異世界渡りの邪神遊戯

シラタキ

少女フランと不思議な少年

第1話 フランとウツロ

 仄暗い森の中に敷かれた街道で魔法車を走らせる。


 中古で購入した年代物故かはたまた初期も初期の物故か、速度は遅く木製の車輪はガラガラと音を出す。


 買い替えた方が良いのだろうが、少女にはお金が無い。


 最新型は高性能で浮遊するので値が張るのだ。魔力で動く魔法車はそもそもが高く、この車もかなり無理をして買った。


「ハァ~~……」


 フランは大きなため息をつく。せっかく家を出たのに、幸先が真っ暗だ。鬱蒼とした森と生息している獣の声が余計に悲壮感を煽る。


 彼女は家出をした。父が亡くなったことを契機に、持てるだけの荷物を持って家を出たのだ。

  家出したのを知っているのは兄と一部の使用人だけだ。他の家族は知らない。多分、気にも留めてないだろう。


 元々、自分を虐待していた家族だ。自分が消えても喜ぶだけだろう。


『賎しい産まれのクセに』


 血の繋がっていない義母と腹違いの姉はその言葉と共に自分に暴力をふるっていた。


 フランの本当の母はその家の使用人だった。父に手を出され妊娠が発覚した時、解雇されたらしい。

 それでも、母は自分を、時に優しく時に厳しく女手一つで育ててきた。それはフランにとって幸福の時間だった。


 しかし、フランが六歳の頃、母は流行病で亡くなり、葬式に現れた父に引き取られた。


 それからの暮らしは地獄そのものだった。

 少しでも泣けば外に追い出され、食事は良くて残飯だった。父は仕事が忙しく自分に目を向けることは無かった。生前の母を慕っていた使用人が陰ながら助けてくれなければ、少女は間違いなく死んでいた。


 そんな生活が十年続いた。つい先日、引き取った父が亡くなり、遂にまともな面識のある家族が居なくなった。だからフランは家出を決意した。


 家を出たら、幸せになれるはず。きっとそうだ。

 そう思いながら前を向くと、周りの景色に違和感を覚えた。


 獣の声がする暗い森というのは変わっていないが、周りの木が太くなっている。暗さも先程よりを更に暗い。よく見ると走っていたはずの街道も無くなっていた。人の手が入っていないのがよく分かる。


「あれ……?」


 フランは動揺した。明らかに景色が変わったからだ。しかし、森の奥地に入った覚えが無い。まるで別の世界に入り込んでしまったようなそんな強い違和感を覚える。

 急な変化に混乱しているとパキパキと枝を踏む音が聞こえてきた。音は次第に大きくなる。


(なんだろう?)


 魔法車を停めて様子を伺うと木々の間から大きな恐竜が現れた。


 熊も食い殺せそうな大きな顎、赤く硬そうな外皮、目の上から生える鋭い角。見たことがない魔獣だ。


 それはフランを見ると咆哮し近づいてきた。


(ヤバい!)


 フランは魔法車を急発進させる。


 恐竜も速度を上げ追いかけてきた。


 このままでは食べられてしまう。その恐怖からアクセルを踏み込んだ。しかし、速度は80kmキロを指しそこから上がらない。


 整備されてない道を走っているせいか揺れも尋常ではない。木製の車輪が木の根に引っかかってしまうのも速度の出ない理由の一つなのだろう。


 必死に魔法車を走らせていると、急に視界の端が明るくなるのを感じた。


「えっ?」


 一体何が、そう考える暇も無く、気付いた時には大きな音と衝撃が走り魔法車は横転し炎上する。フランは横転した拍子に屋根の無い車体から吹き飛ばされた。シートベルトをしていたはずだが、上も下も焼き切られたようだ。


「ケホッ、ケホッ!」


 地面に叩きつけられた衝撃と煙で上手く動けない。立ち上がることが出来ない。しかし恐竜はフランにゆっくり近づく。


 このままじゃ食べられる。だけど、立ち上がれない。全身が痛い。足を怪我したようだ。火傷もしている。恐怖に駆られ、助けを呼ぼうとした。


(誰か……!助けて……!!)


 しかし、恐怖で声が出ない。確実に食われるという恐怖が少女の声を潰してしまう。助けを呼べない。涙も出てきた。


 少女の眼前まで迫った恐竜が大きく口を開けた。


(死……!)


 顔を腕で覆う。無駄だと分かっていても少女にはそうするしか出来なかった。


 その時だ。


「"黒炎弾ヴリトラ"」


 黒い炎が恐竜の側面に当たる。すると爆発が起こり、発生した爆音が森中に響いた。


 耳に入るのは恐竜の呻き声と何かが木にぶつかった音。木がメキメキと倒れて大きな地響きが鳴る。


「……あぅ……?」


 恐る恐る目を開く。


 フランの視線の先には動かなくなった恐竜と燃え上がる炎、そして自身より一回り大きな棍のような武器を携え、黒い軍服のような装束に身を包む少年が居た。


「生きてるー?」


 少年はフランへそう尋ねた。その宝石のように綺麗な紫の瞳は真っ直ぐに彼女を見据える。


「は、はい……」


 息も絶え絶えにそう答えると少年はただ一言「そうか」とだけ言い少し笑う。


 そんな少年を見て安心したフランは意識を手放し倒れ込んだ。




「うーん……」


 フランは机に向かい、頭を抱える。あの体験は、自分が見たものは、果たして夢だったのか?それとも現実だったのか?あの時のことを思い返す。


 魔法車で森を走っていたら急に景色が変わって、恐竜に襲われて、魔法車を壊されて、そしたら少年に助けられて。


 そこから先は記憶が無い。安心から気を失ってしまったからだ。


 目が覚めたら宿屋のベッドの上だった。宿屋の店主曰く、黒い服の男に担ぎ込まれたと。宿泊代は男が一週間分を払っていったとか。男はフランを部屋に運んだ後、直ぐに宿屋を出たそうだ。


 黒い軍服の少年は現実。じゃあ、それ以外は?


(私は恐竜に襲われ、魔法車から投げ出された。その時の痛みは?怪我は?)


 フランの荷物が入った鞄は寝かされていた部屋に置かれていた。鞄のあちこちには襲われるまでは無かった焦げ跡が着いているのを確認できる。やはり、襲われている。それは事実。


 魔法車は車体の後ろ半分が黒焦げの状態で宿屋の前に置かれていた。溶けている箇所まであり、タイヤに至っては木製が災いして全て焼失していた。はっきり言って悲惨の一言に尽きる。


 業者を呼んでもらい、診てもらったが廃車にするしかないと言われしまった。


(二十五年物のオンボロだけど高かったし、デザインも気に入っていたのに!)


 フランは命あっての物種だと分かっていても、ショックが大きかった。


 しかし、わからないことだらけであった。鞄の焦げ跡、廃車になった愛車。ならなぜ、自分には体の痛みが無い?怪我が無い?火傷が無い?投げ出されて、地面に叩きつけられたはず。炎に炙られたはず。


 それに、あの恐竜もそうだ。赤い外皮に覆われ、目の上に大きな角が生えた、世にも恐ろしい恐竜。少女はあんな怪物は見たことが無い。魔獣図鑑にも載っていなかった。


「はぁ……考えてもわかんないや……」


 そう呟いて窓の外に目を向ける。考えれば考えるだけわからないことが増える。きっと、疲れているのだ。少女は自分にそう言い聞かせる。


(家の事で、私はきっと疲れてる、疲れてるのよフラン……。今日はこのままゆっくり休んで、あるか分からないけど、明日ギルドに行って求人で……も……)


「……」

「…………」


 フランの思考は固まる。窓の外にはこちらを覗く人影。そこには黒い軍服の少年が居た。宝石のような紫の瞳が真っ直ぐに自分を凝視している。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあああ!!??」


  驚きのあまり大声を出して椅子ごとひっくり返ってしまう。ずっと自分を見ていたのか、フランは恐怖に包まれる。


(ここ二階ですよ!?ベランダも無いし!)


 少年は外からガラガラガラと窓を開ける。


(だからここ二階だって!怖い怖い!)


「生きてるようでなによりだよ。気を失った時はどうしようかと思ったけど」


 そう言いながら少年は窓に足をかけて部屋に入ってきた。


(待って待って待って!怖いって!)


「なあ、お前の行きたかったのはここで合ってる?」


 恐怖に戦くフランを気にもとめず、少年は一枚の紙を取り出した。風景を写した写真だ。写真には『シード教国 皇都』と書かれた看板と裏ピースサインが写っている。


「えっ、えっと、あっあっ、あの、はっ、はい……」


 フランは恐怖を感じつつも何とか質問に答える。すると少年は笑顔を見せた。


「そうか。それは良かった」


 そう言うと少年は机に寄りかかりさらに続ける。自身に怯える彼女の事をあまり気にしていないようだ。


「お前の車からこの国の資料が出てこなかったら、送り先を探すのにもう少し時間がかかったよ。あのまま放置する訳にもいかなかったし……」


 そこまで言い終わると少年は机から離れて手を差し出した。その手を握りフランは立ち上がる。


「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます……」


 あの時のお礼を言い頭を下げる。彼が、恐竜に襲われ絶体絶命の自分を救ってくれた黒い軍服の少年。目の色も笑い方も声も同じだ。


「ん……。ああ。気にすんな。目の前で死なれたら後味が悪いと思っただけだ」


 少年は目を逸らしながらそう告げた。


「そっ、……そうなん……ですか……?」

「そう。じゃ、元気そうだし、俺は帰るよ」


 少年は窓に足をかけていそいそと外に出ようとする。

 その光景にフランは呆気にとられてしまった。


(帰りもそこからなんだ……。一階の出入口から出ればいいのに……)


「それじゃ」

「あっ、待ってください!」

「ん?どうした?」


 フランは彼を呼び止める。一番大事な事を聞いていなかったからだ。少年は振り返り、不思議そうな表情を浮かべる。


「あ、あの!私、フランって言います!あなたの、名前は……」


 フランは少し緊張しながら自己紹介をする。それを聞いた少年は少し笑いながら、自身も自己紹介をした。


「俺はウツロ。またな、フラン」


 そう言うと黒い軍服の少年――ウツロは何の躊躇いも無く窓から飛び降りた。


「あっ、ウツロさん……!」


 急いで窓に駆け寄り外を見る。しかし、そこには誰も居なかった。上にも下にも左右にも、ウツロの姿は無かった。


「あ、あれ……?ウツロさん……?」


 フランは酷く困惑し、ぐるりと窓の外を見渡してみる。


「……あれぇ……?……私、やっぱり疲れてるのかな……」


 何度思考を巡らせ、何度見渡してみてもやはりウツロは影も形も無い。


(もしかして化かされたのかな……?)


 暫くのあいだ、フランは窓の外を眺め呆然とするしかなかった。

 

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