エピソード・トリスティス
エルフに、どういうイメージ持ってます?
華奢で、優美で、耳が長い。
なるほどなるほど、確かにそうです。あとは?
魔法に長けていて、高慢ちきで、ドワーフ嫌い。
まぁ、そうですね。大体合っています。
そして、そう、選民意識が強い。
――これが私が里を出たきっかけです。
私が生まれ育った里は、それはまぁ選民意識に凝り固まったエルフの集まった場所でした。
エルフこそが世界を俯瞰している存在、他の種族なぞは無駄に増えるだけの低俗な輩。
あんな連中に交じって長い時を過ごすなんて吐き気を催すほどの嫌悪。
――ね、ちょっと聞いただけでもうんざりでしょう?
私は……人間でいう二十歳程度までこの里で生きていましてね、この連中の一人としてこれからの長い時を生きていくのかと思うと、堪らなく退屈で、堪らなく厭でした。
だから、誰にも何も言わず、するりと里を出たんです。
幸いにして魔法は使えますから、街道を行くぐらいなら問題ないと思っていたんです。
思っていたんですけどね?
普通に強盗に襲われました。
追い剥ぎ、ですかね?
有り金置いていけ、と言われて持っていた全財産である金貨二枚を出したら、舐めてるのか、とあっという間に囲まれてしまいました。
里の外は物騒なんだと、初めて知りましたよ。
ある意味、反射だったんですけどね?
その場で魔法をぶっ放して四人の強盗を消し炭にしてしまいました。
死体が残っていたので、すぐに教会にでも持って行けば助かったんじゃないですかね?
なので辺りを見回したわけですが……街道を進んでいた人々は悲鳴を上げて逃げていくんです。
あれ、私、なんかやっちゃいました?
そう思ったときには遅かったみたいです。
駆けつけてきた王国兵に逮捕されました。
意味が分からなくて、事情を説明したんですけどねぇ、あいつらヒトの話を聞きやしないんです。
「お前が四人を殺害したのは事実なんだろう?」
そう聞かれては「はい」以外の返答はないですよ。だって私の魔法で死んだんだから。
それで私はそのまま王都に連行されました。
――王都に行くつもりだったので、馬車で護送されたのは手間が省けましたけどね。
王都の正門前で馬車が停まり、私は「降りろ」と促されました。
素直に馬車から降りると、王国兵が何やら門兵と話しています。
その間も何台もの馬車が行き交っていました。一台の乗合馬車が停まって乗客を降ろしています。
そんな喧噪の中、小声で話しているようですが、エルフ相手にそんなことしても無駄なんですよねぇ。
「四人殺害? 凶悪犯じゃないか」
「――本人が言うには、強盗に襲われたから正当防衛だと……」
「追い払うならともかく、殺してしまったら過剰防衛だろう」
聞こえてきたのはそんな話。
私の証言は一応聞いてくれていたみたいです。
ただ、やっぱりやり過ぎてしまったんでしょうねぇ……。
ため息を吐いたとき、ふと視線を感じました。
「?」
ちらりとそちらに目を向けると、三人の人間。
馬車から降りた一団にいたのか、その三人はこちらを見て一言二言、何か言っていたようでした。生憎聞こえなかったんですが。
その中の一人が、眉間に皺を寄せてこちらへ向かってきます。身なりからして、聖職者でしょうか?
その護衛と思われる青年が二人、彼に従うようについてきています。
一人は身のこなしが鋭角。本で読んだことがあります、あれは東方にいるという侍でしょう。
今一人は……油断なく私を見据えています。この人、斥候とかですか? 或いはシーフというやつでしょうかね?
私が観察していることに気付いたのか、シーフっぽい青年が目を細めました。
「……?」
口が、ぱくぱくと……だ・まっ・て・ろ? 黙ってろ?
少し首を傾けたとき、聖職者らしき男が王国兵に声をかけました。
「そのエルフ、本当に正当防衛だよ。殺されるところだったんだから」
「ん?――あぁ、“嘆きの”……現場を見ていたのか?」
「見てたって言うか……僕が受けた依頼の討伐対象だったんだよ、このエルフを襲った奴ら。――生死問わずって、ギルドから言われてる。これ、依頼証」
男が差し出したものを受け取った王国兵は、それを改めてから難しい顔をしました。
「確かに、街道に出る追い剥ぎ四名の討伐だな……死体を確認したのか?」
「した――まぁ、消し炭状態だったけど。一応、さっきの辻馬車で教会に運ばせたから蘇生次第、逮捕して裁けばいいんじゃないか?」
おや、これは……この人、私を解放しようとしてます?
黙ってろ……なるほど、余計なことは言うな、ということですか。
エルフに劣らず華奢な、その“嘆きの”と呼ばれた人間は言います。
「僕としては代わりに討伐してもらったようなものだ、このエルフには報奨金を渡さないといけない。あんた達はこのエルフを見なかったことにして、蘇生させた凶悪な追い剥ぎどもを逮捕すれば手柄になる。――悪い提案じゃないだろう?」
はぁ、口が達者な人ですね。
人心掌握が上手いんでしょう。交渉を優位に進めるために、自分は損をすることを伝えた上で相手のメリットを多めに提示している。彼の目的は私の拘束を解くこと、そう考えれば、彼自身の損なんて存在しないのかもしれませんが。
果たして、王国兵と門兵は顔を見合わせてから頷き合い、私に告げました。
「お前、行っていいぞ。“嘆きの”旦那に感謝した方がいい」
「はぁ……」
気の抜けたような声を出した私を解放して、王国兵達は去っていきました。
私は無言の彼に促されて、するっと王都へ入ることが出来ました。
――危うく犯罪者になるところでした。
正門から少し離れたところで足を止めた彼は、肩を落として鬱々とした言葉を吐き始めました。
「きみなぁ……いくら追い剥ぎに襲われたからって、いきなり火炎帯で焼き払うことはないだろう……声を上げてくれれば助けにぐらい入ったよ……」
「あぁ……ほぼ反射でしたから。あんなに景気良く燃えるとは思ってませんでしたが」
「うわ……リーダー、こいつ何したか分かってないんじゃないすか?」
シーフらしき青年が呻くように言いました。傍らの侍は一つ頷くと、涼しい顔で告げます。
「アクラよ、人を襲うというのは返り討ちにあってもいいという覚悟のある者だけだ。このエルフ殿はそれを実践したに過ぎぬ」
「反射で魔法ぶっ放すやつがそこまで考えてるわけねぇだろ」
「あー、二人とも静かに。とにかく、きみが今、王都を一人でうろつくのはまずい。一応、僕が身柄を預かったようなものだから」
そういうことになるわけですか。
身元引受人、みたいな?
なので、私はしばし考える振りでこの人を観察してみました。
――細身の聖職者、目を引くのはその淀んだ目。容貌は整っているのに、その目が彼の雰囲気を陰鬱なものにしている……にも関わらず、何故か受ける印象は穏やかで、優しげです。
彼の言動は、先程から一貫して善人のものでした。
私を助ける必要は彼にはなかった。なのにわざわざ割って入って、死体の後処理すらもして、見ず知らずの私を解放するために動いた。
今だって「声を上げてくれれば助けに入った」などと、事の発端の時には既に私を助けるつもりでいたことを口にしている。おまけにこれでさようならではなく、私をしばらく手元に置くと。
――正直に言って、見たことがないタイプのヒトでした。
里では一度たりとも見たことがない、他人のために動く善人。
ひどく、興味を惹かれました。
なんでこんな人格が形成されたんでしょう?
先天的? 後天的? 環境? 交友関係?
次々に疑問が湧いてきて、唐突に理解しました。
このヒト、研究したい。
これまでの足跡を知りたい、これからの歩みを知りたい。
このヒトの最後の命の使い方を知りたい。
生来の研究者気質に火が点いたような、底無し沼に足を踏み入れたような、相反する二つの感覚に同時に襲われて、自然と背筋が震えました。
歓喜と、恐怖。
このヒトは、きっと私の人生を変えてくれる。
私にとっては短いものである彼の人生は、きっと私を退屈から救ってくれる。
だから……言っていたのでしょうね。
「それではご厄介になります。私はトリスティス。これでも魔術師としてはそこそこのものですよ?」
里を飛び出した独りぼっちの陰気なトリスティス……私は、こうして彼、ベルンシュタインとその仲間に出会いました。
彼が抱えている過去の心の傷に触れたとき、彼がゆっくりではあるけれど立ち上がって前に進み出したとき、彼が死に触れる度に苦しむとき。
私は薄暗い歓びを覚えるんです。
彼が見せてくれる彼の人生が、その度に彩られていくから。
どれだけ打ちのめされても彼の善性が砕けないことが、いつしか私の歓びになっていたのです。
――まぁ、私が死ぬ度に泣きそうな顔で蘇生させてくれる彼に、情がないわけではないんですけどね?
これでも、仲間ですから。
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