黒百合
多田羅 和成
第1話
わたしは、うられました。りょうしんが、かかえたしゃっきんのかわりに、わたしというニンゲンは、しにました。だから、わたしにナマエはありません。
わたしは、まわりのコにくらべてゴミでした。みんなシュジンがきまるけど、いつものこるゴミは、いつかみんなのゴハンになるしかないと、シハイニンがいいきかせてきます。
キョウがそのヒになるはずだった。みんなのネにかえるしかないのだとメをとじる。
「この子を買わせてくれませんか」
少ししゃがれたコエがきこえた。ユメかもしれないとコワクてあけずにいると、シュジンがドナってきて、コワクてふるえる。
「目の色が見えなくても大丈夫ですよ。彼女には惹かれる部分があるので」
やさしそうなコエに、わたしはおもわずみてしまった。わたしのしっているオトナよりもシワがあって、するどくなくて、あまいカオリがする。
「あぁ、目を開いてくださったのですね。予想よりも綺麗な赤い目をして、とても好ましいです」
みずあびをしていないから、きたないはずのわたしのホホをためらいもなくさわってくれた。
つたわるネツはウソじゃないとわかると、かれたはずのナミダがこぼれオちていく。
シュジンさまは、そんなデキソコナイのわたしをセめずにだきしめて、つれてかえってくれました。
「いいですか。今日から君は"コトハ"と認識しなさい。そして、ここが貴女の箱庭です」
おウチはテツのつめたさも、しめったニオイもなかった。シロのカベと、キのイイかおりがして、かわいくてフワフワしているトモダチもいる。
わたしはありがとうをつたえたいのに、かすれたコエしかだせなくて、あせっていると、アタマをナでてくれた。
「ゆっくり成長していきましょう。貴女が"咲く"その日まで待ち続けるだけの時間はありますから」
温かいお湯を使わせてくれた。とてもいい香りがする食事もくれた。拙い言葉でしか話せない私に、本を読み聞かせてくれた。
私をコトハにしてくれた。
好き。好き。大好き。きっと主人が私の世界であり、私は主人と出会う為に産まれてきたのだと信じていた。
あの日までは。
「コトハ。彼女は《サツキ》という子で、そろそろ出荷をする予定なんですよ。サツキ。コトハに挨拶をしなさい」
私と同じぐらいの女の子。だけど、分かる。彼女の艶やかな黒い髪は絹のよう。陶器のように白い肌。潤んだ唇で挨拶されると、ざわりと真っ白な心に黒い染みが滲んでいく。
主人がサツキの髪に指を絡める仕草には愛おしさが滲んでいた。
出来損ないでゴミの私よりも可愛い子(ハナ)に微笑んでいるあの人。
私だけじゃなかった。私だけだと思い込んでいた。恥ずかしさと惨めさで心に黒い花が咲いていく。
辞めて。そんな花なんかよりも私を見て。
私をずっとずっと愛して。私だけだと言って。
それ以降サツキは見ることはなかった。きっと出荷されたんだと思う。主人を独り占めできるはずなのに、それでも心は晴れなかった。
飽きられたら捨てられてしまう。だから、私は頑張ったよ。誰よりも何よりも美しい花になる為に、努力をしたよ。ほら、見て。
私を見て!!!
鏡に映る私は、かつての白ではなく、夜のような色をしていた。
こびり付いた劣等感と愛情と憎しみが混ざり合って白い部屋に似合わない黒でも、褒めてよ。ねぇ、私だけの主人。
心の雨が私を育てていった。その悲しみで成長していく私を見て、主人は喜んでくれた。
ここではいつもどこかで、甘くて苦い花の匂いがするけど、その香りが好きだと主人は褒めてくれる。
それなら私悲しみの中で死んでもいいわ。
刃が私の首筋を貫く。痛みより先に熱が走り──血液のように伝わる喜びが体を支配した。
私の血と涙が床に散り、花が咲いたように見える。
その夜、私は"黒百合"を咲かせた。
白い花でいなくちゃいけなかったのに、どうしてだろう。藍色と赤色しか見えなくなってしまった。頭を抱えている主人を、いつもみたいに抱きしめたいのに身体は冷たくなっていくだけ。
薄れていく意識で泣きそうな主人を見て私は最後の言葉を告げる。
「地獄に堕ちろ」
死刑台の上に立つ主人は朧げに現実を見ていたが、私が現れた途端に幸福に満ちた表情を浮かべた。
誰もいない舞台に二人だけが向き合っている。
私が放つ黒百合の花の香りが、主人の体に纏わりつく。人にとっては悪臭でも、虫にとっては魅惑の香り。
縄の軋みが、あの日の雨音に重なる。
主人が息を吸えなくなる瞬間まで私は見続けていた。だって貴方の魂を奪うのは、私の特権だから。
──黒百合の根は死んでも貴方を離さない。
黒百合 多田羅 和成 @Ai1d29
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます