幽霊屋敷

あべせい

幽霊屋敷




「ごめんください。おいででしょうか?」

「だれだ。あァ、きみか。いいところに来た。あがってくれ。オーイ、おまえがいっていたアクドイ不動産の、悪口くんがきたぞ」

「お客さん、私はアクドイ不動産の悪口じゃありません。雨どい不動産の鰐口です」

「なに、雨どい不動産? 雨どいがきいてあきれる。オイ、かかァ。こんな男にお茶なんぞ入れなくていい。雨どいじゃなくて、雨漏りだろう」

「どうしたんですか。お住まいに何か、ございましたか?」

「ございました、か? 大いにございましただ。ヤイ、わしが、この一軒家を買わされて、何年になる?」

「何年もじゃございません。先月、ご購入いただいたばかりですから、まだ、ひと月もたっていません」

「1ヶ月もたたない家に、どうしてネズミが出るんだ。わしが、ネズミ嫌いと知って、いやがらせをしているのか」

「ネズミ!? やっぱり。もう、出ましたか」

「この野郎。ハナから知ってて、売りつけやがったのか。許せん。かかァ、野良犬が寄り付かなくなる、ゴキブリ退治の猛毒があったろう。あれを持ってこい!」

「待ってください。これには、深~いわけがあります」

「わけはあるだろう。手抜き工事をいたしました、と白状するか」

「そうじゃありません。まァ、聞いてやってください。お客さんは、いまネズミとおっしゃいましたが、あれはネズミではございません」

「あれが、ネズミじゃない!? 口のとがった、いやらしいヒゲのはえた、薄汚い色をした、あの動物は、おまえだっていうつもりか? いくら似ていても、あれはきさまじゃない。断言できる。わしは、あのトカゲのようなしっぽが、いちばんむかつくのだ」

「いいえ、姿は確かにネズミですが、あれはネズミじゃございません」

「だったら、ネコか、イヌか。それともタヌキとでもいうつもりか」

「それが……、これはここだけの話にしておいていただきたいのですが。実は、あのネズミはご婦人なんです」

「ゴフジン? そいつは、どんな生き物だ。足はあるのか。羽は生えているのか?」

「ご婦人です。つまり、女性です。それも、この世のものとは思えないくらい美しい、妙齢のご婦人です」

「女!? あれが? バカも休み休みいえ。なんで、あまっこが、ネズミになるんだ!」

「神や仏が、動物に姿を変え、この世に姿をお現しになることを化身と申しますが、あのネズミは、ご婦人の化身なのです。ですから、時がたてば、煙のように消え失せます」

「おまえ、頭がどうかしていないか? オイ、かかア、こいつに、先月から茶箪笥にしまいこんだまま、食べ忘れていた冷奴を食わせてやれ」

「奥さん! けっこうです。そんなものをいただいたら、おなかをこわします」

「頭は壊れているんだ。ついでに、腹も壊して、腹の中をすっきりさせろ」

「これには、ふか~い深い事情があるのです。いまから、お話しいたしますから、どうか、ご内聞に願います」

「さっさと話をしてみろ。ただし、長話はだめだ。この家に関する苦情は、ネズミだけじゃない。まだまだ、山とあるんだからな」

「では、ごく手短に。実は、この赤塚台ヒルズトップ6軒が建っている宅地は……」

「待て! 前々から、一度いおうと思っていたンだが、その赤塚台ヒルズトップというのが、まず気に入らない。赤塚台は、ここの地名だから、いいとしても、ヒルズトップ、てのは何だ」

「ヒルは英語で小高い山、トップは頂上ですから、小高い山の頂きという意味です。このあたりの地形が、そのように感じられますので、名付けさせていただきました」

「待て。ここが山の頂上か。周りには住宅が何百軒とあるんだ。住宅が何百とある山の頂上なんて、見たことも聞いたこともない。周囲は、昔からの大きな家が何軒も並ぶ、歴史のある町だ。山の頂上なんて、いったいどういう料簡があれば、つけられるんだ」

「お客さん。それは営業上のテクニックというやつです。うちの会社はここのほかにも、宅地開発を手広くやっていますが、ヒルズトップと名付けたところが、最も売れ行きがいいんです。ヒルズトップ! 響きがいいんでしょう。ですから、最近は、地名の後に必ずヒルズトップと付けて販売しています」

「そこが谷間でもか」

「はい。谷でも窪地でも、ヒルズトップ。三時のおやつにヒルズトップ!」

「そういうのを詐欺商法というんじゃないのか」

「いいえ。これが営業テクニックです。我が社が急成長している原動力です。営業テクニックですから、販売が完了した時点で、ヒルズトップは使用しません。自然消滅させます」

「しかし、お隣さんは、いまでも番地に続けて赤塚台ヒルズトップと書いて手紙を出しているぞ」

「当社が関知するところではありません。話を元に戻しますが、この6軒の宅地がある場所は、元は1軒の広大なお屋敷だったのです」

「女がネズミだった話だな」

「いいえ、反対です。ネズミが女、妙齢のご婦人だった話です。お忘れになっては困ります。そのお屋敷に、年若い未亡人がお住まいでした。ご主人は開業医だったのですが、医者の不養生というのでしょう。結婚してわずか3ヵ月でお亡くなりになられたのです。広いお屋敷には、奥さまのほか、お手伝いの婆やがいるだけでしたから、ひっそりとして、真夏でも寒々とした雰囲気でした」

「いやに詳しいじゃないか。おまえ、その未亡人を口説こうとストーカーをしていたな」

「とんでもない。私は、聞いた話をしているだけです。ところが、ある頃から、近所で妙な噂が立つようになりました。お屋敷には、門をくぐると正面に診察室と待合室があったのですが、真夜中になると小さな明かりがついて、医者らしき人物が診察しているというのです」

「診察室や待合室を遊ばせているのはもったいないから、若い医者を雇ったんじゃないのか」

「そんな夜中に患者が来ますか? それに、未亡人は、だれも雇った覚えはないといいます。未亡人と婆やは、お屋敷の最も奥まったところにそれぞれ寝室があり、深夜、診察室に人が出入りしているとは、とても考えられないとこたえました。ミステリーでしょう」

「答えは簡単だ。その噂を流したやつが、ウソをついたのだ」

「どうして、そんなウソをつく必要があるのですか」

「わからないか。狙いは、その広大な屋敷だ。あらぬ噂を流して未亡人から安く屋敷を買い取った後、屋敷をぶっこわして、跡地にマンションか建売住宅を建ててがっぽり儲けるんだ。悪徳不動産の手口だな」

「待ってください。すると、我が社が犯人ということになるじゃないですか」

「なかなか飲み込みが早い、悪徳不動産の社員にしておくのは勿体ないといいたいところだが、犯人だからわかって当然だな。おとなしく白状しろ」

「最後まで話を聞いてください。深夜、お屋敷に不審者が侵入しているということが近所の交番の耳にも入り、警察が捜査をすることになりました。鑑識が診察室の内部を詳しく調べましたところ、床一面におびただしい獣の足跡があり、さらに同種の獣の体毛が大量に発見されました」

「その診察室が、近所の野良イヌの住みかになっていたんじゃないのか」

「よくご存知ですね。実は、そうなんです。野良イヌではありませんが、足跡と毛を分析したところ、ネコの足跡と毛であることが明らかになりました。その診察室はご主人が亡くなって以来、使われることがなかったため、近所の野良ネコが扉の隙間から入り込み、ねぐらとしていたのです」

「待て。野良イヌや野良ネコが屋敷に入るのはいいだろう。しかし、おまえさんはさっき、夜になると診察室の明かりがついて、医者らしき人物が診察しているといったな。ネコの群れが医者らしき人影に見えたことは許してやるとして、明かりはどうした」

「そんなこと、いいましたっけ」

「ネコが、夜になったからといって、蛍光灯のスイッチを入れるのか」

「入れたんでしょうね。暗いから」

「いい加減にしろ。イヌやネコは電気の明かりがなくても、夜は不自由しないんだ」

「しかし、明るいほうが、何かと便利……」

「そこまでいうのなら、ついでだからいってやる。この家は注文建築だったな」

「はい。お客さまに、我が社の建築ブランの中からいくつか選んでいただき、それを敷地の状況を考慮して無理のないように組み合わせまして、建てさせていただきます。完全な注文住宅ではありませんが、お客様の希望に沿ったという意味では、注文住宅といってよろしいかと存じます」

「それでは聞くが、どうしてこの家の敷居は高いのだ」

「そんなに敷居が高いですか。何か不義理をなさっていて、家に入りづらいのではないですか」

「バカ野郎! 自分の家に入るのになんで遠慮をするんだ。見ろ、この部屋のふすまが入っている敷居を。廊下の床に比べて5センチも高い。こんなところに階段をつけろといった覚えはない。おかげで、部屋に入るたびに転びそうになる」

「この敷居ですか。あの大工、ヘマをしたな」

「大工のヘマとは何だ」

「いいえ、こちらのことで。この高さなら、体操の平均台に使えそうだと感じたものですから」

「平均台!? 高い敷居はここだけではないぞ。この家の敷居がすべてそうだ。この家を、平均台の練習場にするつもりか!」

「それはおもしろい。こんどは、その手で、体操選手に売りつけるか」

「何をぶつぶついってやがる。この家の敷居は高いだけではないゾ。不思議はまだある。このゴルフボールをこの襖の敷居の溝に、そっと乗せてみろ。どうだ」

「あらあら。風もないのに、ころころと……」

「オイ。どうして、押してもいないゴルフボールが転がるんだ」

「あの大工は、もう使えないな。いいえ、お客さん。これは名人の工夫で、少しでも襖の開け閉めがラクなようにと、手のこんだ細工が施してございます」

「ものはいいようだな。しかし、それなら、同じような細工をしろ。こちらの襖は、開けると自然と閉まって便利だが、向こうの障子は、いくら閉めても、すぐに開いてしまう。これも名人の細工か」

「締め切った部屋は健康によくありませんから」

「しかし、隙間があると、野良ネコのねぐらになるぞ」

「そォ、それそれ。お屋敷の診察室が野良ネコのねぐらになった話」

「なんだ、まだ話の続きがあるのか」

「警察の調べで、野良ネコが侵入していることが判明すると、奥さまは急にお体を悪くされました。実は、ご主人の家系は代々、跡取りがなぜかネズミ年の生まれで、ネコをとても嫌っておいでになりました。飼うことはもちろん、お屋敷の周囲をネコがうろつくことさえお嫌いになり、このため、お屋敷もネズミ屋敷と呼ばれていました。ご主人のご病気は、恐水病、すなわちいまでは珍しい狂犬病だったのですが、奥さまは狂犬病ウイルスに感染したネコがご主人を襲って殺したのだとお考えになっておられたようです」

「待て。狂犬病はイヌの病気だろう。ネコに感染するなんて話は聞いたことがない」

「狂犬病はイヌの病気ですが、狂犬病のイヌにかまれると人間も感染するのですから、ネコだってかかって当然でしょう。狂犬病の潜伏期間は5日から半年といわれていますが、新婚初夜のとき、見かけない年老いたネコが新婚夫妻の寝室に忍び入り、ご主人の足に噛み付いて逃げたそうです。傷は大したことがなかったので、傷薬をつけただけでそのまま忘れてしまったそうです。しかし、あとで考えると、その老ネコは、眼光ばかり鋭く、見るからに何にでも化けそうな薄気味悪いネコだったといいます。恐らく、そのネコは、ネコを嫌うネズミ屋敷のご主人に恨みを持ち、ねずみ年の跡取りが誕生しないよう、お二人の寝室にやってきたものと思われます」

「助兵衛なネコだな」

「奥さまは、診察室が野良ネコのねぐらになっていることがわかると、まもなく床につかれ、『あのネコが憎い、殺したい』とうわごとのようにおっしゃられ、10日ほどでお亡くなりになりました。お屋敷は、遠縁の人から我が社が買い取り、建物を壊して一旦更地にして、いまみなさんがお住まいの6軒分の宅地として売り出したわけです。ところが、お屋敷を解体する工事のとき、妙なことがございました。1匹の大きなネズミが解体された古材の下から現れ、工事中の作業員を恨めしそうに見つめたそうです。ですから、そのネズミがこちらに……」

「あの薄汚いネズミが、美しい未亡人の化身というのか。オイ、そんな話が21世紀の世の中に通用すると思っているのか。そのせいで、このあたりにはネコがうろつかないでしょう、ッテか。じゃ、教えてやろう。お隣の倉持さんが、家の周囲にトラジマのどらネコが糞をして困ると苦情をいっているそうじゃないか」

「ご存知でしたか」

「おまえは、そのどらネコは妙齢のご婦人だといったそうじゃないか。昔、ここにあったお屋敷はご主人が代々トラ年生まれで屋敷にはトラネコがあふれネコ屋敷と呼ばれていましたが、ご主人は新婚初夜の寝室でネズミに足をかまれて急死、その後奥さまは診察室がネズミの住みかとなっているのを知って床に付かれ、まもなくお亡くなりになった、とどこかで聞いたような話を長々とやったそうだな」

「近いところでやる話じゃなかった」

「わしは、この家にいる化けネズミを昨日捕まえた。そらッ、おまえの後ろ、金網のカゴの中にいる」

「エッ!?」

 振り向いて、

「こんなところに……。奥さま。おいたわしい」

「わしは、これからこいつを外に持っていき、お隣に迷惑をかけているどらネコの前に放ってやるつもりだ。どうなると思う?」

「なんてことを。ご主人、それだけはやめてください。そんなことをしたら、ネズミはネコに追いかけられて逃げ回り、ご近所中から苦情がきます」

「苦情が来たら、あのネズミとネコはどちらも妙齢のご婦人の化身というんだな。昔、ここにあったお屋敷のご主人は代々ネコ年の生まれでしたが……」

「ご主人。干支にネコはいませんから、そこはトラ年として、トラ年の主人はネコが大好き、ご主人の奥さまもネコが大好き、ご夫婦で高価なネコを何匹も飼っておられましたが、そのネコたちはネズミが大好物で、とったネズミはすぐに食べるものですから、お屋敷はもちろん近所中からネズミが1匹もいなくなりました。するとネズミが好物のネコはネズミが食べられなくなったため、すっかり元気をなくし、次々に死んでいきました。するとこんどは飼い主のご夫婦は寂しさの余り重いご病気にかかられ、相次いで亡くなられました。お屋敷は、その後、どうしても買い手がつかず、草がぼうぼうと生え放題、幽霊屋敷と呼ばれるようになりました」

「おいおい、幽霊屋敷なら、こんどは幽霊が出るというつもりか」

「はい、出ます」

「どこに出る?」

「いまあなたの前に出ています」

「おまえが幽霊か。道理で、足が地につかない話をする」

               (了)

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幽霊屋敷 あべせい @abesei

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