第30話 ベタラ=ローズの夢語り

「だからあたしね、お兄ちゃんの恋人が、安心できる人だって調べたいだけなの。

 そしたら、カラメリゼ=カスミ姫をイジメたりしないし、ちゃんと、お兄ちゃんの結婚を祝福できると思う。

 あの人、あんたと同じ匂いがする。」

「なに?」

「生粋の王族。高貴で、苦労しらず。

 人間の屑たちなんて、目にしたこともない。

 底辺のめにまったうじみたいな人間たちは、そもそも目にはいらない。

 そんな人たちだよ。」


 タクアンヌはマントをかぶりつつ、両肘を地面について、両手で頬杖をつき、ライスを見て、からかうように笑った。


「バカにするな。」


 なぜかライスの胸がズキリと痛んだ。


(そんなに僕は苦労知らずなんだろうか。真面目に国の将来を考えて、世継ぎの君として生きてきたのに……。剣だって歴史だって国の経営学だって学んで……。)


 そう言ってやりたいが、きっと、言っても、目の前の小柄な少女は、ふん、と鼻で笑って終わりにしそうだった。


「ふふ、バカにしてません。王子様。」


 あっさり言ったタクアンヌは、キービィと一緒にマントのなかにもぐりこんだ。本格的に眠る姿勢だ。


「だからあたしに協力してね。お願い……。」

「わかった。……できれば、昼間、なんで泣いていたのか、聞かせてもらいたいものだ。」


 タクアンヌは、眠たそうな声をしている。

 きっと、今なら、たずねたらすんなり答えてくれそうな気がした。


 タクアンヌはなぜ、今日の昼間、池のほとりで膝を抱え、悲嘆にくれて泣いていたのだろう?


「ああ、その話。あのね、お母さん、ベタラ=ローズ・ショウビがね、滅んだ王家の末裔だったっていうの、嘘。」

「嘘?」

「そう。お母さん、ナズナエル卿に、東の王家の末裔である証拠だって言って、指輪を預けたんだって。

 ナズナエル卿は、その指輪を調べようと、書斎に隠していた。

 で、調べている最中に、ベタラ=ローズが雪山に捨てられて、慌ててそれを追いかけて、帰らぬ人になったわけ。

〝今でも、あたしを愛した大貴族の息子の書斎には、その王家の指輪が隠されている〟っていうのが、お母さんの口癖だったわけなんだけど、今日、その書斎にはいって、指輪を見つけて……。」

「じゃあ、本当なんじゃないか?」

「違うのよぉ。」


 タクアンヌはくすくす笑った。


「聖ノリたまと大神官をセットで連れてきまして。いてみたんです。

 〝100年以上前に滅んだ国の王家の指輪ですか?〟ってね。

 そしたら、女神ギンシャーリーが、〝違うわよん、30年前に作られた偽物よん〟ってあっさり言うわけよ。

 あはは。笑っちゃった。

 お母さん、大嘘つきだった。嘘でナズナエル卿をたらしこんで、ナズナエル卿の命を奪うほど不幸にして、息子や娘にも、嘘を教えて育てた。

 何が、東の滅びた国、淘金とうきんのク=タラ国の王家の末裔よ。

 何が、証拠がある、よ。

 母親がそんな女だったって知って、さすがのあたしもショックだったってわけ。

 ちょっと泣いちゃったの。それだけよ。」


 タクアンヌは硬い声でそう言って、ごろり、と背をむけた。


「お兄ちゃんには、指輪の秘密は、内緒にしてね。

 この話はこれでもうおしまい。疲れた。もう話さない。

 明日はよろしく。」

「わかった。おやすみ。」




      *    *   *



(バカなお母さん。

 バカなニンニクッド。

 騙されたナズナエル卿。

 騙されたあたし。

 お兄ちゃんは、あたしより先に、あの指輪を書斎でみつけたはず。

 今も、あの指輪は、お母さんが残した、滅んだ国の王家の指輪だと思ってるはず。

 お兄ちゃんはそれでいいよ。知らなくていい……。

 大好き。お兄ちゃん。

 お兄ちゃんは幸せになってね。)


 タクアンヌは眠たくなり、うとうと、目が閉じかける。


(ライス王子を一緒に連れてきて良かった。

 竜のカプサイシングは便利だし、魔力を吸い取る相手がいないと、あたしは爆発を起こせない、ただの女の子だもん。

 キービィだけから吸い取ってたらかわいそうだし……。

 あたしとキービィだけで、トロルと戦う事になったら、けっこうピンチだった。

 戦ってたライス王子、かっこよかったな。

 3mメッサムあるトロルを、一人で次々倒して。

 勇敢なんだぁ……。)


「……あんた、トロル倒してる時、かっこよかったよ。おやすみ。」




       *    *   *




「!」


 不意打ちで褒められて、ライスは、どきっ! と心臓が高鳴り、タクアンヌとキービィの健やかな寝息が間もなく聞こえてきても、まだ脈がはやく、すぐに寝つけなかった。


「タクアンヌ……、僕が初めてのキスの相手って本当……?」


 小声で、もう寝たタクアンヌの背中に問いかける。

 答えを期待してのものではない。ほぼ、独り言だ。


 あの盗賊団の砂漠のアジトで。

 まったくロマンチックの欠片もない、ライスが襲われた、と言っていい口づけだったけど。

 それでも、経験のないタクアンヌの、必死の行動だと思えば愛おしい。


(い、いとおしい?!

 何を考えてる、くそっ。)


 ライスはぶんぶん、と頭をふって、愚かな考えを吹き飛ばした。

 タクアンヌの背中を見ながら、ふと、彼女からは自分がどのように見えているのだろう、と思う。


 自分にはタクアンヌのような大きな事件はない。

 12歳の時に、大神官になったシャケード兄上のかわりに、世継ぎの君の座が転がりこんできたのは事件だが、家族仲が良いので、大きなトラブルといったものもない。

 恵まれた人生といえよう。


 ────生粋の王族。高貴で、苦労しらず。人間の屑たちなんて、目にしたこともない。

 底辺のめにまったうじみたいな人間たちは、そもそも目にはいらない。

 そんな人たちだよ。


 タクアンヌの、あたしとあんた達は違う、と言いたげな顔が、ライスの胸にいつまでもこびりついて、離れなかった。





          *   *   *




 翌日。

 みゃーみゃー鳴くキービィを、喋り方が潜入にむかない、と、カプサイシングと一緒に茂みで待機させ。

 タクアンヌとライス二人で、熱砂のシナモンロ・オル国の首都プディングラードにある、スイデン神殿に、神官の格好で潜入した。

 神官の衣は、────ライスとしては気が進まない方法であるが────気絶させて借りた。


 何人かの神官に、それとなく、カラメリゼ=カスミ姫の噂を確認した。皆、


「いい人ですよ。」

「優しいお方です。」


 と笑顔で答えた。やっぱり、ここでもカラメリゼ=カスミ姫は優しい。あの気高さは、素なのだ。


「……認める。」


 タクアンヌはうつむいて、ぽつりとつぶやき、


「帰る。」


 さっぱりとした顔になった。神官の衣を脱ぎ捨て、茂みに帰ったら、カプサイシングとキービィがいなかった。

 茂みには人が争ったあとがあった。

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