『生放送でブチ切れまして。~私の八年間を「ウジウジ悩む話」と一蹴した芸人に、作家の尊厳を見せつけます~』**

志乃原七海

第1話『放送事故まで、あと10秒』



カチンコが鳴る音も聞こえないほど、スタジオはけたたましいオープニング曲と、数えるほどしかいない観客の魂の抜けたような手拍子に満ちていた。

『トミーズの!真夜中ワイドショータイム!』

安っぽい電飾ロゴが明滅し、じりじりと後頭部を炙る照明の熱が不快だった。


佐藤菜々美、作家。デビューして八年、鳴かず飛ばず。それが世間の評価。しかし、今日の私は違う。奇跡的に映画化が決まった最新作『硝子の迷宮』の原作者として、私はこの場違いな空間に**完璧な微笑みを浮かべて**座っていた。


「先生、本日はよろしくお願いいたします。ファンなんです!」

本番前、やけに声のトーンが高い田中アナウンサーが挨拶に来てくれた。

「こちらこそ、お招きいただき光栄です。田中さんの番組、いつも拝見していますよ」

私は背筋を伸ばし、穏やかな笑みで返す。衣装の下で冷や汗が滲んでいようと、膝の上で組んだ指が震えていようと、決して悟られてはならない。これは仕事。私の八年間を懸けた作品のための、大事な仕事なのだ。


「さあ、今夜も始まりました!真夜中ワイドショータイム!」

田中アナウンサーの甲高い声で番組が始まる。隣では、ボケ担当のトミー健が意味もなく立ち上がり、ツッコミ担当のトミー雅がその頭をスリッパでひっぱたく。お約束の流れに、わざとらしい笑い声のSEが重なった。私は口元に笑みを湛え、小さく拍手を送る。**完璧なゲストの振る舞いだ。**


「さて!それでは今夜のスペシャルゲストをご紹介します!社会現象を巻き起こすこと間違いなし!作家の、佐藤菜々美先生でーす!」


照明が一斉に私に集まる。練習してきた通り、上品にお辞儀をして、最高の笑顔を見せた。

「はじめまして。佐藤菜々美と申しま…」


「どうもー!先生より俺たち!トミーズでーす!よろしくどーぞ!」


私の挨拶を真正面から遮り、トミー健がカメラの前に躍り出た。

「お前じゃねえよ!」

雅のスリッパが炸裂し、スタジオが笑いに包まれる。健は頭をさすりながら、わざとらしく私をジロジロと見回した。

「いやー、だって先生、オーラが地味すぎてどこにいるか分かんなくて!俺、マジで今日の美術セットの一部かと思いましたよ!」


**「ふふっ、光栄です。物語の背景に徹するのも、作家の大事な仕事ですから」**


私は、淀みなく微笑んで切り返した。完璧な回答。田中アナウンサーが「さすが先生!」と感心したように頷き、隅にいる編集者もホッと胸をなでおろしているのが見えた。大丈夫。この程度の「いじり」は想定内だ。


だが、私の完璧な鎧は、彼らの前では無意味だった。

雅が、ニヤニヤしながらテーブルに置いてあった私の著作『硝子の迷宮』を雑に手に取った。

「先生、すごいじゃないですか!映画化ってことは、印税ガッポガッポ?」

健もそれに乗っかる。

「うわ、タイトル『硝子の迷宮』だって!なんか、厨二病っぽくないすか?俺たちの青春も、マジで迷宮だったよなー、雅!」

「そうそう!あの頃、俺ら金もなくてさあ!」


完全に、話の流れを乗っ取られた。私の血肉である作品が、彼らの下らない思い出話の「前フリ」として消費されていく。

**私の完璧な笑顔の口角が、コンマ一ミリだけ引きつった。**


田中アナウンサーが必死に軌道修正を試みる。

「あ、あの、トミーズさん!先生の作品は、人間の深層心理を鋭く描いた本格サスペンスでして…」

「心理?ああ、なるほど!」

雅が、私の本をパラパラと適当にめくり、まるで全てを理解したかのような口ぶりで言い放った。


**「要は、病んでる女がウジウジ悩んでるだけの話でしょ?俺、こーいうの苦手だわー。読んでるだけでこっちまで暗くなるっつーか。ねえ、先生、普段なにしてんすか?一日中パジャマでパソコンとにらめっこ?暗っ!」**


世界から、音が消えた。

目の前でけたたましく笑う芸人たちの口が、金魚のようにパクパクと動いている。けたたましいSEも、観客の手拍子も、遠い世界の出来事のようだ。


お前たちに何がわかる。

来る日も来る日も、誰にも読まれないかもしれない物語を、血を吐くような思いで紡ぎ出す孤独が。家賃の支払いに怯え、コンビニの廃棄弁当で食いつなぎながら、それでも書くことをやめられなかった八年間の地獄が。

私の八年間を、私の魂の全てを。

お前はたった今、「病んでる女がウジウジ悩む話」という一言で、ゴミ箱に捨てたのか。


田中アナウンサーの引きつった顔が見える。隅の方で、私の編集者が頭を抱えている。

だが、もうどうでもよかった。

プロとして、作り笑顔を浮かべる?

映画の宣伝のため?


知ったことか。


私は、顔に貼り付けていた**「にこやかな作家・佐藤菜々美」の仮面を、ゆっくりと、一枚ずつ剥がすように、**無表情に戻した。

そして、テーブルの上のミネラルウォーターが入ったグラスに、そっと指を伸ばす。

ひやりとしたガラスの感触が、不思議と頭をクリアにさせた。


まだ、誰も気づいていない。

この美術セットの一部で、暗くて地味で、**さっきまで完璧な笑顔を浮かべていた作家**が、今、この生放送のスタジオで、全てを破壊する爆弾になろうとしていることに。

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