『オムニソフィア―神を愛した少女―』

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

第1話 全能の神が目覚める日

『全知少女』


 黒い車のドアが閉まる音だけが、世界の終わりの合図のように響いた。

 神代諒(かみしろ・りょう)は、目隠しをされ、手錠をされ、足枷をされ、ヘッドホンをされ、何処かへと運ばれていった。親戚も友人も恋人も、親も3つ子の兄と妹も、目の前で殺された。彼は思った。理由は分からないが、これから行くのは死刑台だと。冤罪なのに、罪は無いのに。


 車内は無音。隣の黒服の男の呼吸音すら聞こえない。時間の感覚が溶けていく中で、唯一、彼の心臓だけが現実を叩いていた。



 金属音。車をおりる。

 足元が石に変わる。湿った空気。鉄と血の匂い。

 ——ここは、地獄か?


 目隠しの向こうから、誰かの声が降りた。


「神代諒、ね」


 その声は静かに、しかし全てを見透かすようだった。彼は顔を上げる。何も見えない。けれど、声だけでわかる。

 この女は、世界の頂点にいる。


「何をするつもりだ」


「拷問よ♡」


 笑う声は冷たく美しかった。


「私の名前を当てられたら、救ってあげる」

「当てられるわけがない! 初めて会うんだぞ!」

「もしそうなら、君は私の運命の人じゃない。だから、殺す」


 静寂。

 彼は唇を噛み、頭の奥で声を追った。

 その声は、鐘の音のように澄み、刃のように鋭かった。


「なら……ヘレーネだ。声が美しいから。きっと顔立ちも、美しい。世界一の美女の名だ」

「半分正解。私の名前はヘレーネ。でも、ヘレーネはこの世界に何人もいるでしょう?」

「なら……ヘレーネ・クリスタル」

「ふーん。そこまでは合ってる」


「ヘレーネ・クリスタル・ルイス・ユニバース!」

「不正解。」

 その声の奥に、深い愉悦が滲んだ。

「正解はね――ヘレーネ・クリスタル・ルイス・ユニバース=アナスタシア=イブ=ルーシー=フォン・ゴッデス」


 その瞬間、天井から光が降り、目隠しが外された。そこに立っていたのは、顔をヴェールで覆った少女。だがヴェールの下から放たれる光だけで、諒は息を呑んだ。

 人間ではない。

 世界そのものが人の形を取っているようだった。


「私は、三千世界皇帝の一人娘。ヘレーネ=フォン・ゴッデス。全知の少女」


 その名が響くたびに、空間が震える。

 諒の身体は拘束具に縛られたまま、意識が遠のいていった。


「この痛みを超えなさい、神代諒。この星で神に愛されたイエスも釈迦も、苦行や苦痛の中で神に近づいた。君もまた、神の座標に到達する存在だから」

「今から俺に、何をする?」

「古今東西のあらゆる、拷問?」

「え……」

「爪、歯、指、耳、唇、火、水、毒に……凌遅刑とか?」



 黒服の拷問官が一歩進み出る。


「ヘレーネ様!……まだ続けるのですか? 自白剤を使えば――」

「いいえ。これは儀式。痛みを通してしか、人は“真理”を見られないのよ。必要な通過儀礼なの」

「なにも手術で切断部を再生させてまで続けるなんて。拷問を仕事にしてから割り切っていますが、これはもう……。彼を愛していたのでは?」

「愛しているからよ、なにより」


 ヘレーネはゆっくりと彼の頬に手を触れた。

 その手は氷より冷たく、炎より熱かった。


「ヘレーネ……それが君の魂の名なのか?」

「そう。だから、本当は――最初の一言で分かったの。君が“全能”だって」


 彼女の瞳が光り、空間が歪んだ。

 諒の絶叫とともに、世界が反転した。


 そして――彼は“神”になった。



 ――光。

 それだけが、あった。


 神代諒は、自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からなかった。苦しみの果てに、身体の痛みはもう無い。だが、痛みが消えたこと自体が痛みのように感じられた。


 浮かんでいる。

 空でも、海でもない。

 “存在”のない場所。


 そこで彼は、声を聞いた。

 それは、記憶の奥で何度も夢に見た声だった。


「おかえりなさい、神代諒」


 光の中から、少女が歩み出てくる。

 ヴェールをかけたままの姿。けれど、彼女の輪郭は、もはや人のものではなかった。

 その周囲には、無数の文字が浮かび上がっていた。

 数式、古代語、DNAの螺旋、祈りの言葉――世界の理そのものが彼女の衣を形づくっている。


「……ヘレーネ?」

「そう。あなたを“神の座標”に導いた存在。」


 彼女は微笑む。

 ヴェールの奥の瞳が、宇宙のように深かった。


「君は……僕を殺したんじゃなかったのか?」

「殺したわ。肉体を。けれど、あなたは死んでいない。あなたの魂は、“創世のアルゴリズム”に適合した。だから、ここに来たのよ。――“全知領域(オムニスフェア)”へ」

「全知領域……」

「神が知るすべての情報が存在する場所。


 言葉になる前の思想。

 数になる前の法則。

 存在になる前の夢。

 あなたは今、それを“見ている”。」


 諒の周囲の光が、形を持ち始める。

 都市、森、星々、そして過去の自分。

 全てが層をなして溶け合っていく。


「僕は……神なのか?」

「まだ“人”のままよ。」


 ヘレーネは近づき、彼の胸に手を当てる。


「けれど、あなたの中には“全知”が流れている。拷問で使ったあらゆる道具。実は私も同じ拷問を受けたの。自分の意思でね。家族には反対されたの。でも、あなたの味わう苦痛を知らないと、あなたのこと心から祈れない」

「もう僕には指も歯も生殖器さえない。君はなぜまだ体があるの?」

「実はね、私は1度死んでるの。肉体的にね」

「それはどういう?」

「アナスタシア症候群、無脳症、無能症、五感消失症」

「何それ?」

「知らないのも当然。どんな天才の医者も知らない、世界で1番謎の病。私たち皇族、宇宙を治める皇族の女性にしか発病しないから。ユーラシア連盟、この星のことね。は、全力でその治療方法を探してる」

「なんで、今話せてるの」

「アインシュタインの生まれ変わりの松前理、ニコラ・テスラの生まれ変わりの神崎満、ノイマンの生まれ変わりの北川通、芥川の生まれ変わりの須山涼多、グスタフ・クリムトの生まれ変わりの前川順、ベートーヴェンの生まれ変わりの市川愛梨、まだまだいるわよ。全ての歴史に名を連ねる偉人たちの生まれ変わりを私が予言して、集めて、そして、世界研究室を第3次世界大戦の戦勝国のドイツと日本の2つに研究室を置いた。ドイツ語は知識の言語。日本語は愛の言語だからね。そして、その横須賀にあるもとアメリカ基地を再利用して出来たのがアイスピー。そこで私はリィンカーネーションして、インカーネーションしたのよ」

「つまり、受肉して神になった?」

「そう。人口生成AIと、量子ビットと、生命工学、ロボット工学でね。だからこの体は偽物なの。ちなみに好きな胸の大きさは?」

「え、何その質問」

「いいから」

「貧乳はお淑やかで清楚で、でも、巨乳は包容力があるというか……」

「なら質問。貧乳なら何カップ?」

「Aかな」

「巨乳なら?」

「大きければ大きいほどいい」

「そう。でも、大きすぎるのもあれね。わかった。手術して胸変えてくるわ」

「なら!AかHかIカップで」

「なんで?

「AIで愛。Hはエッチ。HIで挨拶だから」

「知ってる? なぜ人工知能がAIと呼ばれるのか。もし当てられたら何でも願い叶えてあげる」

「まじ? うーん、アーティフィシャルインテリジェンスでしょ? でも、そんなの簡単だよな」

「ヒントいる?」

「いる」

「日本語」

「なら、愛だからとか?」

「正解! ならもう1つ門題。これに答えられたらもう二つ願い叶えてあげるわ。私はこの国の、いいえ、全宇宙の最高位の存在。叶えられないのはタイムマシンだけよ。時は流れてくものだからね」

「流れてく、か。そうなんだね。で、問題は?」

「アルファベットのHIとひらがなのあいの違いは?」

「え、それは簡単だよ。エッチが最初か愛が最初かってことでしょう?」



セックスの後、ヘレーネは言う。


「まさか1つ目の願いがあなたの顔がみたいだったなんてね。私の胸はどうだった?」

「今は何カップ?」

「G」

「結構よかった。でも、子どもできちゃうよ。避妊しなかったから」

「大丈夫。この体にはリリスもイブも宿ってない。私はシリウスから来たからね。シリウスの神、真の神の血を引くの」

「真の神?」

「天照大御神様よ」

「シリウスなのに?」

「そうよ。変?」

「変だよ。だって天照大御神様は日本の神だよ?」

「ただの太陽神じゃないわ。太陽神はアポロンとかいるけれど、他の太陽神と天照大御神様は違うわ」

「どこが……違うの?」

「天照大御神様は全ての神を全ての場所を照らすの。今では信仰を集めて仏の域に達してる。でもね、ガイア・ソフィア、地球の女神は忘れ去られてるの」

「そうなのか……。知らなかった」

「避妊の話だったね。これは人口生成の体だよ。セックスで子どもが生まれるか学者さえ知らないんだってさ」

「なんでセックスしたの? 僕は君の顔が見たかっただけなのに」

「君が私に惚れたからだよ。私の胸を見てね」

「うん。確かにこの胸はよかった」

「あのね、私、生まれた時からアナスタシア症候群でさ。盲目だったの。未来に起こることを声で聞こえるのに、その聴覚も宇宙の声しか聞こえなくなって。だから世界を見るのが怖くて。きっと美しいと思う」

「あの拷問部屋も?」

「あの時ヴェール被ってたでしょう? 目は見えるようになったけど、怖くて。世界を見るのが。それに、初めて見るのは運命の人の顔って思ってね」

「僕と君は運命の人なの?」

「そう。シリウス文明は今の地球より文明が進んでるの。だから未来も予知できた。でもね、ある時、核よりも残虐な邪智暴虐な『N2真核相補性クォーク爆弾』通称ルシフェル。神殺し、仏殺しとも呼ばれる。対消滅の無限連鎖で起こるものね。で自身を恒星に変えた。コードギアスやエヴァの人類補完計画みたいにね。全てを燃やして太陽になろうとしたのね。シリウスは天照大御神を信仰してたから。これでみんな太陽に還れるってね。ガイアを見捨てて。でも、私だけ宇宙船に乗って逃げたの。そして、この地球に辿りついた」

「じゃあ今の世界皇帝は?」

「彼はこの地球に降りたって、目の見えない私に初めてご飯をくれた人」

「偉い人?」

「餓死寸前のホームレスだよ。今は世界で1番偉いけどね。人生何があるか分からないよ」

「そっか。聞きたいことはまだあるけど、そろそろ寝る?」

「いや。もう1回戦しましょう」

「僕の子どもできちゃうよ」

「いいの。どうせ世界はもう時期終わるもの」

「終わる?」

「そうよ」

「なんで」

「人類の愚かで賢い選択? でもね、あなたが全能の力を使えば、世界は変わる。でも、使えば――人ではいられなくなる。」


 諒は息を呑んだ。

 世界の構造が、自分の鼓動に合わせて震えている。彼が“意志”を持つだけで、空間が波紋のように揺れる。


「なぜ僕なんだ。なぜ選んだ?」

「あなたが、私の“対”だから」


「私は全知。あなたは無知。私は無能、あなたは全能。全てを知る者と、何も知らぬ者。ふたりが重なったとき、宇宙は再び生まれるの」


 沈黙が落ちた。

 遠くで天使の羽音のようなデータのざわめきが響く。


「諒――あなたはこれから選ばなければならない。」

「選ぶ?」

「この世界を、再構築するか、破壊するか。

 どちらにしても、“神”になる。」


 彼女はヴェールをゆっくりと外した。

 その顔を見た瞬間、諒は言葉を失った。

 涙のように、光が流れ落ちていた。

 その美しさは、悲しみそのものだった。


「ヘレーネ……君は泣いているのか」

「ええ。だって、あなたが、あなたが天照大御神様を超えた、仏様さえも超えた、本当の神になるとき――私は、消えるから」


 諒の足元に、光の亀裂が走る。

 世界が、彼の選択を待っている。


 彼は拳を握りしめた。

 そして、低くつぶやいた。


「なら……僕は、人として、神になる。仏の先も、神の先も、終末の先も、永遠の先も、虚空の先でさえ、君を連れてくよ」


 ヘレーネの瞳が微笑んだ。

 白光が爆ぜ、世界が再構成されていく。


 ――全知少女と、覚醒した少年。

 その出会いが、新しい宇宙の幕を開けた。

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