13.金の檻


「この部屋には100人のプレイヤーがいます。

 100人で一斉に、この部屋のマスターとじゃんけんをして下さい。

 マスターに勝てたなら、次の部屋でじゃんけん。

 あいこはそのまま部屋にとどまり再戦。

 負けた者は脱落する。」


 単純明快なルールだった。


「第7の部屋にたどり着き、ラスボスとの対戦(じゃんけん)に勝てば、報酬100万円を手にできます。

 そこには豪華な食事(無料!)/VIP待遇(無料!!)/メイドさん付き(無料!!!)

 アクティビティ付きです。

 夢のような生活が待っています。

 さあ、あなたの参加をお待ちしています。」


 参加費用は1万円。

 勝ち残った奴の総取りといったところか。

 大型モニターに映し出されるラスボスとの対戦の様子。

 じゃんけん一発勝負。

 単純なだけに、観衆の熱量が半端ない。


 『チャンピオン誕生の瞬間』という切り取られた世界が俺たちを魅了する。


「第231回 じゃんけん大会、間もなく受付を終了します。

 あと空席が17席あります。」

 

 会場には無機質な電子音で「通りゃんせ」が流れた。

 窓口には1万円札を持った人々が殺到した。


「ハイここまでです。

 ここから後ろに並んだ方は、第232回にお回りください。」


「ふう、よかった。

 何とか間に合った。」


 俺はフロア1に入った。

 そこには150人くらいの席があり、それぞれの席には「グー、チョキ、パー」の3つのボタンがあった。

 どう見ても100人以上いる。


「さっきの回であいこだった奴らがここに残っているんだよ。」


 そうか、勝ち抜け戦で、あいこはそのままとどまって次の回に回されるんだな。


 映画館のような、階段状の席に座る。

 正面には大型スクリーン。

 やがてアニメの女の子が出てきて、注意事項を伝えた。


「じゃんけんの『手』は、あらかじめ登録することができます。

 変更もできますが、『じゃんけんポン』といった瞬間の手で判定されます。

 この時に『手』の登録がない場合、失格となりますのでご注意ください。」


 スクリーンのアニメの声が、もう一度言った。


「ただいまから、じゃんけんの『手』の登録を受け付けます。

 ゲームが始まるまで、変更することができます──」


 グー、チョキ、パーのボタンを見下ろしながら、俺は思った。

 ……今日は、パーにしてみようか。

 それだけのことなのに、なんだか勝てる気がしていた。


 スクリーンに大きくカウントダウンが表示された。

 同時にアニメの女の子がじゃんけんを始める。


「いっきますよ~、せーの。

 じゃんけんポン!」


 スクリーンに映し出されたのは『グー』だった。

 瞬時に判定が下された。

 まずはチョキで負けた者たちが退出した。


「ねぇ、元気出して。

 また挑戦しよ♡

 待ってるからね~。」


 キャンディボイスが敗者を励ます。

 続いてパーで勝った俺たちが、次のフロアへの階段に案内された。


「強者たちよ、ようこそ次のステージへ。」


 こちらは鼓舞するような力強い声だった。

 グーであいこだったものは、その場に残された。


 俺はフロアを登って行った。

 一度はあいこで足止めされたが、次で勝てば問題ない。

 そうしてついに、フロア7までたどり着いた。


「待っていたぞ、歴戦を勝ち抜いた勇者よ。

 貴様のようなやつを待っていた。」


 そしてついに、俺は成し遂げた。

 ラスボスに勝ったのだ。



「やぁ、助かったよ。

 君が勝ってくれて、よかった。」


「それはどういう……?」


「今にわかるさ。

 僕もようやく自由の身だってことさ。」


 ほどなく担当の執事とメイドが現れた。


「『月影』様、本当にお疲れさまでした。

 こちらが報酬の100万円です。

 よろしければ次もまた、挑戦してくださいね。」


「世話になった。

 でももう二度とごめんだ。」


 そうしてラスボス『月影』は、報酬を手にして去っていった。

 ほどなく執事から説明があった。


「おめでとうございます。

 あなたは見事、このゲームをクリアいたしました。

 特典として、このVIP ルームの滞在が許可されます。

 なお費用は一切かかりません。」


 みるからに高級なスイートルーム、うまそうな食事、メイドさんまでいる。


「我々からの依頼です。

 次のラスボスになってください。

 先ほどの方のように、お役目が終われば報酬100万円をお支払いいたします。」


 え? それだけ?

 なんだ、楽勝じゃないか。

 しかもこの待遇、悪い話ではない。

 ずっと続くわけもないだろうから。


 俺は契約書にサインした。


「それではラスボスの名前を決めましょう。

 本名では、帰還したときにいろいろと不都合があるでしょうから。」


 それで『月影』だったのか。

 それじゃ『ライン=ハルト』で。


 1Fの大型モニターで大々的に喧伝された。

 ラスボス 『ライン=ハルト』登場!



 俺はしばらくこの楽園生活を楽しんだ。

 しかし暇だ。

 悪くはないが、やることがない。

 最初は俺のような挑戦者が、すぐに現れると思った。

 しかし、多くはフロア―6までたどり着けない。


 ……今日で3日目。

 ようやく挑戦者が現れた。

 手元のタブレットに言うべきセリフが流れた。


『待っていたぞ、歴戦を勝ち抜いた勇者よ。

 貴様のようなやつを待っていた。』


 そうして、じゃんけんのボタンを押した。

 勝敗は――勝ってしまった。


 タブレットに1Fの様子が映し出された。

 人々の落胆の様子。


 ああ次こそは、負けてやろう。

 ……きっと次こそは。


 単純なことさ、ただじゃんけんに負ければいい。

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