第10話 (長篠の戦編)第十話: 望まぬ勝利:第一部(完)
【代表戦】 『長篠の戦い』特別ルール
・剛掌霧笛と柳谷角丸の一対一対決
・調停役(天翔一馬と不破雷獣)は、満貫以上の手が入らない場合に限り降りて良い
・調停役は、決着を速やかにつけるため、満貫以上の手が入ったら向聴数を下げてはならない
・対決者は、自摸和了でも、放銃和了でも、合計翻数のみが加算され累計翻数が『勝ち星』となる。
・一度勝ち取った勝ち星は、放銃でも減ることはない
・対局終了時に『勝ち星』の多い方が勝ち
・親の和了は、翻数が1.5倍になる(切り上げ)。
【1局目】東1局 ドラ:南
東:剛掌霧笛(織田家)
南:不破雷獣(雀武帝親衛隊)
西:柳谷角丸(武田家)
北:天翔一馬(伊達藩)
対局前のひと悶着を忘れさせる和了だった。柳谷角丸の和了で戦いは始まった。
「自摸! 風林火山!」和了が宣言されると、
剛掌霧笛は、大木さえもなぎ倒しそうな、すさまじい勢いの風が自分に叩きつけられるのを感じ、息が出来なくなるほど苦しかった。
「(ふっ、さすが武田随一の麻雀打ちだ。やりよるわ!)」
不破雷獣は、静寂の中で『無』を感じた。周囲には誰もいない。自分の意志も相手の意志も感じられない虚無感の中にいた。
「(俺に何を見せてんだよ! 信じねぇよ! 虚無なんか!)」
一馬は、燃え滾(もえたぎ)る火の中で、焼き尽くされる思いだった。皮が焼きただれ、骨の髄までも焼き尽くされた中に灰になった自分だけが取り残されていた。
「(まるで地獄の業火だ! しかし、妄想で人は倒せない!)」
そして、勝ち星は、柳谷の手の中に集まり、そのまま微動だにしなかった。
「(コイツら、これで少しは大人しくなるだろう・・・ニヤリ)」
「・・・」四者四様の沈黙の中にいた。戦いは始まったのだ。
22666西西 矻(ポン)333 矻(ポン)中中中 自摸:西
【風林火山】
〔混一色(2)、対々和(2)、風林火山(2)、自風牌(1)、役牌(1)〕
対々和の構成で、3と中の刻子が入っていることが条件。雀頭を含め、残りは、2468で構成されていれば良い。風(自風牌)、林(2468)、火(中)、山(3)を全て満たしていることが条件。和了したものは、対局者に、三者三様の地獄を見せる。放銃者には、全ての地獄を見せる。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
【2局目】東2局 ドラ:⑧
親:不破雷獣 南:柳谷角丸【8】 西:天翔一馬 北:剛掌霧笛
霧笛が動いた。
「お返しだ! 国土統一!」霧笛の周囲が堅固な要塞で囲まれた。一切の攻撃を寄せ付けない圧倒的な防御壁だった。民はひれ伏し、施政者に永久の忠誠を誓った。霧笛は、限りない賞賛の中に佇み、民の要求に応えていた。
「ふっふっふ! 俺こそ統治者に相応しい!」
「・・・」和了された者は、ただ黙るしかなかった。優位性(アドバンテージ)は、霧笛の方が上だった。
七七七⑦⑦⑦發 矻(ポン)北北北 矻(ポン)777 自摸:發
【国土統一】
〔三色同刻(2)、対々和(2)、国土統一(4)、自風牌(1)〕
①対々和の構成で、②三色同刻(萬子・筒子・索子の同じ数の刻子が入っている)であることと、③自風牌の刻子が入っており、④雀頭は三元牌であることが条件。三色の同数字を自分の風に従わせるという意味。構成要件が難しいので、どの数字でも4翻扱いとなる。和了したものは、対局者に圧倒的な力の差を見せつけることが出来る。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
【3局目】東3局 ドラ:4
親:柳谷角丸【8】 南:天翔一馬 西:剛掌霧笛【9】 北:不破雷獣
雷獣も負けてはいなかった。
「出したいときに出せるのが、得意技なんだよ! 雷獣礼讃(らいじゅうらいさん)!」獅子やサイや恐竜が襲い掛かって来た。対局者それぞれの喉元(のどもと)に喰らいつき、体中の骨がきしみ、バラバラにされる勢いだった。
111999發發發白 矻(ポン)222 自摸:白
【雷獣礼讃】
〔混一色(2)、対々和(2)、三暗刻(2)、雷獣礼讃(2)、役牌(1)〕
対々和の構成で、111999發發發、一一一九九九中中中、①①①⑨⑨⑨自風牌、の三種類のいずれかの構成であることが条件。雀頭を含め、残りは何でもよい。自分の得意技なので、雀武帝に十二の役に無理に組み込ませた役。対局者は、獰猛な獣に無抵抗に襲われる悪夢を見せられる。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
「麻雀が弱いやつは、獣の餌になって役立ちな!」一馬は雷獣を睨みつけたが、黙ったままだった。
【4局目】東4局 ドラ:1
親:天翔一馬 南:剛掌霧笛【9】 西:不破雷獣【9】 北:柳谷角丸【8】
一馬は追い込まれていた。この戦いに積極的に参加したくなかったが、配牌が傍観者にさせてはくれなかった。
配牌: 七112345689⑨東西北 打:西
「(参加したくはないが、満貫以上の手が入ってしまった・・・。)」一馬の自摸は、「②東六北西南」の予定だった。不覚にも先読みをしてしまった。
「(雷獣の自摸は、7東11・・・。本日の戦いでなければ来てほしかった・・・)」と、安心しきっていると仕掛けられた。
雷獣が動いた。
「(そうかい。そんなに参加したくないかい。ならば参加させてやる! これで、コイツの『傷(じゃくてん)』が分かるはずだ)矻(ポン)」
「! (しまった! 雷獣に鳴かれるのが最悪の展開だ! うっかりしていた!)」一馬は、抗うことが出来ずに好牌を引き込み続けた。
「(さぁ、どうする? 何か反応してみろ!)」雷獣は、じっと一馬の様子を観察した。
七112345689⑨東北 7 → 北
七1123456789⑨東 東 → 七
1123456789⑨東東 1 → ⑨
11123456789東東 自摸:1
「失礼しました、 自摸でござる」不覚にも不満そうな表情をしてしまった。
〔面前一気通貫(2)、面前混一色(3)、面前自摸(1)、ドラ4、親×1.5〕
雷獣がニヤケていた。
「(『傷(きず)』だ! 明らかに、迷惑そうに自模っていた。参加したくないのだ。やはり、コイツには全部見えている! コイツも千里眼の使い手だ! 残念ながら、萬子・筒子・索子・字牌の区別しか出来ない俺よりも各上だ! 危険な男だ。潰させて貰うぜ!)」雷獣は確信した。
「(今の表情は明らかに『傷』だな。和了したのに明らかに迷惑そうな感じだった。雷獣の矻(ポン)に何か意味がある筈だ)」霧笛は訝った。そして心無い野次が始まった。
「何を考えておる。」
「あんな高い手を!」
「カズマ、やるじゃん!」
「立場が分かっているのか?」どのように打っても、批判されることは分かっていた。その為、気配を消して打っていたが雷獣に気付かれてしまった。
【5局目】東4局(一本場) ドラ:⑧
親:天翔一馬【15】 南:剛掌霧笛【9】 西:不破雷獣【9】 北:柳谷角丸【8】
霧笛の重厚な手がさく裂した。
「これは、織田家と武田家の戦いだ。悪いな。跳満!」
二二三三四四234②③④④ 自摸:④
〔面前自摸(1)、平和(1)、断幺九(たんやお)(1)、一盃口(1)、三色同順(2)〕
【6局目】南1局 ドラ:四
親:剛掌霧笛【15】 南:不破雷獣【9】 西:柳谷角丸【8】 北:天翔一馬【15】
霧笛は面白くなかった。自分の予想通りに事が運ばなかったからだ。
「(柳谷に手が入ってしまった。俺は動けないクズ手牌だ。ここは奴(カズマ)に行かせた方が良い。悪いな、これが手が入らない奴の戦い方だ。①理想的な高めを和了(あがり)に向かう打ち方、②安い手を和了(あが)らせる打ち方、そして麻雀にはもう一つ打ち方がある。③柳谷(てき)に仕事をさせない打ち方だ! このルールは、奴(カズマ)の和了には、何の意味もない。自分に有利な状態なのだから、柳谷の機会(チャンス)を潰すだけ! 利用させて貰うぜ!)」一馬を苦しめたのは、雷獣だけではなかった。
柳谷: 1234445667899
一馬: 二三四四伍六456④⑤⑦⑧
柳谷: 1234445667899 ⑥ → ⑥
「吃(チー)」一馬が逃げに走ろうとすると、
「矻(ポン)だ。(流局時の満貫聴牌だけでは逃がさん! お前の必要牌を送り込んだぞ! 前へ出ろ! 跳満を和了ってみろ! 出ざるを得ない筈だ!)」霧笛に邪魔矻(ポン)を入れられた。
「!(まただ! 最悪の展開だ! 大人しく流局して満貫聴牌だけで終わるのが理想的な流れだった! 和了ってしまっても、ただの満貫で済む。場への影響は少ない筈だ。俺が掻きまわし役にならなくて良い)」しかし無情にも、牌の流れが変わり、一馬は好牌を引き寄せた。
一馬: 二三四四伍六456④⑤⑦⑧ ⑦ → ⑧
一馬: 二三四四伍六456④⑤⑦⑦ 自摸:⑥
「失礼しました、 自摸でござる。」一馬は、初めて公衆の面前で赤面した。人生で初の経験であり、耐え難い屈辱だった。
「(抗えない力で、弄ばれている! 雷獣にも? 霧笛にも? これは偶然か? 俺の手が読めるとでも?)」
〔面前自摸(1)、面前三色同順(3)、平和(1)、断幺九(たんやお)(1)、ドラ2〕
霧笛もニヤケ始めた。
「(やはり、コイツも牌が見えている! 我らと同じ千里眼の使い手だ! それで先ほどから、雷獣に弄ばれていたのか。読まれたのだな・・・。問題は一馬(コイツ)が、どれだけ見えているかだ。どの牌が、誰の必要牌かを見極められるなら俺と同じレベル。理想的な自摸を避けて安く和了しようとした。ド高めの和了を嫌った反応だった。だとしたらコイツは全部見える! 残念ながら千里眼では俺よりも各上だ! 危険な男だ! この機会に念入りに潰さねばらん!)」霧笛は確信した。招待客が、ざわつき始めた。野次の内容が酷くなっていった。
「アイツは、一体、何を考えておる」
「あんなど高い手を!」
「カズマ、強いね!」
「東北のド田舎者め!」
「武田の起死回生の手を潰しおった!」漏れるため息、湧き上がる小さな歓声、罵詈雑言、労いの小さな誉め言葉・・・。一馬は、ただただ早く終わって欲しかった・・・。
「(雷獣にも、霧笛にも、バレている? あいつらも千里眼が使えるのか? 俺は、二人に弄ばれている・・・)」千里眼を使えない相手に対して圧倒的な優位に立つ自分がいた。だがそれは、今までの話だった。自分と同等の力を持つ者が、今、目の前に二人もいる! それに対する圧倒的な無力感、恐怖感、そして絶望感だった。
「(自分が倒して来た連中は、こんな心境だったのか!)」再び、野次が飛んできた。
「東北のおにぃさん、何しに来たの~?」
「田舎者だから、気遣いが出来ないのね~」
「これは、あなたの戦いですか~?」
「目立ちたいのねぇ~。どうしても、目立ちたいのねぇ~。」
「あ~、ヤダヤダ。」蓬莱と伝宝が物陰から、率先して野次っていた。
「東北の担当は、伊達藩に厳しいの~」堪りかねて、八刀斎が野次を返した。すると、蓬莱と伝宝は姿を消した。
【7局目】南2局 ドラ:②
親:不破雷獣【9】 南:柳谷角丸【8】 西:天翔一馬【23】 北:剛掌霧笛【15】
雷獣の戦う姿勢は決まっていた。
「(こんな戦いは、どっちが勝ったっていいんだよ。俺には関係ねぇ。次に一馬(コイツ)と闘うときのために、今のうちに能力を丸裸にしてやるよ! 抗えないだろう、皆の前では!)」
角丸は崖っぷちに追い込まれていた。
「(お家の一大事だ! 責任問題だ! 起死回生の一手よ! 来い!)」
一馬はもがいていた。
「(苦しい! 辛い! コイツらは、かつてないほどの強敵だ! 戦えば戦うほど見透かされる! 誰か! 助けてくれ!!)」生れて始めて、その場から逃げ出したくなった。表情では平静を装っていたが、内心穏やかではなかった。
「! (…主義ではないが・・・。角丸に差し込む(放銃する)か?)」
雷獣は一馬が弱る様を弄んでいた。
「(ククク・・・末期だ! 誇り(プライド)を捨てて差し込めるのか? もう一押しで、コイツは潰れる!)」
霧笛も勝利が近づいていることを楽しんでいた。
「(牌が全て見えているからこその苦悩だ! 牌の流れに徹底的に逆らえば自滅する! それでも良い。 自然に打とうとすればするほど泥沼だ! それでも良い。 悩め! 苦しめ! 心的外傷(トラウマ)にしてやる! コイツとは、もっと重大な場面で戦う筈だ! 今のうちに芽を摘んでおく! 相手の手が見えていない柳谷は格下だ。放っておいてよい)」
それぞれの思惑を抱えながら、配牌を取った。
「一馬、何か苦しそう・・・」氷月は心中穏やかではなかった。
「頭領は、戦いに参加してもしなくても、責任論が浮上します。それでやりにくいのだと思われます。勝っても負けても生贄(スケープゴート)にされるようなものですから」碧竜が一馬の心中を察した。
「(早く終わらせて、あのお茶屋にまた行きたいな~。だって、この勝負、あたいたちに関係ないでしょ?)」と一馬の心に送信した。
「! (・・・ふっ)」途端に気持ちが軽くなり、別のことを考え始めた。そして思わず笑みがこぼれた。
「オイオイ、麻雀以外のことを考えるんじゃねぇよ!」雷獣が一馬に注意した。
「?」
「真剣に打てよ。お前は自分の立場が分かってんのか?」
「調停役で中立の立場だが、何か?」
「満貫以上の手が入ってんだろ? 向聴数を下げるんじゃねぇ。」
「お前に、俺の手が見えるのか?」
「! ・・・見えねえよ・・・」雷獣は視線を反らした。
「! (もしかして、コイツ・・・)」一馬は、先ほどの不破輝雷美とのやり取りを思い出してみた。
「(柔らかかったな~。次はどこを触ろうかな~?)」チラと雷獣を見やると、
「! ・・・。コ・ロ・シ・テ・殺・す(やる)!」雷獣は、怒髪天を衝いて怒りに震えていた。
「(やはり、コイツは人の心が読める・・・)」たとえ自分が千里眼を使えたとしても、人の心を読んだとしても、相手が正着打(セオリー)通りに打たないと、狙い撃ちは出来ないし、こちらの思い通りにはならない。一馬は完全に開き直った。
「(作戦変更だ。受けは狭く、志は低く。夢も希望も一発逆転も期待しない。理想的な自摸の期待を裏切り続ける下手糞な手筋。『ヘグリ祭り』の開催だ! 太鼓を叩け! 花火を上げよ! そして静かに気配をコロせ・・・)」一馬の顔に生気が戻り瞳が輝いた。
「! あれ? 一馬、復活した?」氷月は安堵した。
「吹っ切れたのでしょう。もう大丈夫です」碧竜も状況を理解した。
「(さぁ、あとはお前らの戦いだ。俺は、ただの傍観者だ)」そして一馬は、静かに気配を消していった。
「(ちぃ、潰し損ねた)」雷獣は、大きな獲物を逃がしてしまった。
「(この心理戦、ここまでだ。よくこの短時間で持ち直したな・・・。間違いない! 遠くない未来に、確実に一馬(コイツ)の時代が来る!)」霧笛は、都合よく使える手ゴマを失った。
そして、隙をついて柳谷が和了した。
「自摸、跳満です」
三三八八➁➁⑤⑤33448 自摸:8
〔面前自摸(1)、七対子(2)、断幺九(たんやお)(1)、ドラ(2)〕
【8局目】南3局(ラス前) ドラ:5
親:柳谷角丸【14】 南:天翔一馬【23】 西:剛掌霧笛【15】 北:不破雷獣【9】
霧笛の思惑は外れた。
「(柳谷(ヤツ)は、一翻差で親か・・・。行かなければならなくなったな・・・。一馬(アイツ)を手駒で使いたかったが・・・)」もはや、一馬も雷獣も戦いに参加する気は無かった。
「(お宅らで決めろよ)」と言わんばかりの覇気の無さだった。当然、千里眼である程度、牌の流れが見える霧笛が有利だった。
霧笛は状況を整理した。柳谷(ヤツ)に手が入っていないことを確認した。そして、
「っロン、平和、ドラ一つ!」柳谷からの出和了だった。
【9局目】南4局(オーラス) ドラ:2
親:天翔一馬【23】 南:剛掌霧笛【17】 西:不破雷獣【9】 北:柳谷角丸【14】
柳谷に待望の勝負手が入った。
配牌: 二三伍六七346③④⑧⑧東
8巡目、しかし霧笛の方が速かった。
「っロン、断幺九、ドラ一つ! 勝ち逃げ御免!」途端に場の緊張が切れた。安堵のため息、絶望の悲鳴、賞賛の声と、舌打ちが入り混じった。蓬莱と伝宝は、しつこく一馬を罵っていた。
かくして、『長篠の戦い』は終わった。
【最終結果】 織田家【+19】 武田家【+14】
織田家と武田家の勝ち星数の差で、五千人を雀武帝親衛隊の予備兵として、向こう三年間の間、武田家は提供しなければならなくなった。兵士たちの遠征費用と俸給、生活費に至るまで武田家が負担することになった。戦果の広報は織田家が担当したが、費用は武田家が負担させられた。自軍の奮闘ぶりと、敵軍の緩慢さが脚色されて日本全国に喧伝(けんでん)された。伊達藩と雀武帝親衛隊の参加は、ほぼ伝えられなかった。
そして一馬は、俸給として一週間分の路銀(ろぎん)(一馬一人分)を与えられたに過ぎなかった。加えて、自己主張の強い戦い方についても、蓬莱と伝宝から散々な説教を受けた。
係争地(けいそうち)は織田家のものとなり、戦前と何も変わらないような日々が続いた。最後に雀武帝に一目だけ拝謁できて、
「伊達藩の者よ。余は死者が出ずに安心しておる。大儀であった」と言われた。
「ありがたき、お言葉です」恭しく頭を下げた。
「・・・、一馬よ・・・、頼むぞ・・・」やっと捻り出した印象だった。
「何なりと」意味が分からなかったが、ただそう答えた。これを以って、戦争の一切が終わった。
『風魔の里』、『伊賀の里』、『甲賀の里』、そして『長篠の戦い』において、激しい戦いが続いていた。一馬は、戦えば戦うほど身を削る思いだった。対戦者に悉(ことごと)く手の内を晒(さら)さざるを得なかった。勝てば勝つほど窮屈になっていく自分がいた。
一馬「(もう少し、目立たないようにやり過ごせなかったか?)」とも思った。しかしどの戦いも、全力を出さなければ勝ちきれなかった筈だ。「同盟を組む」と言うよりは、単なる「協力関係」に過ぎない話だった。
「(そもそも、全力を尽くす意味があるのか?
それでは、手を抜いた戦い方をして信頼を得られるのか?
しかし、力の差を見せつけても、脅威を感じさせるだけではないのか?
ともすると、相手方は全員本気を出していたのだろうか? あの夢幻斎ですらも!)」疑問に思うことは多かった。しかし、考えは容易に纏まらず、満足できる結論には至らなかった。
「(仮に俺が『同盟関係の話』を持ちかけられたら、どうするか? 適当に受け流すかもしれない。相手に手の内をさんざん晒させた上で・・・。しかし、それをしてしまうと折角現れた好意的な協力者を失うかもしれない・・・。だとすれば、無下(むげ)には出来ない・・・)」答えが簡単には出ないことを悟ると、それらについて考えることを一切止めた。
その晩、夢幻斎は、神室征一郎と密会をしていた。長篠城の離れの茶室で、護衛に囲まれながら密談が始まった。征一郎が席を外すと、剛掌霧笛が入って来た。霧笛から夢幻斎に結構な金額の小判が送られていた。くみとはその衝撃的な光景を梟の姿で見ていた。
翌日、長篠城を後にした。天気が良い、風のない、過ごしやすい日だった。戦いの翌日はいつも晴天だった。いつもと変わりないように見えても、心が穏やかになっている分、何事も晴れやかに感じることが出来た。全力を尽くした者の特権だ。
「さて、帰りますか?」一馬は、果たすべき役割を全うした。
「うん、帰ろー」氷月は一馬が無事で安心した。
「お疲れさまでした」碧竜は、進むべき道がハッキリと決まった。
「雀武帝もケチねー。もう少し、お礼をくれると思ってたー」
「俺たちの行動は、隠密だからなー」
「死人が出なかっただけ、良かったかもしれません。我々は、充分に役に立ちました」
「感謝されるために、戦っている訳じゃないからな」
「そうね」帰路を急ぐ理由もなかった。三人で、景観地やお寺を巡りながらゆっくり凱旋した。
武蔵の国(東京都と埼玉)に差し掛かった時のことだった。
「猫って、何で可愛いの?」唐突に氷月に疑問がわいた。
「恐らく、小さいからでしょう」碧竜は困りながら、答えを捻り出した。
「だって、犬も可愛いよ。大きくても」
「それは、そのぉ~、え~っと」言葉に詰まっていた。
「一馬はどう思う?」
「そうだなぁ、少なくても攻撃してこないからじゃないかな?」
「え? どういうこと」
「攻撃してこないなら、相手の良いところを探す余裕が出来るだろ? こちらが好意的であれば、相手も悪意は持たないかもしれない」
「ほぉ~、さすが頭領さま」
「攻撃的な犬も、猫もいるよ」
「攻撃されても、自分が勝てると分かれば、怖くないからね。相手をカワイイものだと考えられる余裕も出来る」
「一馬は、いいこと言うね。だから碧ちゃんも、最近可愛いのね」
「え? 碧ちゃん? え? 私がですか~?」碧竜が照れた。
「最初の頃は、怖かった~。殺意がギラギラしてたもん」
「いえ、その~、失礼しました~」
「もぅ、いいよ。今は怖くないもん」
「・・・」ついこの間まで、命を狙われるほど憎まれていたが、今はどうでもいいことを一緒になって真剣に考えている。何という心の余裕だろうか。誰しもが得たいはずの幸福な時間だった。三人は、今回の出会いについて、戦闘について、思い出について、出来るだけ肯定的に捉えることにした。それは神室征一郎・蓬莱鳥丸・伝宝宗茂の存在すらも例外ではなかった。
「アイツら酷かったね」
「でも、その分、他の人のあたたかさが分かったからね」
「何事も、無駄ではないわけですか」
「必要悪・・・、とは考えたくないけどね」
「・・・」
そして、話は来たるべき遠征の話になった。
「落ち着いたら、西国に行こう」
「あたいも行く~」
「お供します」
「楽しみだね~」
仙台に着くまでは晴天の日が続いた。
不愉快になる出来事は何一つ起きなかった。
そして道中、三人の笑いが絶えることはなかった。
〔第十話: 望まぬ勝利(第一部:完)〕
(第二部:龍の穴編)第一話:満貫組手」に続く
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