ロマン主義

けーぷ

第1話 プロローグ

いつからだろうか。

仕事がつまらなくなったのは。


いつからだろうか。

日々が色褪せたのは。


いつからだろうか。

人生が輝きを失ったのは。


惰性で生きる日々。繰り返される日常。ただ生きるためだけの仕事。そこには昔夢見た理想も、憧れも、浪漫も何もない。


……これが走馬灯。死ぬ間際には、せめてもう少し楽しい思い出に浸らせてくれてもいいものを。朦朧とした意識の中、高原淳吾は悪態をつく。


彼の眼前にはS級モンスター、秩序竜オルドス。


東京都奥多摩地方のS級ダンジョン、蒼鉄の迷宮アーキライン・ダンジョンの主人にして、未討伐個体。


改めて思う。自分はなぜこんな化け物と戦ったのか。


……いや、戦いと呼べるような上等ものではなかった。圧倒的な戦力差に為す術もなく、ひたすらに逃げ回り時間を稼ぐだけ。


体は満身創痍で、感覚すらもはや曖昧。魔力もすでに枯渇している。武器も防具も、もはや役に立ちそうにない。そもそもが勝ち目のない戦いだった。だがそれでも。


気まぐれなダンジョンの主人に襲われていた若者たちを、逃すことはできたらしい。であれば最期くらいはどうやら人の役に立てたということか。


「……っ⁉︎」


再び放たれる攻撃。残された僅かな力を振り絞り、なんとかその攻撃を躱す。不恰好でいい。とにかく時間を稼ぐ。彼女たちが逃げるまでの時間を。


ふらふらと立ち上がった高原を見て、秩序竜オルドスはまるで小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。どうやらこちらの考えていることはお見通しらしい。その上で、仕方がないからしばらく付き合ってやると言わんばかりの雰囲気。


モンスターにまで気を遣われる始末。全く、自分の人生には救いがない。本当にいつからこんなことになってしまったのだろうか?


社会人になってから気づけば10年以上が過ぎていた。


学生時代、すでに探索者としてB級ライセンスを取得していた高原の未来は、光り輝いて見えていた。A級への早期昇格も、さらにその先の人類の頂たるS級にすら届きそうな、非常に有望な若手探索者。それが10年以上昔の高原だ。


だが。現実は非情である。


輝くような希望を持ってダンジョン庁に入庁した彼を待っていたのは大人の世界。日々の仕事に追われる中、いつしか彼の才能は頭打ちになり、気づけば平凡な一人の大人になっていた。それが今の高原淳吾という人間だ。


30代の前半となり、同期の中でも徐々に出世レースで差が開き始める中。都心の本庁から異動となり、奥多摩事業所の配属になったのが1年ほど前。その時に悟った。自分はもはや出世コースに乗っていないのだと。


それからはB級ライセンス持ちのダンジョン庁職員として、奥多摩のダンジョンを管理する日々。


そんな日々が続く中。本当にたまたまS級ダンジョン、蒼鉄の迷宮アーキライン・ダンジョンで哨戒任務についていた時に、高原は異変を察知した。


ダンジョン上層をいつものように散策していた際、中層部からあり得ない規模の魔力反応と振動を検知。現場に急行した彼が見たのは、S級ダンジョンの主人である秩序竜オルドス。そしてその化け物に襲われている探索者パーティー。


手元の端末で照会をかけると、どうやら新進気鋭のB級パーティーらしい。S級ダンジョンの中層に挑むには妥当な戦力。おそらくは腕試しに来たのだろう彼女らは、本当に運が悪いことに、ダンジョンの気まぐれの犠牲になろうとしていた。


すでに満身創痍となっていたそのパーティーが、崩壊するのは時間の問題。一瞬の躊躇の後、高原は彼女らを逃すために戦うことを決めた。


それから数分後。無事に若手パーティーが戦場から離脱したことを確認した高原は、もはや打つ手なしの状態に追い込まれ、ただ死を待つばかりの状況に。


ダンジョン庁から支給されている全ての装備は、すでに弾切れ。自分で念の為に用意していた各種装備も使い切った。救援信号は出してはいるが、まず間違いなく間に合わないだろう。


というよりも、おそらくはダンジョン入り口の封鎖が優先される。こんな化け物が深層から中層まで上がってきているのだ。この場所にまで戦力が派遣されることはまずないと考えて良い。


要するにだ。自分はすでに詰んでいる。


その事実を再認識した高原は、一つため息をつくと乾いた笑い声を上げた。そんな彼の様子を見た秩序竜オルドスは攻撃をやめると、興味深そうに高原を観察する。まるでこのような極限状況に追い込まれた人間が、どのような振る舞いをするのかを確認するかのように。


そんなモンスターの小賢しい様子を見つつ、高原は思う。どうせ死ぬなら、最期くらいは悔いがないように生きたい。


絶体絶命のピンチ。

風前の灯の命。

忍び寄る終焉の影。


こんな時。彼が昔憧れたであれば、どうする?

いや、むしろ。こんな絶望的な状況こそが力を引き出すのでは?


場所はダンジョン。

目の前にはドラゴン。

そして若者たちを庇って追い込まれた窮地。


まさに最高の状況と言っても過言ではない。どうせ死ぬんだ。なら最期くらい、好きなようにやらせてもらおう。


ダンジョン庁職員、奥多摩事業所所属、B級探索者。高原淳吾が最期に頼ったのは、


それと当時。高原の体内から圧倒的な魔力が放出された。


高原自身すら気づいていなかった彼の力。彼が大人になるにつれて、かつての輝きを失っていった理由。若かりし時の彼が無意識にできていて、今の彼ができていなかったこと。


それこそが、自分を信じること。


単純。だがそれ故に難しい信念の力。誰もが子供の時は持っていて、大人になるにつれて失うもの。


それこそがロマン。


高原淳吾は死の間際。その壁を、超えた。


「固有魔法発動。己が信じた道を征くロマン主義


右手に収束する圧倒的な魔力の輝き。

満身創痍の彼は、最期に自分を信じることにした彼は、ただ全力で、右の拳を振り抜いた。

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ロマン主義 けーぷ @pandapandapanda

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