第18話 満身創痍の帰還と道具の評価
激しい光と空間の歪みが収束すると、アキトは強烈な衝撃と共に、見覚えのあるリリアンの拠点、塔の深部の一室に倒れ込んだ。
彼の隣には、右足にグレイの刃が突き刺さったままのセレネが横たわっている。彼女の意識は失われていた。アキト自身も、脇腹と左手の甲から血を流し、全身の骨が悲鳴を上げていた。
部屋の奥から、ゾルグとリリアンが静かに現れた。
ゾルグの視線は、まずアキトの胸から床に転がり落ちた『呪われた巻き物』に向けられた。
ゾルグは歓喜の表情を浮かべ、それを拾い上げた。「やったぞ、アキト! 『知恵の断片』の所在が記されたこの巻き物を、貴様は確かに持ち帰った!」
彼の魔力が巻き物に注がれると、古びた羊皮紙が淡く輝いた。
リリアンは、アキトとセレネの満身創痍の姿を冷たい目で見下ろした。
リリアンは、苦しそうにあえぐ娘のセレネに一切目もくれず、アキトを見た。
「任務は成功よ、アキト。巻き物を回収した。しかし、あなたは私とゾルグの命令に明確に反した」
アキトは、かすれた息でリリアンを見上げた。「セレネは……重傷だ。治療を」
「大事な娘だもの、治療はするわ。しかし、道具の価値は、その効率性で測られる」リリアンは冷徹に続けた。「あなたは感情に流され、余計なリスクを負った。セレネはあなたの盾として、死ぬべきだった。核の情報が優先よ」
ゾルグは巻き物を満足そうに広げながら、アキトを嘲笑した。「道具が、別の道具に『義理』などという、くだらない人間の感情を抱いた。貴様はまだ、完全に『道具』になりきれていないな」
「ぼくは……」アキトは言葉を探した。
「アキト、あなたはあなたたち悪魔の身勝手な命令で、道具として見捨てられるセレネの姿に、過去の自分を重ねたのよ」リリアンは、アキトの心を見透かすように言い放った。「それはあなたの弱さよ。憎悪だけが、あなたを突き動かす力なのに」
その時、倒れていたセレネが、かすかに意識を取り戻した。
「……お母さま」セレネは苦痛に喘ぎながら、リリアンを見た。「転移が……乱れました。私の魔力不足です」
リリアンは、セレネに初めて視線を向けたが、それは娘への愛情ではなく、失敗した道具への評価だった。
「わかっているわ。魔力制御の訓練を強化する必要があるわね、セレネ」
ゾルグは巻き物から顔を上げ、セレネに言った。「だが、セレネ。貴様の行動は、アキトを生還させた。人間の道具を生かして連れ戻すという、お前の任務は完遂された」
その言葉を聞き、セレネはアキトに視線を移した。アキトは傷だらけになりながら、自分に命の価値を与えようとしてくれた。
「……人間」セレネは掠れた声で呟いた。「あなたは、なぜ、私を……」
「君を、みていられなかった」アキトは、まっすぐセレネの目を見て言った。彼の言葉は、ゾルグとリリアンへの静かな反抗だった。
セレネの瞳に浮かんだのは、もはや侮蔑ではなかった。それは、初めて自分自身の存在意義を外部の人間に問われたことへの、深い動揺だった。
ゾルグは、巻き物から得た情報に満足し、アキトの反抗を一旦無視することにした。彼の復讐心をコントロールすることが、今は最も重要だ。
「いいだろう、アキト。貴様の感情的な行動は、いかにも浅はかな人間らしい行動であり、我々にとっては想定の範囲内だ。重要なのは、この情報だ」
ゾルグは巻き物をリリアンに渡し、新たな命令を下した。
「次の標的は、『怠惰のベルフェゴール』。奴は、『力の断片』を隠し持つ。この巻き物によれば、ベルフェゴールの居場所は、魔界の深部にある『忘却の迷宮』だ」
ゾルグは、血まみれのアキトを見下ろした。
「貴様には、3日間の休息を与える。しかし、覚えておけ、アキト。貴様が『道具』である限り、貴様の行動原理は、憎悪と命令のみだ。余計な感情は、貴様を破滅させる」
アキトは、ゾルグの言葉を聞きながら、セレネの横顔を見た。彼は、ゾルグの命令で動く復讐の道具であることに変わりはない。だが、その心の中に、『道具』という運命への反抗という、新たな亀裂が生まれ始めていた。
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