

 ギマだ。全国的に釣れるカワハギの仲間だ。


 釣りの成果を盗もうと意気揚々としていたハナは、興味をなくしたように俺の足元へ戻ってきた。

 そして俺の足に体を押しつけ、甘えるように鳴いた。


 ギマは全国的には釣りの餌取り、外道として扱われる。フグと同じような扱いだ。

 なぜ釣り人に嫌われるのか?

 それはトゲが鋭く、体表がヌメヌメするからだ。


 魚好きのハナも、一度粘液まみれになってからはもう手を出さなくなった。

 竿を出し、OB缶とガスコンロで真水を沸かす。


 ギマの毒トゲを切り落とし、熱湯をかけて処理した。

 この処理をして表皮を擦るだけで、食べやすさは全然違う。


 実はこの魚、俺の住んでいる静岡県を含む東海地方では人気のある魚だったりする。

 引きが強いし、身は美味しい。


「ニャッ!」


 ギマを振って湯気を冷ましていると、ハナが手から強奪していった。

 皮をスキ引きしてやろうと思っていたが、そんな配慮はいらなかったらしい。

 ハナの爪は鋭い。ちょっと変わっていて、爪は普通の猫のように完全には引っ込まず、先がいつも光っている。

 ひっかかれれば血が出る。

 尻尾は太く、先だけが黒い。まるで森の影を一本抜き取ったようだ。長さは八十センチほどもある。


 それに身軽で、棚の上を歩くときも音を立てない。

 拾ったときは床にベッドを用意したが、まるで使わず、代わりに俺の部屋の梁に跳び上がって、そこを寝床にした。


 ギマを食べ終えたハナが、もっとよこせと前足で俺の膝を小突いてきた。

 服越しでも爪が当たって痛い。


 また竿先の鈴が鳴る。上げてみるとまたギマ。

 ギマが釣れ始めるとギマしか釣れない。

 残っていたお湯をかけてヌメヌメを落とし、トゲを全て切ってから放り投げる。

 俺はハナの餌を釣りに来たわけじゃないんだ。もっと大物が釣りたい。


 沿岸には餌取りしかいないようなので、ルアーでイナダを狙う。

 駿河湾は日本でも珍しい。岸からすぐ深くなり、三千メートルもの深海へ落ち込む。

 その生態系は豊かで他に類を見ない。


 つまり、イナダを狙うには最高の場所だ。

 ちなみにイナダはブリの少し小ぶりな奴のことだ。この辺りではイナダと呼ぶが、同じ県内でも浜松の方に行くとハマチと呼ばれたりする。


 しばらくすると当たりがあった。もっとも、引き上げる前からわかっていた。

 いつもの殻付きのイカだ。厚くて硬い殻をまとっていて、触るとカチカチしている。

 コイツはルアーでジギングすると抱きついてきて、すぐ釣れる。ほんと邪魔なやつだ。


 このイカはあまりに釣れるので食べてみたことがあるが、味がしないうえに殻と身が癒着していて、料理がひどく面倒だ。

 母からはもう釣ってこないでと言われている。


 リリースするしかないが、なぜかこのイカを嫌いになれない。

 毎回、形が全然違って面白いからだ。チョココロネみたいな形や、ねじれた奇妙なものまでいて、個性がある。


 俺の携帯のカメラロールには変なイカの殻コレクションがあるほどだ。

 これは殻が普通だな。まあ、いらねーか。

 ハナも全く興味がないようで、誰かが防波堤に捨てたフグで遊んでいる。それ食うなよー。


 駿河湾が深いからだろう。釣りをすると、いつもよく分からない魚やイカが釣れる。

 オウムガイの一種かもしれないが、俺の魚介図鑑には載っていない。


 その後もイナダを狙ってみたが、変なイカしか釣れない。

 今日は結局ハナの餌やりに来ただけだったな。

 リュックにハナを入れて、家に帰ることにした。


 原付に空のクーラーボックスと竿をくくりつけて家に向かって走る。

 途中、漁港の駐車場をチラ見して、母さんの車があることを確認する。


 我が家の朝食は少し遅い。学校のある日は間に合わないので、作り置きを食べていたりする。

 それは母が起きるのが遅いからではなく、逆だ。

 朝から水産業で働いているのだ。女手一つで俺を高校まで行かせてくれている。


 家の近くまで来ると、友人が原付に乗ってどこかに行こうとしているのが見えた。

 近づいてヘルメットの風防を上げて、原付を近くに停めると声をかけられた。


「おっ、ミナトおはよう。釣りの帰りか?」


 こいつは隣の家に住んでる幼馴染の亮太だ。残念ながら男だし、隣の家といっても五百メートルは離れているけど、昔からよく遊んでいた。

 昔から頭の良い奴で、今は沼津にある高専という国立の工業系の学校に行っている。


「全く釣れなかったよ。ハナに餌やりしただけさ。」


 名前を呼ばれたからか、リュックからハナの鳴く声が聞こえる。


 どうやら亮太は土曜日なのに、これから学校に自主勉しにいくらしい。

 テスト前で色々大変らしい。コイツの学校の教科書を一度見たことがあるが、「インピーダンス整合を計算しなさい」とか、意味不明な問題ばかりで、理解するのを諦めた。

 本当に同じ高校一年生なんだろうか。


 亮太は入学してから忙しいらしく、一緒に釣りに行けていない。やっぱり頭の良いやつは違うな。

 こういう奴が静大みたいなところに行くエリートなんだろうな。

 とか考えていると、青い軽自動車がクラクションを短く鳴らして通り過ぎていった。朝飯の時間だ。もう帰らないといけない。


「母さんが帰ってきたみたいだ。じゃあまた今度釣り行こうな。」


 手を振り、原付のキックを踏み込んでエンジンをかけた。

 家の前に原付を止めて、ハナをリュックから出す。

 軽自動車で帰ってきて荷物を出していた母親に、ハナが甘え始めた。


「ミナトおかえり。今日はなんか釣れた?」

「いや、全く釣れなかったよ。いつもの殻付きのイカだけ。」

「それでこんなにハナが食べ物をねだってるのかい。」


 いや、ハナには既に魚を二匹もあげている。十分なはずで、ただの食いしん坊なだけだと思う。


 いつもの朝食だ。母は忙しいのに、決して朝食に手を抜くことはない。

 ハナに俺のウィンナーを取られたりしながらも、穏やかな朝の団欒が続いた。


 最後に部屋に飾っている御神体に感謝する。

 昔、駿河湾の波打ち際で拾った恵比寿様の像だ。

 明日もこんな日が続けばいいな。

 ふと視線を上げると、恵比寿様の目がきらりと光った気がした。





 ◾️ミナトくんの変な生き物紹介コーナー◾️

 ニホンヤマネコ(個体名ハナ)


 ニホンヤマネコは、かつて本州・四国・九州に棲んでいたベンガルヤマネコの系統で、氷期に大陸から渡来したと考えられている。

 縄文から弥生にかけての温暖化と農耕の広がり、さらに家猫の流入によって生息地を奪われ、数千年前には姿を消したとされる。

 現在、日本で生き残っているのは、対馬のツシマヤマネコと西表島のイリオモテヤマネコの二系統のみで、いずれも絶滅の危機に瀕している。

 日本書紀には「山に棲む猫」の記述があり、絶滅後も夜を司る獣として、人々に恐れと敬意をもって語り継がれていた。


 ハナは母親とはぐれ、衰弱していたところに、美味しそうな餌が現れた。それを食べた途端、ミナトくんの不思議な力によって、現代へ現れた。

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