6.千種観音
死役所から国民の皆様へお知らせいたします
皆さんの台所に、長期間保管した梅酒はございませんか
役所の職員が回収に伺います。
なお、ご協力頂いた方には薄謝進呈いたします。
最近奇妙なことが起きている。
死者の魂がさまよっているのだ。
観音様のお導きがなくなって、あの世に行けなくなった。
そう、この前お葬式を済ませたじいちゃんが、居間でお茶飲みながらそう言っていた。
どうして梅酒なの?
「さあな。観音様にお供えでもするのかのう?」
本当のところは、だれもわからなかった。
号外、作業員急募!
観音様救出作業、日当は30万円!
これ、チョー怪しいんだけど。
救出って、何から救うんだよ。
日当高すぎ??
「ほう、ついに役所が動いたか。
これでわしもあの世に行けるかもな。」
梅酒と観音さまって、どう関係があるんだよ。
「行けば何かわかるのでは?」
僕はじいちゃんに促されてその作業に参加することにした。
そこは酒のにおいが充満していた。
「火気厳禁 お焼香禁止」
大きな文字で書かれていた。
僕に渡されたのは、ゴム手袋とペンチ、ニッパー
そして仕事は……梅酒から取り出した、梅のタネを割ることだった。
僕は言われるがまま作業に集中した。
「おい、そこの青年。」
誰かが僕に話しかけていた。
でも、だれもいない。
「ここだ青年、礼を言う。」
僕の手の中の、梅の種から出てきたのは、小指の先ほどもない酒に漬かった小さい観音様だった。
種の中にいるその姿は、年季の入った仏像のようだった。
「長く酒に漬かっているとな、中身までとろけるんだよ。」
救出って、まさか種の中の観音様のことなのか?
「わしらもな、もともとは梅干しの種から出てきて『観音様』と呼ばれたこともあった。
子どものいたずらみたいなもんだったが、あれも今ではすっかり忘れられちまった。」
梅干しの種も、梅酒の梅も、捨てていたからなぁ。
「中には酒に酔って、悪態をつくものがいるから気をつけろよ。」
え? 観音様が?
「ここには多くの同胞がおる。
まぁ、気長にな……。」
観音様って、いったい何体いるんだ?
「おい小僧、俺様は四十年ものなんだよ!」
突然誰かが僕に絡んできた。
「いいか、お前が生まれるはるか前から酒浸りなんだ。
すごいだろう。」
きっと作ったときは、やがて封を開けて飲む日を楽しみにしていたんだろうな。
「俺様を仕込んだ女将は見る目がある。
四十年、円熟するにはちょうどいいって。」
「その女将さんは、いくつの時に仕込んだのでしょうか?」
「赤いちゃんちゃんこのお祝いをしていたから・・・・・・。」
還暦で仕込んで四十年、もう生きてはいないのだろうな。
「あの……。その方はもうすでに、お亡くなりになっているのでは?」
「馬鹿野郎、あの女に限ってそんなことはないはずだ……まてよ。
俺様のことを、すっかり忘れて逝ってしまったのか。」
お気の毒に。
そう思って観音様に手を合わせた。
「おい、俺は美味いぞ。」
そう言って口の中に飛び込んできた。
口の中に広がるさわやかな、でも芳醇な酒の匂い
確かにうまかった。
「捨てるんじゃねえぞ。」
なんだか僕が酔っちゃうよ。
ちゃんと仕事できるかな。
それからいくつもの梅の実を食べ、観音様を救出したけど……。
さすがに僕も酔っぱらってしまった。
家に帰るとじいちゃんが台所に立っていた。
「ここにばあさんが作った梅酒があった。
今思いだしたよ。
もう古い話だから、忘れておった。」
そうか、我が家の観音様も、お酒に漬かっていたんだね。
それじゃ観音様、酒に浸って、お仕事ができなかったんだ。
「仕込むときに、雑味が出ないよう、梅の実のへたを爪楊枝で丁寧にとっていたな。」
じいちゃんは、先に行ったばあさんを思い出して笑っていた。
僕とじいちゃんは梅の実を取り出して、観音様を救出した。
そんな思いがこもった観音様を救出してあげないとね。
「やっと気づきおって。はよう食え。
せっかく上等に仕上げてもらったんだ。
食わなければ罰を当てるぞ。」
じいちゃんが観音様を一飲みにすると、じいちゃんの体が光であふれた。
「こんなにうまい酒を造ってくれた、ばあさんに感謝だな。」
やがて観音様に導かれ、黄泉へと旅立った。
僕は残された梅酒を、ありがたく味わった。
ばあちゃんが家族を思って作ったこの梅酒。
知らずに捨てられたら、成仏できないよね。
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