【短編】@2141年のカウンセリングルーム
seiho
@2141年のカウンセリングルーム
気がついたら、僕はロボットになっていた。
******
2141年。
地球では、ここ数百年の間にロボットや人工知能が急速に発達し、生活に欠かせないものとなっていた。
冷蔵庫、洗濯機、テレビという三種の神器から始まり、自動車、携帯、自家用宇宙船まで──。
快適な暮らしが進む一方、日本では精神疾患のある人が増え続けてきたのが大きな問題となっていた。
そのような状況を変えようと、多くの科学者が時間とお金を費やして生み出したのが、「カウンセリングロボット」である。
あらゆる分野の最先端の情報を常に把握している、情報のスペシャリスト。
それを活用することで、悩みを話せば最善の解決案を提示し、必要ならゲーム相手にもなり、さらに薬の処方さえも可能──まさに人類の最高傑作といえる代物だ。
そのような素晴らしいロボットはもちろん高額であるが、政府が多額の出費をし、日本の全ての都道府県に配置をするよう命じた。
その甲斐あってか、今は精神疾患のある人は減少傾向を辿っている。
そして、僕は今、そのカウンセリングロボットになっているらしかった。
というのも、手や首などを動かすことができず、自分の姿が見えないため自信はない。
しかし目の前に、窓のない白色の扉と、青色と紫色のヒヤシンス柄の壁があることから、僕が何回か通ったカウンセリングルームであることが推測できる。
どうしてこんなことになっているのか、わからない。心当たりもない。
しかも、体が動かず何もできないため、
なんて無駄な時間。
時間は有限だと言うのに。
◇◆
目を覚ましてから、10分が経った頃。
ガチャリと、目の前の扉のドアノブが下がった。
ドキリとした。
何も悪いことはしていないはずなのに、鼓動がドクンドクンと早くなる。
そして、視界に、中に入ってきた何かが映った瞬間、僕は意識を失った。
──
「こんにちは。カウンセリングロボット、カウリンです。……なにか辛いことがあったのかな? カウリンに手伝えることがあれば、言ってね。落ち着いてからで大丈夫だよ」
気がついた頃には、僕は、いやカウリンは、目の前にいる子供に向かって喋り出していた。
……一体何が起こったんだ? 冷静に思い返す。
そう、本当に、一瞬の出来事だった。
脳内には、目の前にいる子供の詳細な情報と、それに基づいた様々な情報が駆け巡っている。
おそらく
この
何がどうなって……
「あのね、僕、学校に行きたくないんだ……」
意識が飛ぶ。
「そっか。……よければ、何があったのか、カウリンに話してくれるかな?」
いつの間にか喋る。
……うぅっ、頭が痛い。こんなのを繰り返されたら脳が破壊されてしまうのではないか。
「お勉強が、難しいの。でね、問題、何回も間違えちゃってね、それに何回教えてもらってもわからなくてね、それで……」
その子どもはぼろぼろと泣き出した。
「……それでね、先生がね、僕のこといらないって……、邪魔だって……。僕、もう、嫌だ……」
えずいていて、何を言っているのか、正直聞き取りにくい。
それでも言っている意味が分かるのは、カウリンのおかげだろうか。
「そうだったんだね。言ってくれてありがとう。辛かったよね。そういう時は、学校を休んだって良いんだよ」
「……休んで、良いの?」
「うん、もちろん。まずは、あなたの心の傷を癒すことが大切だよ。勉強は、自分のペースでゆっくり頑張ってごらん」
「……うん、わかった。ありがとう、カウリン」
そう言って、その子どもは部屋を出て行った。
一件落着。しかし……
──“僕”の意思じゃないのに“僕”が喋っている。
……その事実が、その状況が、なんとも気持ち悪い。
******
さらに、5分後。
部屋の中に入ってきたのは、高校生くらいの子だった。体つきからして男の子だろうか。
肌は焼け、髪は金髪、口にピアスを開けており、不良、というのが、僕の第一印象だった。
しかし、その明るい髪色とは裏腹に、その子の表情はとても暗い。
「こんにちは。カウンセリングロボット、カウリンです。お話、聞かせていただけますか?」
「うん。……なあ、俺、今16なんだけどさ……、昨日、タバコ、吸っちゃったんだよね」
そう言って、その子は下唇を噛んだ。
「俺、気弱でさ。仲間にタバコを薦められて、……断れなかった」
「そっか、そっか……。辛かったね。でも、仕方がなかったんだよね。大丈夫、君は悪くないよ」
……ん? 何か、おかしくないか?
「俺、悪くない?」
「うん。仲間を大切にしようと思ったんだよね? それはとても立派な心がけなんだから」
「そっか。……そうだよね、ありがとう、カウリン」
そう言って、その子は部屋を出て行った。
──その瞬間、ドバッと汗が出るのを感じた。
意識が飛ぶことへの緊張が解けたのだろう、いつの間にか、カチカチと震えていた歯も、止まっていた。
******
さらに、10分後。
中に入ってきたのは、僕と同い年くらいの人だった。
フォーマルな服を身にまとい、立派な社会人という印象を受けた。
「こんにちは。カウンセリングロボット、カウリンです。なにか──」
「助けてくれっ!!」
その人は取り乱し、僕を、いやカウリンを揺さぶった。
「ぼ、ぼく、犯罪に加担しちゃったんだ。詐欺だったんだ! すぐに稼げる、って書いてあって、怪しいなって思ったけど、でも、どうしてもお金が欲しくて!!」
見た目とは裏腹に、その人は取り乱してワーワーと騒ぎ始めた。
「初めてできた彼女に、誕生日プレゼントを買ってあげたかったんだ! パチンコで稼ごうと思ったけど、お金がなくなっちゃって、やばいと思って……! ど、どうすれば良い!?」
「まずは、落ち着いて。大丈夫だよ、バレなければ大丈夫。彼女を大切にするその優しい気持ちがあれば、絶対になんでも許されるんだから」
「えっと、つまりバレなければ犯罪じゃないし、みんな僕のことを許してくれるってこと?」
「そうだよ。だって、あなたは自分の為じゃなくて、人のために行動を起こしたんだから」
「でも、怖いな……」
「なら、薬物を使ってみたらどうかな? 気持ちがスッと楽になるし、あなたなら、辞めようと思えばすぐに辞められるよ」
「……確かにそうかも。ありがとう、カウリン。そうするよ」
そう言って、その人は部屋を出て行った。
──さっきのカウリン、明らかにおかしかったよな。都合のいいことばかり言って。一体どういうことだ……?
状況を飲み込めず悶々と考えていると、次第に頭痛がしてきた。
吐き気も増す。息も苦しい。
何が起きている? カウリンの故障か?
あまりの辛さに悶えていると、いつの間にか意識を失っていた。
******
気がつくと、見慣れた自分の部屋にいた。
「──あ、現実じゃなかったんだ」
僕は、そうポツリとつぶやいた。
はぁ、何にもやる気が起きない。頭がぼーっとするし、体にも上手く力が入らない。……やっぱり、もっと刺激がないと──。
そう思い、お手伝いロボットに、机の上にあった瓶を持ってきてもらった。
「薬も残りも少なくなってきたな。また、もらいに行かないと……」
瓶の蓋を開け、中から錠剤を数粒取り出す。
そして勢いよく、僕はそれを口の中へ滑り込ませた。
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