第11話 はなれんかーい

翌朝、何となく元気のないウマミイは淡々と出勤準備をしてバスに乗り、出社した。受付の女性に挨拶をしてタイムカードを押し、エレベーターに乗って降り廊下を2階の企画部へと向かっていると、背後から

「鈴中さん、もう会社に慣れた?」

部長が声をかけてきて、ウマミイは両目を輝かせて振り返る。


「部長様!慣れました!あれ……」

部長の背後にうっすらと人影がいるようなきがしてウマミイが背後を凝視していると、部長は苦笑いしながら

「ハラスメントだと受け取らないでほしいんだけど、鈴中さん、霊感とかある?」

ウマミイは真剣に悩みながら

「いやー……無いと思いますけど」

「私の後ろに何か見えてる?」

ウマミイが恐る恐るゆっくりと頷くと、部長は満足げに

「わかった。行きましょう」

足早に歩き出した。ウマミイもついていくが、部長の背後に確かに少女のような人影が張り付いているのをチラチラと見て、気にしていた。


部署内に入った部長は、デスクでパソコンに向かい書類を作っていた課長と、後ろの壁に沿って、なぜか逆立ちしているヤマダを見回し

「ちえみさんは?」

課長が書類を書きながら

「ボス、社長と一緒に工場の視察に向かってます。もう飛行機の中だと思います」

「スーツ着せた?」

「朝、出勤時に見なかった?」

敬語をやめ、手を止めて、こちらを見てきた課長に部長は

「あー……着てたかもしれない……ごめん、れいかが戻ってきたのは知ってるだろ?」

「朝食の時、それで話聞いてなかったのかあ……」

親しげに話し出した課長と部長にウマミイは次第に混乱した顔になっていき

「あっ、あの!お二人はご同居されているのですか!?あっ……」

つい失礼なことを訊いてしまう。


課長は一瞬固まった後に笑い出し

「隠しても仕方ないか。部長の持ってる大きなお屋敷に、私もタロウも、ちえみちゃんも住んでますよ」

ヤマダが逆立ちしたまま

「家賃安くて助かってるっす!」

ウマミイは衝撃を受けた表情になり

「えっ……」

そのまま俯いてしまった。課長が立ち上がり、ウマミイの近くまで来ると

「ボス、今日は仕事、昼までに切り上げて、うちに鈴中さん招待しようか」

「そうだな。視察に無事送り出したし、そうしようか」

部長はすぐに了承して自らのデスクへと向かう。ヤマダも逆立ち歩きでデスクへと向かい普通に座って仕事をし始めた。


自らのデスクに座ったウマミイはその後、ショックで廃人の様に口を半開きにして天井を眺めているだけだったが、皆それぞれの席に座り仕事に集中していたので咎める人はいなかった。

そして正午になった。


「よしっ、あとはポルメニアに出張中の主任に転送して」

課長がそう言いながらウマミイに

「あ、主任のトオマさんは……」

説明しようとするが、廃人状態のウマミイにようやく気付き、慌てて立ち上がり

「ボス!すぐに鈴中さんの耳元で好きだよって囁いて!」

「それ、セクハラにならないか?」

「いいから早く!」

部長は恐る恐る、天井を見上げているウマミイに近づくと右耳で

「好きだよ」

と囁いた。

「ほわあああああ!!ふわあああっ!ひゃひーん!」

奇声を上げてウマミイは立ち上がると、躊躇無く部長に抱きついた。その直後、ウマミイの頭に


「うちのショウジからはなれんかーい」


という関西なまりの少女の声が響き、ウマミイは慌てて部長の身体から飛び退く。

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