第4話 王立魔術学院
いよいよ入学の時が来た。
俺はどう考えても多すぎる荷物を抱えながら馬車を降りた。
王立魔術学院は全寮制なので、心配したママさんが必要以上の荷物を持たせてくれたのだ。家を出るときにもひと悶着あり、パパさん、ママさん、ニールそれぞれが十分以上費やして別れの挨拶をしたため、入学早々やや時間に遅れることになった。異世界が現代日本ほど時間に厳しくなくて本当に良かった。
門の前に立ち、やっと来ることのできた王立魔術学院を見上げる。たった半年ほどだが、気が遠くなるほど長かった。天辺まで見ようとすると首が痛くなるほど巨大な門を、大荷物を抱えてくぐる。瞬間、ぐわん、と空間がゆがむ。次に瞬きした時には、全く違う景色が目の前に広がっていた。
庭園だ。春にふさわしく色とりどりの花が咲き乱れている。中央には池と大きな柳の木があり、もっと向こうには滝も見える。流石異世界だ。スケールが大きい。俺と同じように荷物を抱えた新入生たちが、小規模なグループをいくつも作りながら歓談している。なお、王立魔術学院は伝統ある男子校なので見渡す限り男しかいない。
思ったよりも多い新入生の数に、この中からアスターを見つけ出さなければいけないのか、と一瞬怯むが、杞憂だった。アスターはあっという間に見つかった。半端ではなく目立っている。
どう見ても良家の息子ばかり集まったこの空間で、彼は一人だけ負のオーラを纏って立っていた。目元を完全に覆うほど長くぼさぼさの黒い髪、丈のあっていないボロボロのローブ、破れて足の指が見える靴。持っている鞄は小さく、もはや中身が入っているか疑わしいほど軽そうだ。
明らかに一人だけ異様な雰囲気を醸し出しているアスターを、誰もが遠巻きにしていた。
まずい。入学早々闇落ちしそうなシチュエーションすぎる。
そもそもアスターを魔王への道に追いやったのは彼の深い孤独なのだ。このまま放っていくわけには行かない。
というか、シンプルにかわいそうだ。たった十六の子供が、周りはみんな見るからに新品で質の良い衣服に身を包んでいる中、ひとりみすぼらしい格好をしてひとりぼっちで立っているのは、令和育ちの大学生にはとてもじゃないが見てられなかった。
闇落ち魔王化うんぬんの前に、人として見過ごせない。俺は少し考えてから、鞄を持ったままキョロキョロしつつアスターへ近づいた。
名付けて、よそ見していたらぶつかっちゃいました作戦だ。ラッキーなことに、アスターは池の近くに立っていた。人が比較的少なかったからだろう。俺は一旦、あくまでも一旦、アスターに嫌われる覚悟を決め、足に力を入れて思い切り彼へ体当たりした。
俺の肩とアスターの胸が強かにぶつかり、ぐらついたアスターが派手な音を立てて池へと落ちる。
庭園中の視線が俺たちに集まった。
「ごめん! 大丈夫か? わざとじゃないんだ、よそ見をしてて、怪我はないか? わっ、びしょびしょになっちゃったな。お詫びに着替えを貸すよ。あっちに行こう!」
呆然とするアスターを池から引き上げながら早口でまくしたて、彼を建物の中へと押し込む。適当な部屋を見つけ、持ってきた鞄から新品のローブと服一式、靴を取り出す。状況を把握できず戸惑っているアスターに無理やり持たせて「じゃあ俺は着替えるまで外で待ってる! あ、その服は池に落としちゃったお詫びに受け取ってくれ。同じの十着くらい持ってるから」と言って外へ出た。
深く息を吐きつつ、手の甲で額の汗を拭う。
とりあえず、アスターの自尊心を傷つけることなく着替えさせることには成功した。したよな? 多少、俺が頭のおかしいやつに見えたかもしれないが許容範囲だ。
服がボロいなんてくだらない理由で孤立して魔王への道一直線なんてことにならないなら、全く問題ない。
それにしても、初めて生で見るアスターは一言で言うと陰気だった。とにかく暗い。うつむいているし、猫背だからかもしれない。横に並んだ時にそれほど身長の差を感じなかったから、背筋をしっかり伸ばしたら俺よりも大分背が高いはずなのに、もったいない。
そんなことを考えていると、後ろの扉が開いた。着替えの終わったアスターが中からゆっくりと出てくる。
相変わらず重たい前髪で顔は見えない。しかも猫背だ。着替え終わって服はマシになったはずなのに、おどろおどろしい雰囲気が立ち込めている。
「さっきは本当にごめん。俺はライル。ライル・アシュフォードだ。君は?」
「……アスター」
孤児院出身だから、ファミリーネームはない。資料に書いてあった情報を思い出す。俺はにっこり笑ってアスターに手を差し出した。
「一年生同士、よろしく。良かったら仲良くしてくれ」
アスターは俺の手をじっと見ていたが、ふいっと視線を逸らすと手を握り返すことなく外へ行ってしまった。硝子窓から庭園の方へ歩いて行く背中が見える。
宙ぶらりんになった手を握りしめ、俺はさっそく自分の行動を後悔し始めていた。
意気消沈しながら鞄を持ち庭園に出ると、ちょうど新入生たちが入学式の案内を受けているところだった。これから講堂に移動して式が始まるらしい。俺はさりげなくアスターに近づき、彼の隣で式に出ようとした。が、席順は既に決まっており出席番号順だったため、あっという間に引き離されてしまった。
前途多難だ。池に突き落としちゃったし。握手無視されたし。涙目になりながら前方に座るアスターの背中を見る。心なしか、両隣の生徒が体を外へ反らしている気がするが、気のせいだろうか。
学長挨拶、在学生代表の挨拶が終わると、次は新入生代表の挨拶だった。フィン・クラウディウスと呼ばれた生徒が壇上へと登っていく。クラウディウスということは、王族だ。頭の中で必死に覚えた資料をまくる。かなりあやふやだが、確かこの国の王子だったような気がする。まずい。時間が経って、資料の記憶がだいぶ薄れてきている。
壇上に上がった王子は、堂々とした態度だった。会場をゆっくりと見回して、にっこりと微笑む。新入生たちがほうっと見とれた。俺も見とれた。金髪碧眼のフィン・クラウディウスは、まさしく王子様という風貌だった。星とか、舞浜にいそうだ。
堂々とした話し方もいい。声が爽やかで、笑顔もキラキラしている。まるでアイドルだった。周りを明るくする太陽のような輝きは、どことなく律樹を思わせる。俺の手にペンライトがあれば、振りまくっていたかもしれない。
挨拶を終え、退場してからも王子は会場の視線を一身に集めていた。生徒たちが呆けている間に、講堂の真ん中に大きな装置が運び込まれる。
水瓶の上に金属で水晶を宙に固定した、いかにも魔法っぽい機械。魔力測定器である。新入生はまずこの機械で魔力の大きさを図ることになっている。
出席番号順にならばされ、先頭から順々に測定が始まる。並んでいると、なぜかアスターが列から外れて最後尾に回されるのが見えた。教師に誘導されるまま、自分の靴の先しか見えなさそうなほど俯いて歩いている。
俺の結果はというと、特に面白みもなく、平々凡々やや下目だった。ないよりはマシという感じだ。ラノベの定番では、こういうステータスは上振れているのが普通では? と思わなくもないが、贅沢は言ってられない。管理者だって中間管理職なのだし、出来ることにも限界があるんだろう。
測定の終わった生徒は席に戻り、周囲と歓談しながら全体が終わるのを待つ。俺もたまたま近くに座った新入生とさっき見た王子の式辞で大盛り上がりした。俺が真剣に王子のビジュについて語っている時だった。ぱりん、と何かが砕ける音がした。
次の瞬間、大きな音と水飛沫をたてて測定器が壊れる。驚いて視線を講堂の中央に向けると、そこに立っていたのはアスターだった。思わず立ち上がって額に手を当てる。
「おい、測定器が壊れたぞ」
「誰だ? 機械が壊れたってことは魔力が大きすぎるってことだろ?」
「さっき庭園で池に落ちたやつじゃないか? あの小汚い……」
ざわつく新入生。教師たちが杖を振ると、あっという間に壊れた測定器は撤去された。アスターがひとり歩いて席に戻ってくる。問題はないから落ち着くようにと指示が出されたが、全員の視線が矢のようにアスターに向かっていた。
入学早々、嘘みたいに目立ったアスターは寮に案内され部屋割りを決める段になってまたしても遠巻きにされていた。口には出さないが、誰もが貧乏くじをひくのを嫌がっている。全員の視線がアスターに向いているのに、彼を同室に誘う人は一人もいない。
俺が多すぎる荷物を四苦八苦しながら全て談話室まで持ち込んでいる間も、生徒たちは小声でアスターの噂話ばかりしていた。
「聞いたか? 街で起きた魔力の暴走事故、あいつだって」
「協会が壊れた事故か? 測定器が壊れるほど大きな魔力を制御できてないなんて危険じゃないか」
ひそひそ噂されている本人のアスターは部屋の隅で鞄を持ったまま立ち尽くしている。非常に胸の痛む光景だが、俺にとってはむしろチャンスだった。アスターが魔王になるのを阻止するため彼に近づくには、寮の同室ほど都合のいい立場はない。荷物を抱えたままずかずかとアスターに歩み寄り、周囲の驚きや好奇の視線を気にせず彼の腕を掴む。
「まだ決まってないよな? 俺と組もう!」
アスターが返事をする前に、部屋割りを取り仕切っている上級生のところへ行き書類に名前を書き込む。まだ誰も部屋が決まっていないのをいいことに、一番大きくて日当たりのいい部屋を選んだ。
アスターからは控えめながらも腕を振り払おうという抵抗の意志を感じるが、無視した。
彼の背中を押すようにして部屋へと移動する。
アシュフォード邸と比べ物にならないのは当たり前ながら、寮の部屋もかなり豪華だった。部屋の両端、壁に沿うようにしてベッドが二台置かれており、洋服箪笥やクローゼットもそれぞれにある。部屋の中央には大きな窓があり、外にはテラスがあるようだった。
俺は窓を開けて換気をしながら「どっちのベッドがいい? こだわりがないなら俺が決めるな。いち、に、さん。じゃあアスターが左」とベッドを決め、彼の荷物を左のベッドの上に置いた。自分自身の荷物は重すぎるため入口に捨てている。あとから少しずつ片付けるつもりだ。
アスターはしばらく棒立ちのまま黙り込んでいたが、諦めたのかゆっくりと鞄から荷物を取り出し、箪笥へとしまい始めた。鞄の大きさと厚みから推測できる通り、あっという間に終わった。シャツとズボンが一枚ずつ。以上。俺は頭を抱えた。王立魔術学院に制服があって本当に良かった。もうアスターは一生制服だけ着ててくれ。俺の胸が張り裂けてしまう。
片づけが終わると、アスターは少し考えてからベッドに横になった。夕食まで空いた時間で体を休めることにしたらしい。俺は彼のベッドに近づき、天蓋に手を伸ばした。
「開いたまんまだと落ち着かないだろ? 閉めたほうがいい」
生徒のプライバシーを考慮したのか、カーテンが付属するタイプの天蓋だ。アスターが体を起こしてカーテンを閉める俺を見る。体勢が大きく変わったからか、前髪が横に流れて、初めて彼の顔がはっきり見えた。
思わず息が止まる。俺はカーテンから手を放し、アスターのベッドに勢いよく乗り上げ彼の顔を凝視した。驚いたアスターが後ろにのけぞり、眉を顰める。
眉を顰めた顔さえ、そっくりだった。
他でもないアスターボーイズのセンター、宮葉律樹と全く同じ顔が、そこにあった。
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