第6話
家に帰って扇風機の前で昼寝をしていたら、いつの間にかもう空が暗んでいた。しまったと思い、何も持たずに家を出た。
熱く湿気た土手を駆け上がっていると、開いた口に羽虫がよく入った。彼らも可哀想だ、飛んでいただけなのに、走ってきた人間に捕食されるなんて。そう思うと、不快感より申し訳ない気持ちが勝った。
息を切らしながらいつもの街灯の下に着くと、彼女は相変わらず川を覗き見ていた。
「そういえばさ、もし時計を見つけたら、どうするの?」
口の中の虫たちを吐き出して、そう口にした。
「どうするって……。取りに行くよ、もちろん。」
「この川の中を?あまりおすすめはできないな。」
僕は昼間に見た景色を思い出していた。仮に川岸であったとしても、時計を取りに入るのはいくらかの危険を伴うだろう。まして視界もない時間帯だったらなおさらだ。それに、ここ数日川を眺め続けて、わかったことがある。当たり前のことだが、川の流れの速さや水量は毎日、場合によってはものの数分で簡単に変化する。直前の上流の天気によっては、物理的に人が入れないほど荒れることも十分に有り得る。
ある日、川の水量が目に見えて増える瞬間があった。その時彼女はもう帰っていたが、僕がしばらく残って川を見ていたら、雨が降り始めた。急いで家に走ったが、土手を降りる頃には天気も川も大荒れだった。
「でも、他に方法もないし……。」
彼女は口をすぼめた。
そう、他に方法はないのだ。設置した金網の罠にかかってくれればいいが、あんなものは気休めだ。川の流れが速ければ、十中八九罠ごと流されるだろう。そもそも、明日の朝には流されていたって不思議ではないくらいの代物だ。
「ちなみに、泳ぐのは得意?」
「この前の水泳の授業で、初めて25m泳げた。」
「……おめでたいね。」
あまりにも心許ない。正直な話、こんな質問には何の意味もない。彼女が諦める理由を探しているだけだ。たとえ彼女が全国大会に出場できるくらいに泳ぐのが得意だったとしても、流れのある場所で、服を着て泳ぐのは訳が違う、などと理由を並べて彼女を止めるのだから。
「しょうがない、取りに行くのは俺がやるか。」
「おじさんは泳げるの?」
「50mは泳げた記憶があるね、遠い昔だけど。」
「知ってる?そういうの、どんぐりの背比べって言うんだよ。」
ぐうの音も出ない正論。でも、未来ある若者が流されるくらいなら、少し高いだけのどんぐりのほうがはるかにましだろう。
「とにかく。もしおじさんがいない時に時計を見つけても、自分で取りに行っちゃダメだよ。必ずおじさんが来るのを待って。わかった?」
彼女は終始不服そうだったが、こくんと頷いた。
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