小説家、箕原啓の調査〜因習の村と呪われた夏の記録〜

レブラン

第1話

「はい、それじゃ頭痛薬と胃薬出しときますのでお大事に」


 医者がカルテに書き込みを済ませると俺は頭を下げ立ち上がる。

 扉を開けると還暦は越えているであろう顔中皺くちゃの老人達が数人談笑していた。

 俺が出てくるなりピタッと止まり、全員が全員奇異の目で見てくる。

 小声で呟き合う。

 田舎特有の嫌味なのかとそう思いながら無視し、空いている席に座った。

 暫くすると受付にいた看護婦が顔を覗かせ名前を呼ぶ。


箕原みのはらさーん、箕原啓みのはらけいさーん」


 俺の事か。

 未だ俺の事を凝視するように見ている老人達だが、さっさと払って出よう。

 そう思いつつ立ち上がると受付に行き清算をすませた。

 外に出ると天気がいいからか陽射ひざしは俺の顔に差し込んだ。

 眩しさのあまり思わず目を瞑る。

 まだ六月。だけどもうすぐ夏だからか、じわりとにじむ暑さも堪えそうだ。


「箕原さんじゃないですか。こんな所で奇遇ですね」


 聞きなれた声に目を開けると、そこには一人の女性が立っていた。

 腰まで伸びているロングストレートの黒髪に艶やかな色白の肌。

 ほっそりとした顔立ちだが昔ながらの美人タイプのような印象を受ける。

 落ち着きのある物腰で清楚であり大和撫子と云ってもいいだろう。

 服装は和服であればさぞ見栄えも良いのだろうが、仕事上スーツを着ていて首からは社員証を垂れ下げていた。

 社員証には彼女の名前である杉田美穂すぎたみほと書かれていた。

 町の役場勤めで働いているらしく、年齢は流石に聞けないが見た目からして二十二から二十三歳ほどだろう。


「杉田さんはどうしたんですか? 何か具合が悪いのでも?」

「いえ、たまたまここを通り過ぎようとしたら箕原さんがいたので声をかけちゃいました」


 そんなことを云うのだから思わず胸がドキッとする。


「は、はは」


 空笑いの返事。

 情けない……。

 もっと仲良くしたいのだが、こんな美人と話せているだけでもラッキーか。


「そういえば、箕原さんがここ横小見町よこおみちょうに越してこられてもう半年ほどでしたよね?」

「ええ、そうですね。町も良い所ですし、運よく格安の一軒家も見つけられたのは本当ラッキーでした。それにここに住み始めたときは心配でしたが、杉田さん達が懸命に支援してくれたのは助かりましたよ」

「いえいえ、私達はこれでも仕事なので。それにただでさえ町から出ていく人も多く、移住者が少ないので、定住者には支援していきましょうというのが方針なので」

「確かに、結構都会に移る人多いらしいですね。けど俺が都会にいたときよりいいと思いますよ。空気も美味しいし、景色は綺麗だし」

「ですが、その後中々時間とれなくてお手伝いできず申し訳ありません」

「気になさらないで下さい。仕事が忙しいでしょうし」

「ありがとうございます。箕原さんのような方が移住してもらえるのは本当に助かります」


 この横小見町は人口総数約五千人にも満たない町。

 元々は隠岐村おきむらという名の村だったが過疎の為、近隣村との合併につぐ合併で二十年前に横小見町となる。

 だが併合されたおかげで発展は上手くいったほうだと聞く。

 しかし、いくら合併しようが田舎でもあるからか、周囲を見渡せば田んぼはそこそこ、一軒家もそこそこ、アパートはまあ点々と云った所だろうか。

 遠くを見渡せば山々が見え、完全な過疎村や町ではなくよくある田舎の地方に近いと云っても過言ではない。


「箕原さんってさんって確か仕事柄自宅での作業が主でしたよね?」

「ええ、一応小説家ですから。このご時世ネットも通ってる事だし、遠くにいようが編集者とはネットでやり取りできるのが大きい利点ですからね」

「すごいじゃないですか!」


 目を輝かせる杉田さんに対し、俺は内心若干ひけ目を感じた。

 何せ小説家と云っても世間体でいえば“売れない”が付くのだから。

 いや、この町に越してから出版した小説はまだ売れたほうだろう。

 担当者の人からはジャンルをいっそうの事変えてホラーよりにしてみてはと云われてるが。

 っと、考え込む前に何かはぐらかさないと。そう思い視線を左右に振りあるものを見つけた。


「そ、そういえばお礼も全くしてなかったですし。あそこの甘味処で何かご馳走しますよ」


 困惑の表情をしている彼女に対して、俺は疑問に思った。

 選択を間違えたが?

 いいや、お礼をするのはごくごく一般的だし、けど困っている様子なのは事実。どうするべきか……。


「今はまだ就業中ですし……」


 そんなことを云う彼女に対し、俺はああっと納得した。


「そうですね。確かに仕事の最中だとサボってる風にしか見えないですからね……」


 思いついたように彼女は両手をぽんと叩く。


「でしたら、二日後の土曜にお暇でしたら一緒に駅の近くにある喫茶店へ行きませんか?」

「え、いいんですか!?」

「はい、あそこのお店モダンな雰囲気があって一度行きたかったのですが中々時間がとれなくて。この機会に行きたいなって思っていたんですよ」

「勿論よろこんでいきますよ」

「ありがとうございます。では、私は行きますので。箕原さんもお仕事頑張って下さい」


 そう云いつつ、彼女の後姿はどんどん遠ざかっていく。

 完全に見えなくなると俺は手を握りガッツポーズをかました。



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お読みいただきありがとうございました。初めての因習ホラーです。よろしければ、画面下の「★」での評価やコメントをいただけると嬉しいです!

毎日18時より更新予定です。

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