8章「station platform」カラスー蛇と寄生虫とカラスと、群衆とー

8章「station platform」カラス


ー蛇と寄生虫とカラスと、群衆とー


イチの居場所を突き止め、ツバメと約束を交わしてから、一週間が経った。


私は、一週間、毎日「どうやってイチをmemoから葬るか?」そのことだけを考えていた。

memo運営にも、メールで連絡をしたが、音沙汰さえなかった。


でも、ネットで「SNS 誹謗中傷 対処」で検索をかけていて、「相手のアカウントを凍結させる」という言葉が目に入ってきた。


私が、イチのアカウント凍結をさせることは、どんなに望んでも出来ない。

でも、memoでしか権力を誇示できないイチ……リアルでは、何の力も持たない嫌われ者が、最も恐れる言葉は、「アカウント凍結された」だと直感でわかった。


私は、イチに会いに行き、「あなたのアカウント凍結されましたよ」と、脅しをかけることに決めた。そして、顔と顔を合わせて、イチに言うのだ。

「本当にアカウント凍結されたくなかったら、ツバメの脅迫をやめろ」と。


イチが自分の非を認めるまで、何度だってイチに会いに行こう。私は、ツバメと私の世界を守るためなら、何だってする。

そう、決意を新たにした。


そして、休みの日の今日。私は、イチに会いに行くことにした。

いつもの黒のパーカーに手を伸ばしかけて、やめた。


ツバメも、連れていくために、私は、ツバメ風の白いレースのブラウスを選んだ。そして、ミニスカートはカラスの色……黒にした。ツバメの仮面が、私の皮膚にピッタリと貼り付いた。ツバメとカラスが手に手をとって、私の外側で、息を始めた気がした。


そして、電車に乗り、イチの住む街まで行った。

イチのアパートに着くと、今日も、あのゴミのすえた悪臭が漂ってきた。


私は、ハンドタオルで、口と鼻を抑えながら、イチの部屋のチャイムを押そうと、イチの部屋の前まで歩き出した。そのとき、女性の怒る声が聞こえた。


「市原さん、ゴミ、来週までに処分してくださいね。弁護士にも相談してますからね。ゴミを処分しない限り、部屋を出て行ってもらいますからね」

大家さんらしき女性とイチが話していたのだ。

そして、初めてイチの声を聞いた。

「俺は、忙しいんだ」

女性は続けて言った。

「このゴミの中で、一日中、外にも出ないのに、何が忙しいの?」

「うるさいうるさい!醜いババア。俺は出かける」


そう言った途端に、ドアが開く音がして、ゴミの悪臭と共に、小柄で細身の四十代らしい男性が、イチの部屋から出てきた。


イチを、私は、初めて見た。


memoでの、イチのアイコンは、高齢の知的な男性。だが、実際は、中年の薄汚れた男だった。


何年前に買ったのか、わからないほど着込んだ、ヨレヨレの灰色のスーツ。くたびれ、所々ほつれている鞄。泥で汚れ灰色と化した、黒のシューズ。風呂に入った様子のない、油ぎったボサボサの髪の毛。


そして、背中を丸めながら、足を引き摺るように歩く……イチの正体を見て、私は、驚きを隠せなかったし、笑ってしまった。

「イチは、蛇なんかじゃない。ただの寄生虫だ」

そう思ったからだ。


イチが、駅の方へ向かって歩き出したので、私もついて行った。

イチは、外を歩きながらも、ブツブツ言いながら、スマホを見続けていた。

数メートル離れて、イチの後ろを歩くだけでも、イチのゴミのような異臭が漂って来た。


本当に醜い寄生虫だと思いながら、私は、イチにどこで、声をかけようか、タイミングをはかっていた。


落ち着いて話すなら、駅の中が良い。そう思って、静かに、イチの後ろを歩いた。


イチは、memoでも見てるのだろう。スマホに夢中で、私がついて来ていることになど、全く気づきもしないようだった。


駅につき、イチは、すぐにホームの中へと入って行った。平日の午後五時半。駅の中は、帰りを急ぐ仕事帰りの人で溢れていた。


私は、歩くことをやめないイチに声をなかなかかけられずにいた。


でも、やっとホームで、電車を待つために立ち止まったイチに、声をかけた。

一週間、考え続けた言葉を言うだけだ。

高鳴る緊張を抑えつつ、私はイチに声をかけた。


「イチさんですよね?」


イチは、初めて、スマホから顔を上げて、私を見た。

イチの目は濁り切り、感情というものもなく、何より命というものが感じられない、不気味なものだった。

私は、「アカウント凍結」という、私がAIと作った、偽の画像が映し出されたスマホを見せながら続けて言った。


「イチさん。あなたのmemoアカウント、凍結されましたよ」


すると、予想もしなかったことに、イチが、私のスマホを取り上げようとした。

私は、今ツバメなのだ。瞬時にツバメならどうするか?考え、私は、


「助けてー」


そう鈴の音のように高く、甲高い悲鳴を上げた。生まれて初めて出す、駅のホーム中に響き渡る叫び声だった。


それまで、スマホを見ていた仕事帰りの人たちが、こちらを見た。


「この人が、私のスマホをとろうとしてるんです!助けてください!」


そう言うと、イチは逃げようとした。

でも、周りの人たちが、イチを取り押さえた。

「こんな若くてかわいい女の子に、何やってんだよ」

「警察行こう、おっさん」


騒ぎを聞きつけて、さらに、日頃のストレスと、暇と無駄な正義感を持て余している人たちが、事情も知らずに寄ってきて、イチを取り押さえ、攻撃しようとした。


イチは大きな声で喚き出した。

「俺は、すごいんだぞ」

「俺は、3000人のフォロワーがいるんだ」

「俺は、社会的地位のある権力者なんだ」


周りの人たちは、嘲るように笑いながら、

「コイツ、いっちゃってる」

「マジ、ヤバいやつなんじゃね」

「なんか、臭いし」


そう言いながら、イチの手を引き、警察へと連れて行こうとした。イチの言葉は、この現実のホームでは、ゴミ以下の価値しかない。私の中のカラスはそう確信した。


そのとき、イチは、渾身の力でよろめきながらも、走り出した。

それを、捕まえようと、男の人たちがイチに手をかけたその瞬間……


イチがホームの下に落ちた。

そして……特急電車が来た。


イチは、電車に轢かれた。


あれだけ大騒ぎをしていた、周りの人たちは、何もなかったかのように、スマホを見たり、スマホで写真に撮ったりしていた。


私は、その場から走って逃げた。

私は、ツバメを守るためにイチに会いに来ただけ。

私は、何もしていない。

私は、声を上げただけ。

私は、スマホを見せただけ。


私は、私は……頭の中を真っ白にしようとしても、イチのゴミのような異臭が、今度は私の体中から噴き出しているような幻覚に襲われた。イチがホームから落ちたシーンと、電車が来たシーンが、こびりついて離れなかった。


【ツバメdiary】


群がる人間ほど、醜いものはない。

群がる人間は、寄生虫よりグロテスク。

群がる人間は、頭で考えることを放棄する。

でも、群がる愚かな人間のおかげで、さらに邪悪なモノは淘汰されることもあるかもね。

それも一つの浄化作用。

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