悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます

藤宮かすみ

第1話 転生先は処刑台の隣でした

「うそだろ……」


 目の前に広がるのは、見慣れた自室の天井ではなく、やたらと豪華な天蓋だった。

 柔らかなシルクのシーツ、繊細な刺繍が施されたカーテン。そして窓から差し込む陽光にきらめく、見覚えのない庭園。


 俺、佐々木健太、三十五歳、平凡な会社員。趣味は家庭菜園とソシャゲ。

 昨夜も深夜まで残業し、クタクタで帰る途中、眩しいヘッドライトに包まれた……はずだった。


「ここは一体どこだ?」


 体を起こそうとすると、その小ささに驚く。まるで子供のような、細くて白い腕。

 鏡台に駆け寄り、そこに映った姿を見て、俺は再び絶句した。

 プラチナブロンドの髪、アメジストのように輝く紫色の瞳。幼いながらも、その整いすぎた顔立ちには見覚えがあった。


 これは、俺がハマっていた乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』、通称『君光』に登場する、悪役令嬢リリアナ・フォン・ヴァイスの兄、アシェル・フォン・ヴァイスの姿だった。


(なんで俺がアシェルに!?)


 頭が真っ白になる。

 アシェルは、ゲーム本編では妹の悪行に連座し、一家共々処刑される運命にあるサブキャラクターだ。出番は少ないが、その美麗な容姿と妹思いの設定から、一部のプレイヤーに人気があった。

 そして何を隠そう、俺の最推しは、その妹である悪役令嬢リリアナだったのだ。


「最推しの兄になるって、何の罰ゲームだよ!」


 しかも、ただの転生じゃない。処刑エンド直行ルートだ。冗談じゃない。

 俺は過労死しかけて手に入れたかもしれないセカンドライフを、処刑台の上で終わらせるつもりなど毛頭ない。


 俺の夢は、都会の喧騒から離れ、静かな場所で畑でも耕しながら穏やかなスローライフを送ることだ。こんな華やかだが危険な世界で、ヒヤヒヤしながら生きていくなんてまっぴらごめんだった。


(落ち着け、俺。まずは状況を確認だ)


 記憶を探ると、アシェルは現在十歳。妹のリリアナは八歳。

 ゲームのメインストーリーが始まるのは、彼らが学園に入学する五年後。まだ時間はある。


『君光』の物語はこうだ。

 ヒロインのエリアナが、平民でありながら特待生として貴族学園に入学。そこで王子のアルフォンスをはじめとする攻略対象たちと出会い、恋に落ちる。王子の婚約者であるリリアナはヒロインに嫉妬し、数々の嫌がらせを行う。そして卒業パーティーでその罪を断罪され、ヴァイス家は没落するのだ。


 処刑エンドの原因は、突き詰めればリリアナの闇落ちにある。彼女がヒロインをいじめなければ、断罪イベントは発生しない。そして、俺が連座で処刑されることもない。


「そうだ、リリアナを救えばいいんだ!」


 ゲームのリリアナは、プライドが高く、両親から甘やかされて育った結果、我儘な性格になってしまった。しかし本来は寂しがり屋で、誰よりも愛情に飢えていた。俺はプレイヤーとして、彼女のそんな不器用な一面を知っている。


 ならば、やることは一つ。

 この俺が兄としてリリアナに惜しみない愛情を注ぎ、彼女を心優しい少女に育て上げる。そうすれば、彼女がヒロインをいじめる未来はなくなる。

 破滅フラグを、根元からへし折ってやる。


「よし、決めた!」


 俺は鏡の中の美しい少年に向かって、固く拳を握りしめた。


「俺の穏やかなスローライフは、俺自身の手で掴み取る! 最愛の妹と自分の未来を、この手で変えてみせる!」


 悪役令嬢の兄に転生した元会社員の、処刑フラグ回避とスローライフ獲得に向けた戦いが、こうして始まった。

 まずは、可愛い妹とのファーストコンタクトからだ。

 期待と不安を胸に、部屋のドアを開けた。

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