第8話 ウォンチュー

企画部へと2人が戻るとくれす課長は自らの

デスクから手招きして

「ちえみちゃん、社長は鈴中さんと話した?」

「はいー。おさむちゃんかなり興味を持ってるみたいですねー」

その言葉に驚いたウマミイを、課長は見ると軽く息を吐いて

「今、世界の宇宙開発会社はね。月に鉱物資源探査のため無人探査機を送り込み始めてるの」

「なんとなく存じてます!」

直立不動で答えたウマミイに課長は頷き

「次は有人飛行の段階なんだけど、月探査でトップを走る、うちの取引先のポルメニア王国が、パイロットに指名してきたのが……」

「かいりちゃーんそれ以上はいけませーん」

ちえみが微笑みながら口に人差し指を当てる。課長は頷いて

「あ、もちろんその指名されたパイロットが鈴中さんとかそういう話じゃないからね。とにかく、社長は優秀で良い人なので、失礼のないようにお願いします」

「は、はい!」

「では、今日はタロウと一緒に超初歩的な社会人マナーを確認しましょうか」

「よろしくお願いします!」

ウマミイは元気よく返事する。


嫌々自分のデスクから立ち上がり、課長のデスクの近くに来たヤマダが、ちえみの用意した椅子に座り、ウマミイとちえみもその横に座る。

「まずタロウ!この間、取引先関係者のお葬式で、受付のご遺族に、ご冥福をお祈りしますってやっちゃったでしょ!?」

「何でご遺族に謝りまくって、その後俺に怒ってたんすか?」

首を傾げるヤマダに課長は呆れた顔で

「ご冥福をお祈りするのは、亡くなられたご本人に対してだから、あんたがやったのは、生きているご遺族に対して、てめーら死んだら天国行けるといいな!?っていう超ヤバい煽り行為になるんだよ」

ヤマダは衝撃を受けた顔で

「に、日本語難しいっす……」

「はい鈴中さん、正しくは?」

いきなり振られたウマミイはどうにか

「ご遺族に対しては、お悔やみ申し上げます。が正しいです」

課長は頷いて、ヤマダを見つめ

「次!あんたこの間、猫又物産に送る封書の宛名の下に、ウォンチューって書いてたよね?私が気づいてよかったよ」

「あれも何で怒られたんすか?前の職場で先輩が何かそんな風にやるって言ってたんすけど……」

課長は黙ってウマミイを見る。

「え、えっと!漢字の御中の間違いだと思います!個人だと宛名の下に様、なんですけど!企業とか団体が宛名だと様の代わりに御中を使います!」

課長はニッコリ微笑んで頷き、また厳しい顔をヤマダに向け

「あんた鬼滑商事から来た書類に付いてた、返信用封筒の先方の宛名の下に”行”ってあったのを……」

「な、なんすか……」

「横線2本で消したまでは良かったけど……」

ヤマダはゴクリと固唾を飲む。ウマミイも緊張して聞いている。

「何でわざわざ”行きます”って書き直したの?」

「いや……行、って書いてたから丁寧に書き直すべきかなって……」

ウマミイが尋ねられる前に

「それ!向こうが自社向けの宛名に御中って入れるのは不遜だから、行、って書いてるんです!こちらが、行、に横線を2本入れて消して、その下や横に御中と書き直すのが正しいです!」

緊張しながら答えると、課長はようやく肩の力を抜き

「タロウ、もうわかったろ?地方のヤンキー上がりの私達と違って、ちゃんと学んできた東京の有名大卒の子だよ。大事にしないとダメだよ」

ヤマダは椅子に座り直し

「はいっす!ソシャゲのレア掘りはさせません!」

彼なりに誠実に答えたようだった。ウマミイの横ではちえみがいつの間にか座ったまま寝ていた。


その後、ウマミイは簡単な書類の作り方を課長から教えられ、定時で同僚達と退勤した。3人とも同じ方向に歩いて帰って行くのをウマミイは羨ましそう見つめ、バスに乗り込む。

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