第17話 (龍の穴編)第七話:道満吉兆太
「それでは、対局を始める。先鋒、次鋒、卓へ迎え! 責任ある見届け人として、私が親の抽選をする。南蛮製の特大賽子(さいころ)だ!」
蓬莱は、いかにもイカサマ臭い仔猫ほどの大きさのある賽子を取り出し、大袈裟に転がした。
「出目は、三である。道満家の起家および西家で勝負を始める」
「(出目と、親の関係を聞いていないが・・・)」ツッコミどころが多かったが、口に出すものは居なかった。
東:羽向
南:疋田
西:天沼
北:貞丸
「掟(ルール)は、撃破戦一本勝負。雀武帝特別手役は全て有効。防御無効。満貫未満の直撃や自摸和了は、流局親流れと同じとする。諸流派で見られる、跳満以上の直撃でも他家の巻き込まれは無いものとする」
伝宝が念を押した。
「異存はないな! 口答えも質問も許さん」
「御意!(ひでぇ・・・)」
「ここは、大陸だべか?」と、鎌田は場を弁えない質問して蓬莱にぶっ飛ばされていた。
卓のある櫓へ歩いて向かう途中で、貞丸が、疋田に話しかけた。
「疋田、俺たちの役目は分かっているな?」
「あぁ、アイツらの一人か二人を脱落させるんだ」
「お前の打ち筋は攻撃的だ。いつも通りで構わない。攻撃できる方が、積極的に立ち向かえ。手にならなければ、守りに徹しろ」
「あぁ、分かったぜ。副主将!」
【東一局】 親:羽向 ドラ⑤
<七巡目> 二三四55①②③④⑤⑥⑧⑨東東東 一気通貫、W東(親:満貫確定)
南家:疋田 四伍六23⑤⑤⑥⑥⑦⑦⑦⑦ 1・4待ち 4で平和、断么九、一盃口、ドラ2
西家:天沼 三四六七八233344②③
北家:貞丸 一二六八九45678⑨⑨白 自摸:三
貞丸は、左手の人差し指を鼻にあて、4を切った。
疋田は喰いつきたいそぶりも見せずに、無表情で見逃した。土方がよくやっていた「能面・現物・高め無視」だった。なぜ、急に土方を思い出したのかは分からなかった。お坊ちゃま育ちで入所当時は、紐の切れた草鞋をずっと履いていたが、直し方を教えると、すぐに一人で直せるようになっていった。門弟たちに「健常者介護」だと揶揄されたが、自分は全く気にしなかった。疋田は、土方の世話を焼くのが嫌いではなかった。同時に貞丸の癖を思い出した。貞丸が左手の人差し指を鼻にあてるのは、一か八かの賭けの時だった。癖の少ない貞丸の決定的な「悪癖」の一つだった。
羽向は、④を自摸切った。天沼が、かすかに反応したが、和了は出来なかった。
疋田も二を自摸切った。天沼が僅かに反応したが、和了は出来なかった。
天沼が待望の二を引いて、4を切った。
「ロン、マンガン!」と疋田が言うと、
「山越しか・・・?」
「山越しだ!」と、天沼が砕け散った。貞丸は安堵した。
「(いつ敵になるか分からないから、積極的に協力は出来ない・・・。蓬莱と伝宝の手前、通しは使えない。よく俺の癖を見破ってくれたが、俺もまだ未熟だ・・・)」
疋田の和了形を見て、羽向は絶句した。
「完全な死に目だ・・・」
陣営に戻った天沼は、道満に窘められた。
「配牌で既に、233344の形があっただ。自分の手の中の塊は、他の人が欲しいはずだ。三色を確定させたいなら、速めに処理しなければダメだ」
「御意!」
蓬莱が、合図をした。
「ごわごわわ~~ん!」対局の区切れを知らせる銅鑼だった。
【東二局】
玄武流派は、丸亀が出てきた。
東:疋田
南:天沼→丸亀
西:貞丸
北:羽向
丸亀が立ち上がり卓に向かおうとした時、道満吉兆太が声をかけた。
「羽向は、調子が悪そうで期待出来ないだ。この勝負、ヌシとワシで決めるだ。」
「うぃ」
「ロン、満貫!」成す術もなく、羽向は疋田の前に砕け散った。
蓬莱が、合図をした。
「ごわごわわ~~ん!」
【第三局】
東:丸亀
南:貞丸
西:羽向→道満
北:疋田
疋田が驚愕した。
「でっけぇな! コイツが道満家の大将か!」
「道満吉兆太。道満家のお館だ」貞丸が言った。その言葉を聞いて、疋田はあることを思い出した。
「お館?」疋田は、入所初日の満貫組手を思い出した。振り込んで『憐心の滝』へ行く途中に天沼に話しかけられたことを思い出した。
(天沼「よぉ、おめえ、体力選抜で二位だった奴だな。合格オメデトウ。大将は元気か? 殿のご様子はどうだ?」といって、こちらの返事を待っていた。)
「(お館が道満家のトップだろ? 大将って、誰だよ。 殿って、政宗公か? あのタイミングで、天沼が政宗公のことを口に出すのはおかしい。あれは、俺を間者だと思い探りを入れていたのだ! それでは、青龍派には天沼や丸亀以外にも間者(スパイ)がいるということか?)」
蓬莱が、合図をした。
「ごわごわわ~~ん!」
「(気のせいか?『正~解~!』と聞こえたぞ! あまりにも、タイミングが良すぎる。当たりなのか?)」
ドラ:東
【道満】二二三三四4488東東白中 三 → 中 〔七対子:一向聴〕
貞丸のドラ切りから勝負は動いた。
「ドラでござる、失礼仕(つかまつ)る」
「碰だ」吉兆太が喰いついた。
「!(お館様が動いた)」丸亀が驚いた。吉兆太が鳴くところをほとんど見たことが無かったからだ。
「役牌ドラ三かよ!」疋田はげんなりした。
二二三三三四4488東東白 東 (碰) → 白〔対々和:一向聴〕
二二三三三四4488 (碰)東東東
鳴かせた貞丸は、満足気だった。
「(ニヤリ、動かない男を動かした!)」今度は、貞丸の仕掛ける番だった。
【貞丸】六六七七567⑤⑥⑦⑦⓻東 伍 → 東(碰で鳴かれる)
伍六六七七567⑤⑥⑦⑦⓻ 〔平和(ぴんふ)・一盃口(イーペーコー)・三色同順(さんしょくどうじゅん)・断么九(たんやお):自模り跳満聴牌(てんぱい)〕
「(完成した! 出せ! 振れ! 掴め!)」
道満は、そこに最悪の伍を自摸ってしまった。
「ぐっ! (これは、切れねぇだ!)」
【道満】二二三三三四4488 (碰)東東東 伍 → 二 〔聴牌崩し〕
蓬莱は、待ってましたとばかりに、
「罰を与えーい。」と、部下に村民を棒でシバかせた。
「ぐわ~!」村民の悲鳴に堪えかねた道満は、心の底から叫んだ。
「! や~め~でだー! ワシを打でだ~!」
蓬莱は、その言葉を聞いて、村民を打つことを止めさせた。
「ならば代わりに、お前に罰を与えよう。対局に差し支えるが、構わないのか?」
「村民は、止~め~でだー! お願いだ~~っ!」魂の懇願だった。
「了解した」と、蓬莱はニヤリとしながら手を上げ合図をすると、道満に向かって三本の矢が飛んできた。
「ズブズブズブッ」矢は、道満の背中に三本突き刺さった。
「ぐわ~っ!」
「掟を変更したからな。おまけだ」
道満は、作戦ミスしたことを反省した。
「前に出だも・・・、手詰まりだのも・・・、ワシの責任だ。はぁはぁ、はぁ・・・」
見ていた者たちは、その戦いぶりに心を動かされた。
「(スゲェな・・・)」
「(立派じゃないか・・・)」
【道満】二三三三四伍4488 (碰)東東東 六 → 二 〔聴牌〕
貞丸は聴牌のままに、自摸切りを繰り返した。
「8でござる」
「ロン! 役牌ドラ三!」道満が食いついた。
「振り込み、御免!」こうして貞丸は、脱落した。
「(このオッサン、すげぇぜ! 命を掛けている)」疋田は感嘆せざるを得なかった。
「立派だ。師範代にしておくのは勿体ないな。見事な施政者だ」一馬も、その心意気に感嘆した。
蓬莱は、負傷者と言えども容赦はなかった。
「道満には、最小限の手当てをいたせ! 直ぐに対局を続ける!」
「惨いな」疋田は同情した。
「青龍派の者が卓についたら、すぐに対局を再開する! 急いで席につけ!」
雀悟は、ワザとゆっくり卓に向かった。
「青龍派! 急げ! 時間が迫っておる!」
「(惨いな)」
蓬莱が、嬉々としてドラを叩いた。
「ごわごわん、ごわごわわ~~ん!」
【第四局】
東:貞丸→雀悟
南:道満
西:疋田
北:丸亀
手が入ったのは、疋田と道満だった。
ドラ二
【疋田】二二三四223344②③④
【道満】②③③④④⑤⑤⑥⑦⑧白白白 〔面前混一色・白・一盃口: ②⑤⑧待ち〕
②③③④④⑤⑤⑥⑦⑧白白白 ⑥ → ⑤ 〔聴牌: ③⑥⑨待ち〕
②③③④④⑤⑥⑥⑦⑧白白白 ⑦ → ⑥ 〔聴牌: ⑦待ち〕
②③③④④⑤⑥⑦⑦⑧白白白 ⑧ → ③ 〔聴牌: ⑦⑧待ち〕
②③④④⑤⑥⑦⑦⑧⑧白白白
疋田から、道満の河はこう見えた。
〔捨て牌〕一8北六⑤⑥③
疋田は、⑧を自摸って、
「(ドラは、切れない。一六の切りは、二伍待ちの典型的な間四軒だ。オッサンは、筒子に嫌われている)」と、⑧を自摸切った。
「ロン! 満貫だ」吉兆太が喰いついた。
「何!? 筒子待ちがあるのか?」振り込むとゴネる疋田の悪癖を見て、雀悟が説明した。
「よく見ろ。筒子は、全て手出しだ。この掟で、自摸和了には意味がない。放銃させるための、必死の大工事だ」疋田は、力無く項垂(うなだれ)れた。
「(あの頃と、変わってないか・・・)」
「振り込み御免! おいらじゃ、まだ役不足だ」
「そうでもないさ、頑張ったよ。俺でも行くね」雀悟は、疋田を労った。
「ありがとう。あとは任せるよ」疋田は、ようやく席を立った。
「あぁ・・・」
蓬莱が、銅鑼を叩いた。
「ごわごわわ~~ん! ごわん、ごわわん、ごわわ~~ん!」
疋田は、蓬莱がこの上なく機嫌がいいのが腹立たしかった。
【第五局】
東:道満
南:疋田→一馬
西:丸亀
北:雀悟
「蓬莱殿に、確認いたす」一馬は、場の空気を変えるためにワザと明るい声で質問した。
「なんだね。カズマくん」
「誰かが放銃して、卓割れになれば、それで終わりですかな?」
「決着の様子を見て決める。早く始めてくれ」
この返答で、一同は蓬莱の思惑を理解した。
「(勝負がついてからも、戦わせる気か? 何かしらの条件を付けて、彼らの提案を飲ませる気だ)」卓は、嫌悪感に包まれた。
特に守りの固い、道満、丸亀相手に、雀悟、一馬も守りを固くして対峙した。一流どころの勝負は、向聴数を下げて罰を受けても、振り込みは期待できなかった。十二局過ぎた頃、道満九本、丸亀十二本、雀悟三本、一馬六本の槍を体で受けていた。
痺れを切らした蓬莱は、
「え~い! いつまで、グダグダと続けておるのだ! これより、掟を『撃破戦』から、『脱落戦』に変える。流局時のノー聴牌、錯和(チョンボ)も満貫以上の自摸和了親被りも「傷」一つとし、親カブリは二つとする。「傷」三つで自動脱落とする。倍満以上の自摸和了は、傷二つ、親は傷三つとする。異存はないな。質問は許さん! 俺と伝宝は、今晩会議がある。速やかに勝負を決せよ!」
「(宴会をする気か? こいつらを誰が接待するんだ?)」一同は、疑問を持たざるを得なかった。
【第十三局】『脱落戦』 ドラ:發
東:道満
南:一馬
西:丸亀
北:雀悟
「(好機!)」 「(好機!)」一馬も、雀悟もほくそ笑んだ。二人とも親カブリで、道満に「傷」を二つ負わせるのが目的だった。
〔七巡目〕
雀悟:三四234②②③③④④⑤⑥ 二 → ⑥
二三四234②②③③④④⑤ 〔聴牌:②⑤待ち 断么九(たんやお)・三色同順・一盃口・平和〕
一馬:三四伍伍345567③④⑤ ⑤ → 伍
三四伍345567③④⑤⑤ 〔聴牌:②⑤待ち 断么九(たんやお)・三色同順・平和〕
「ぐっ!」道満に悪寒が走った。雀悟の⑥切りと、一馬の伍切りに寒気がした。お互いから出ても和了しない。自摸和了で満貫以上が確定している自信を感じた。
十二巡目にこの薄い②を、雀悟が自摸和了した。
「自摸和了、御免!」
道満と丸亀は、甚大な被害を受けたが、雀悟と一馬は安堵した。
「(あと、一つ)」 「(あと、一つ)」
【第十四局】『脱落戦』ドラ:南
東:一馬「傷」
南:丸亀「傷」
西:雀悟
北:道満「傷」「傷」
四人とも勝負手が入らず、向聴数を下げないノー聴牌は、丸亀だけだった。
「ノー聴、御免!」
「『脱落戦』ルールは、キツイのぉ・・・」道満が、不満を垂れた。
【第十五局】『脱落戦』ドラ:二
東:丸亀「傷」「傷」
南:雀悟
西:道満「傷」「傷」
北:一馬「傷」
〔十巡目〕
一馬:一一二二三三456777⑨ ⑧ → 7
一一二二三三45677⑧⑨ 〔聴牌:⑦待ち 三色一気通貫・一盃口・ドラ2〕
自摸和了すれば、道満と丸亀は脱落だった。しかし一馬に振り込んだのは、丸亀だった。
「ロン、満貫御免!」
歪む丸亀と道満を尻目に
「形の上では、勝たせてもらいます」と小さく付け加えた。
「・・・」 「・・・」 道満も、丸亀も返事をしなかった。
蓬莱が、銅鑼を叩いた。
「終~了~~~っ!」
「ごわごわわ~~ん! ごわん、ごわわん、ごわわ~~ん!」
「道満家の今後の処分を検討する。参考人として柳田と雀悟の二名に同行を命ずる。残りの貴様らは、指示のあるまでそこで待機せよ!」櫓に集まって、そこここで休憩している青龍派と玄武流派の面々を尻目に、雀武帝親衛隊の使いがやって来て、
「指示のあるまで、手を触れないようにお願いします」櫓のそばに巨大賽子を置いて行ってしまった。
暫くすると、氷月が異変を感じた。
「何か、臭わない?」
一馬が異変に気付いた。
「火薬の臭いだ! みんな櫓から離れろ!」それぞれに一目散に逃げた。
『どっか~~~~ン』櫓を粉々に破壊するほどの爆発だった。
一馬は、指示を出した。
「全員、怪我はないか? これは、向こうからの宣戦布告だ! 全員戦闘態勢に入れ!」
「御意!」
「(龍の穴編)第八話:救出戦 in 旅籠」に続く
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