第1話 幼馴染十字会

 俺の好きな人は、左隣に住んでる”左榎さえの優花”さん。


 陽姉より長い黒髪のストレートヘアで、必ず右側の前髪を耳の上にかけるか、ヘアピンで止めている。

 なんの影響か分からないが、本人はクールキャラを演じているが、幼馴染の俺達からしたらクールぶってる子犬系にしか見えない。

 なぜなら、小さい頃は陽姉や俺、悟、下の階に住んでるあきらのいづれかの傍に寄ってきては、見えない尻尾をブンブン振っていた。


 そもそも俺達自体がよく一緒にいるから、実際は誰に尻尾を振っていたか分からないんだけど。



 左隣の玄関が開く。

「朝から廊下が騒がしいと思ったら、もう集まってたのね」


 玄関の陰から優花が顔を出す。


 「おはよう、優花。まだ時間あるしゆっくりでいいぞ。明もまだだし」

 「直央兄さんも、でしょう?」


 「お、おう」

 「まぁいいわ、着替えてくるから待ってなさい」


 「おう、ゆっくりでいいぞ」


 ゆっくりと玄関が閉まる。


 「相変わらずね、優ちゃんは」

 「だな、俺らの事なんて一切目に入ってない」


 「ですね、ずっと真央先輩の方見てました」

 「目を見て話すのはいいことだろ?」


 「「「「はぁ……」」」」

 その場にいた俺以外の4人が同時にため息をついた。


 「まーくん鈍感すぎ」

 「真央は鈍感だからな」

 「真央先輩は鈍感ですね」

 「真央にいの鈍感」


 「え? え? どういうこと?」


 困惑していると後方の階段から駆け上がってくる音が聞こえる。


 振り返ると、丁度階段を駆け上がってきた明が立っていた。


 「おはようさん、幼馴染十字会の諸君」

 「おはよう、あっきー」

 「「おーっす、明」」

 「明先輩おはようございます」

 「下月先輩、お、おはようございます」


 詩央だけ顔を赤く染めている。

 実はここだけの話、俺の妹詩央は明に好意を寄せている。

 ゲーム好きに染まった俺達幼馴染十字会のメンバーは、小学生の頃からお互いの家に集まってゲームをしていた。


 その中でも、うちの兄貴と明は特にゲームが上手い。

 大人気格闘ゲーム”スマッシュブレイク”、略してスマブレは兄貴と明の二大巨頭である。


 明は他にもふよふよ等のパズルゲームも得意で、同じくパズルが好きな詩央はよく教えてもらったり、時には対戦したりしているようだ。


 「おや、まだ直央さんと左榎さんが来てないのか」

 「兄貴は知らん、優花は今準備中」


 「まーくん、しーちゃん、私が上がって起こしてきてもいい? このままだと起きてこない気がするし」

 「うん、陽歌ちゃんならいいよ」

 「兄貴がいつもごめんな、陽姉」


 「いいのいいの、私が好きでやってる事だし。それじゃあお邪魔しま〜す」

 陽姉が俺の家に入って行った。

 「なーくーん! もう朝だよ起きてー」


 「おい真央。なんで陽姉を行かせるんだ」

 悟が俺の両肩を掴む。


 「だっていつもそうだし、てか知ってるだろ」

 「そうだとしても、もう少し俺に協力してくれよ」


 「協力って言っても、気持ちは知られてるんだからさ」

 「だとしても陽姉は直央にいの事好きなんだから、お前が協力してくれなきゃ!」


 「この後学校なんだし協力なんて無理だろ。俺は俺で振り向かせるのに必死なんだから」

 その時、後ろから耳元で囁く声が聞こえた。


 「誰が誰を振り向かせるって?」

 「うおっ!、びっくりした。普通に声掛けてくれよ」

 振り向くとそこには優花がクスクスと笑っていた。


 あまりの不意打ちに心臓をバクバクさせた。


 ち、巷で噂のAMSRってこういう感じなのか?!

 急にこんな事されたら、落ちちゃうって!

 いや既に落ちてるけども!

 電話とはまた違った刺激が癖になりそう。


 「それで真央君は誰を振り向かせたいの? 協力してあげるわ」

 優花は腕を組んで、こちらを睨みつけてくる。


 「だ、大丈夫。俺自身が頑張らないと、コイツみたいにフラれる事になるから」

 そう言いながら、俺は親指で後ろに居る悟を指差す。


 「どういう意味だコラ!」

 「ちょっ、やめろって」

 悟に構われていると、俺の家の玄関が開いた。


 「おう、おめーら待たせたな」

 「ようやく起きたか兄貴」

 「直央にい、おはよ」

 「おはようございます、直央先輩」

 「直央さん、おはようございます」

 「直央兄さんおはようございます」

 「…………」

 悟は兄貴に挨拶せず、外を眺めていた。

 ライバル視している所以だろう。


 「陽姉、ありがとう」

 「ううん、なーくんは朝弱いから誰か起こしてあげないと」


 「直央にいは朝が弱いんじゃなくて、遅くまでゲームやってて起きないだけだから」

 「そうさ、昨日の夜俺と直央さんは夜遅くまで一緒にゲームをしていたのだ!」

 明は眼鏡を人差し指でクイッと上げると、ドヤ顔で威張った。


 「兄貴は寝過ごしそうだったのに、明はよく起きられたな」

 明が腰に手を当て、フフンと鼻高々にしていると空腹の音が聞こえた。


 「……明、朝ごはんは?」

 「俺が起きたのは10分前だ!」


 なぜ威張る……。


 すると俺の後ろから手が伸びてきた。

 「あ、あの下月先輩。良かったらこれ食べてください。行儀悪いかもしれませんが」

 詩央が伸ばした手にはホットドッグが握られていた。


 いつの間に……。


 「ほう、これは美味しそうだ」

 明が詩央から受け取ったホットドッグをパクッと一口。

 「この焼き加減、味付け……詩央ちゃんが焼いてくれたのやつか」

 「おぉ、よくわかるな」


 「もちろんわかるぞ、真央はいつもソーセージにマスタードかけるし、なんなら少し焦がすからな。だが、詩央ちゃんのは焦げはなく味付けは塩コショウ、シャキシャキの一枚葉のキャベツに包まれている。見た目だけで既に詩央ちゃんの手作りだとわかるさ……うむ、ごちそうさま」

 「お、お粗末さまです」


 詩央はホットドッグを包んでいたビニールを受け取ると、家の中に駆け込む。

 その後ろ姿はなんだか嬉しそうだった。

 

 「さて、そろそろ時間だし、詩央が出てきたら行こうか」




 十字路を境に俺と優花は北、悟と陽姉、兄貴は東、明は西、詩央と瞳ちゃんは南側と、それぞれ別の学校に通っている。


 去年までは俺たちが見送ってもらう側だったけど、今年から高校に上がった俺は妹達を見送る側になるはずだった。


 「わざわざ中学校通り過ぎて、こんな大通りまで来なくて良かったんだぞ?」

 「まだ言ってるの?真央にいは。こっちの方から来る友達も居るし、瞳も居るから大丈夫だよ」


 「そうですよ真央先輩、せっかく途中まで皆さん一緒なんですから、中学校通り過ぎても別かれるまで居ますよ」

 「まぁ2人がそれでいいならいいが」


 「それを言ったら俺は本来こっち来るのは少し遠回りなんだぞ」

 俺の前を歩く明が首だけをこっち向ける。


 「それでも着いて来てるのは明だぞ」

 「うぐ……痛いところ突いてくるな十塚真央」


 「まぁ俺だってお前ら幼馴染と一緒に居る方が良いって事だ」

 「なら、なんで誰も行ってない高校に?」


 「プライベートと学業は別だからだ。俺には真央の高校も悟の高校もレベルが高すぎる」

 「それはお前がバカなだけでは」


 「なんだと!?」


 そうこうしてるうちに、大通りに辿り着いた。


 「じゃあ俺はバスの時間が近いからもう行くわ」

 明が俺達に手を一振上げると、そのまま左に曲がり駆け出して行った。


 「おう、じゃあな」


 「さて、俺達も電車の時間が近付いている、急ぐぞ陽歌、悟」

 「はーい」

 「……ちっ、またな真央」

 「おう、またな」


 兄貴、陽姉、悟は信号を渡って右へ。


 「それじゃあ私達も行くわよ、真央君」

 「あ、あぁ。じゃあ詩央と瞳ちゃんも戻る時気を付けて」


 「はい、行ってらっしゃい真央先輩、優花先輩」

 「じゃあねぇ、真央にい、優花ちゃん」


 詩央と瞳ちゃんは俺達に手を振ると来た道を戻って行く。


 残った俺達はまっすぐのため、信号で待っていた。




 この信号が俺達幼馴染十字会の別かれる場所であり、集まる場所であり、お互いが出会う場所だ。


 俺達の十字型の恋路は始まったばかりである―――。


___________________________

 あとがき

 今日のろじ裏


 私、左榎優花の朝は決まっている。


 朝はちゃんに協力してもらって作った、真央君起床アラームで目を覚ます。

『おーい、朝だぞー起きないと遅刻するぞー。おーい、朝だ』


 アラームを止め、洗面台で顔を洗う。

 「よし!」


 次に朝食を用意し、何も音が聞こえない静かな自室で食べる。

 そうすると食べ終わった頃、必ず小さなチャイムの音が聞こえてくる。


 この音はうちのチャイムではなく、隣の十塚真央君の家のチャイムだ。


 急いで玄関に向かい、耳を当てて聞き耳を立てる。


『おはようございます、真央先輩』

『おーっす』

 隣のチャイムを鳴らしたのはやはり右川兄妹だった。


 私は寝室に戻り制服を用意する、ただしまだ着替えない。

 あえて寝巻きのまま皆の前に顔を出すことで、真央君と少しでも会話する。


 しばらく玄関で聞き耳を立てていると、隣の玄関が開く音が聞こえた。


 意を決して、玄関のドアノブに手を掛けた瞬間、すぐ目の前にある階段を駆け下りてくる音が聞こえる。

 「陽歌ちゃんかな?」


 私は立ち上がりドアスコープを覗くと、丁度目の前を大きな山が揺れながら通り過ぎていくのが見えた。


 「あの胸はやっぱり陽歌ちゃんね」

 私は視線を落とし、無駄に大きく育った自分の胸を持ち上げる。


 中学一年生の頃、たまたま聞いてしまった真央君の好み。

 それは陽歌ちゃんのようにスタイルがよく、胸が大きい人。


 小学生の頃から真央君の事が好きな私は、これを機に豆乳を飲み始めた。

 さらに豆乳以外の方法も同時に試した結果、想像以上に効果が出てしまい、陽歌ちゃんのEカップを余裕で突破して現在Iカップ。


 大きすぎて逆に嫌われないか心配になった私は、男装でも使われる胸板を使って貧乳に見えるようにしている。


 私はこの胸を使わずに彼を振り向かせたいから、私は今日も彼の前に立つの―――!


 私は玄関をゆっくりと開け、胸が見えないように頭だけを出す。

 「朝から廊下が騒がしいと思ったら、もう集まってたのね」

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