11章「HOME」ーホーム、最後に還るべき場所へー
11章「HOME」
ーホーム、最後に還るべき場所へー
ツバメの家は、閑静な高級住宅街の中でも、飛び抜けて大きく立派な家だった。
ツバメが演じる「かわいさ」の起源を示すかのように。
カラスは、ツバメの家のそばで、ツバメが出てくるのをひたすらに待った。
そして、ツバメが母親らしき人と家から出てきた。カラスは、声をかけようと寸前で飲み込んだ。
なぜなら、ツバメは、モノトーンのゴスロリファッションに身を包み、楽しそうに笑っていたからだ。黒と白のフリルは、喪服のようであり、祝祭の衣装のようでもあった。
カラスは、ツバメがイチの死でショックを受けて落ち込んでいなかったことに、胸の奥が、氷のようにざわついた。
ツバメを守ろうと、イチに会いに行き、イチが電車に轢かれた……カラスはツバメのために、イチをこの世から葬った。それなのに、ツバメは何事もなかったかのように生活をしている。
ツバメが幸せなら、それで良いじゃないか? そう言い聞かせようとしても、自分が壊れていく音で、その声はかき消された。
それでも、ツバメを信じたかったカラスは、次の日もツバメに会いに行った。今日こそ、ツバメと話そう。あの優しい声で、これまでの苦悩を、洗い流してもらおう。そう思っていた。
そして、次の日。
カラスは、黒のジーンズ、黒いスニーカー、そして、黒のパーカーのフードをすっぽりとかぶって、ツバメの家のそばでツバメが出てくるのを朝から待った。いつまでも、待つつもりでいた。
でも、ツバメは、血のような赤いゴスロリファッションに身を包み、朝8時に家から出てきて、そのまま、駅の方へと向かった。その赤い服は、まるで血糊を振りかけたように、カラスの視界に強烈に焼き付いた。
カラスは、イチのときと同じように……いや、もっと気配を消すかのように、ツバメの後をついて歩いた。
なぜ、すぐ話しかけなかったのか?カラスには、うまく言語化できない感情だった。
でも、ツバメとカラスの出会ったのは、SNSのプラットフォーム。だからこそ、私達が、ふたたび巡り合うならば、駅のホームこそ相応しい。そう、心の深いところで思っていたのかもしれない。
駅につき、ツバメは、電車を待つためにホームに立った。カラスは、静かに音も立てずに、ツバメの背後に立ち、声をかけた。
「ツバメ」
ツバメは、振り向かなかった。カラスはもう一度、声をかけた。
「ツバメ!カラスだ。イチを、ちゃんと喰らったよ」
ツバメは、めんどくさそうに、振り向いてカラスの顔を見た。
「はじめまして。カラスさん。このたびは、本当にお疲れ様でした」
それだけ言って、ツバメはイヤホンを耳につけようとした。カラスは、ツバメの細い肩に震える手で手をかけて、言った。
「ツバメ、どういうこと?ちゃんと話して」
ツバメは、ため息をひとつついて言った。
「あのね。みんな、イチが、目障りだったでしょ?私だってうざかった。カラスなら、あの蛇を、追い出してくれるって思ったんだよね。まさか殺すとは思わなかったけど、助かりました。それだけのこと。カラスさん。ありがとう。さようなら」
カラスは、それでも、ツバメを信じたくて言った。
「ツバメ、それ、全部嘘でしょ?嘘だと言ってよ」
ツバメは、クスッと笑いながら、カラスの顔を見て言った。
「どんな顔なのかなあって思ってたけど。ブサいくな顔だね。よく、その顔で外出歩けるね。あんたの書く言葉もブサイクだしね。顔も言葉も、メイクくらいしたら?」
カラスの理性が、その言葉で音を立てて砕け散った。
カラスは、ツバメをホームから線路へと、静かに背中を押して突き落とした。
誰も気づく人は居なかった。みんな、スマホに夢中で、ツバメとカラスの静かな終焉になど、興味がなかったのだ。
何より、ツバメは、歓喜に満ちた表情のまま、声ひとつ上げずに、線路にうずくまっていた。
カラスは、ゆっくりと、しかし堂々と駅のホームの真ん中を歩いた。
後ろで、電車が急ブレーキをかけるけたたましい音がした。駅員が「人が轢かれました!落ち着いてください」と叫ぶ声もした。スマホで、写真を撮る音も聞こえた。
カラスは、立ち止まり、ツバメがいた方を振り返って、つまらなそうに言った。
「あー美味しかった」
「ツバメ、あんたは美味しかったよ」
そして、カラスは、その場に座り込んで、天を仰いだ。
そして、ホームに響き渡る大きな声で、笑い出した。
カラスの深い孤独と絶望が、理性を超えた「黒い鳴き声」となって、喉から噴き出した。
「ツバメは、最初から、私なんて好きじゃなかったんだね!」
「ツバメは、最初から壊れていたんだね!」
その鳴き声は、誰に聞かれることもない、雑音として、騒々しい駅の喧騒に、かき消えていった。
【ツバメdiary】
気分のいい日は、空色の服を。
気分が落ち込む日は、黒い色を。
そして、
最後に、私の「かわいさ」という虚構を終わらせる日には、血のような、この赤い服を。
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