待ち合わせは17 時、高架下で

伸孫嬢

待ち合わせは17 時、高架下で

○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

人通りが少ない閑静な雰囲気を醸し出す高架下。電車が通過する音が頻繁に響き渡る。

高架下の手摺りに腰を掛けている牧田マキ(1 6 )。

マキM「夢は声に出して言った方がいいらしい」

マキ、有線のイヤホンをして、音楽を聴いている。

マキM「夢を叶えた1 0 0 人にアンケートを取りました。彼らはどのような場面にて自分の夢を声に出したのでしょうか」

自転車に乗った、墨田吉規(1 9 )が高架下に入ってくる。

マキをチラッと見る墨田。

マキは吉規に気づく様子はなく、音楽を聴きながら、高架下の壁を一点凝視している。

高架下から出ていく墨田。

高架下の壁面は落書きが無く、まっさらな状態である。

マキN 「私はどちらかと言うと、察しはいい方だ」


○品川区立聖心高等学校・教室

T「11 月5 日」(火)」

約3 0 名の生徒がいる教室の教壇にて、先生が熱弁を振るっている。

先生「いいか、君たちはもう義務教育ではない。これからは自分の意見を持ち、自身で物事を決めていくべきなんだ。その予行練習がこれから行われる文理選択だ」

真面目に話を聞いている生徒もいれば、友人とこそこそ話しの談笑を行う生徒もいる。

マキの視線はまっすぐ先生を見ながら、手元ではペン指回しをしている。

先生「期限は来週の水曜日まで。しっかり親御さんとも相談して決めるんだぞ」

記入用紙が前の席から後ろに回される。

記入用紙を手に取ったマキは、受け取るとすぐに用紙を2 つ折りし、ファイルに仕舞う。


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

手摺りに腰をかけ、座っているマキ。

音楽を聴きながら、手元にある携帯の検索エンジンで調べ物をする。

携帯画面「文系理系稼げる」

表情を一切変えず、携帯を触り続けるマキ。

自転車に乗った墨田が高架下に入って来る。

吉規はマキが座っている反対側車線に自転車を停車させ、手摺りに自転車を寄りかける。

自転車の停車音に気が付き、背後に視線を向けるマキ。じっくりと墨田の様子を伺う。

墨田は自転車を停車させた後、高架下の壁面を手でなぞり始める。その後、壁面に対して、近寄ったり、離れたりする。

マキは変わらず、墨田の様子を伺っている。

墨田は突然、目の前の壁面から背後にある反対車線の壁面へと視線を向ける。

マキは突然こちらを向いた墨田に驚き、急いで視線を外す。

墨田がマキに向かって歩いてくる。

マキは携帯を触り始め、墨田の存在を無視するかの様な態度を取る。

吉規がマキに向かって歩いてくる。

マキは引き続き携帯を触り、墨田の存在を無視する。

墨田はマキの横を通り過ぎ、マキの目の前にある壁面を手でなぞり出す。

墨田はマキに一瞬視線を向けるが、マキは変わらず携帯を触っている。

墨田は再び壁面に対して、近づいたり、離れたりする。

墨田は小声で「よし」と発し、壁面から離れる。

墨田が離れていく様を、俯きながらも目で追いかけるマキ。

自転車のハンドルに掛かっているリュックを漁り始める墨田。

マキは墨田の言動に疑問を持ち、目の前にある壁面を不思議そうに数秒間、凝視する。その後、音を立てない様に足元にあるバッグを手に取り、高架下から急ぎ足で出ていく。

リュックを漁り終え、画材を手に持っている墨田は、遠く離れていくマキの姿を目で追う。


○都道414 号( 夕)

T「11 月6 日( 水) 」

天気は雨。

通行車両や舗装面に強い雨が降り注いでいる。


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

高架下の壁面に落書きをしている吉規がいる。いつもマキが座っている歩道側の壁面に落書きをしている。

傘を差したマキが、脚を引きずりながらも、駆け足で高架下に入ってくる。

高架下に入ったマキは少し安堵した表情をし、傘を閉じる。

墨田の存在に気づくマキ。表情が一瞬固まり、足も止まる。

数秒後、高架下から出ようと傘を一瞬差すが、外の激しい雨模様を見て、外に出ることに躊躇するマキ。

墨田に視線を向けるマキ。

墨田はマキの存在に気づく事なく、黙々と壁面に落書きをしている。

マキは墨田の様子を見て傘を閉じ、いつもと反対側の手摺りに座る。

1 7 時のチャイム『夕焼けこやけ』が流れる。


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

雨は変わらず激しく降っている。

墨田は引き続き壁面に落書きをしており、マキは手摺りに腰をかけ、音楽を

聴きながら黄昏てる。

墨田は一つため息を吐き、壁面から離れる。

× × × ×

マキは俯きながら、携帯を触っている。

手の甲でマキの肩を叩く墨田。

急な出来事に驚き、背後を振り向く、マキ。

マキが振り向くとそこには墨田がいる。

吉規「何しているの?学校は?」

画材の片付けをしながらマキに問いかける墨田。

イヤホンを外す、マキ。

質問が聞こえていなかったことを察した墨田は、汚れた手を拭きながら、

墨田「何をしているの?最近、いつもそこにいるよね?」

マキは少し考えながら、

マキ「… … えーとっ、何もしてないです。あと、いつもじゃないです」

墨田「本当?俺が知る限り、君5 回はもう何もしてないけど」

片付けをしながら平然と答える墨田。

マキは再び考えながら、

マキ「… … 部活で怪我して、来たくなって来ています」

マキに視線を向ける墨田。

マキの足元はローファーではなく、スニーカーを履いている。

墨田「なるほどね、それはご愁傷様」

墨田はリュックからレインコートを取り出し、画材を詰め込む。

少し間が開く。

マキは質問のネタを考えようとして、辺りを見渡す。

墨田はレインコートを着ながら、

墨田「君今何年生?てか、何歳?」

マキ「今1 5 です」

墨田「中学生?」

マキ「いや、高校生です」

墨田「あー高校生」

墨田は頷きながら、レインコートのボタンをはめる。

少し間が開く。

墨田「部活って何やっているの?」

マキ「陸上です。3 0 0 0 m 障害っていう地味なやつです」

墨田「(苦笑しながら)地味っていうなよ、自分のフィールドを」

マキ「いや、でも本当に冗談抜きで地味で… … 」

また、少し間が開く。

墨田「動画や写真撮らないの?」

マキ「え?」

自転車にまたがる墨田。一方、キョトンとした表情をするマキ。

墨田「ほら、今時の子は俺みたいにモラルに反した奴を見つけたら、すぐS N S にアップするじゃん。あーいうのやらないの?」

マキ「あー。… … 私はあんまりそういうのやらなくて。S N S は捨て垢で好きな歌手のこと調べるくらいで」

墨田「ふーん。… … やっぱ大丈夫か」

マキ「え?」

墨田は自転車を漕ぎ出しながら、

墨田「明日も来るの?」

首を傾げるマキ。

墨田「明日もここに来るの?て聞いている」

マキは首を縦に振り、狼狽えながら、

マキ「た、たぶん… … 」

墨田「おけー、明日もね」

マキは完全に理解し切っていない表情をしながらも、ゆっくりと首を縦に振る。

墨田は自転車を漕ぎながら、背後のマキに対して振り向く事なく、手を振る。

マキはその様子を目で追いかける。


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

T「11 月7 日( 木) 」

1 7 時のチャイム『夕焼けこやけ』が流れる。

高架下にはマキ一人しかいない。

マキは手摺りに腰をかけ、座っている。携帯は触っておらず、音楽も聞いてい

ない。

落ち着かない様子で待っているマキの元に、自転車に乗った墨田が遠くから向かって来る。


○高架下付近の道中

墨田は高架下にいるマキの存在に気づき、手を振る。


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

マキは右手を上げるが、手の振り方が分からなくなり、上げたまま固まる。

高架下に到着する墨田。

マキの右手は上がったままである。

マキの様子を見た吉規は口角を上げながら、

墨田「どうしたの?腱鞘炎になっちゃうよ」

墨田はマキの右手を優しく下げる。

墨田のリュックを漁る姿を、手摺りに腰を掛けながら眺めるマキ。


○千駄ヶ谷駅付近の高架下

T「11 月8 日( 金) 」

壁面の落書きの完成度合いは3 割程度。

マキは墨田の側まで近寄り、作業中の墨田に対して問いかける。

マキ「これっていいんですか?公共的に」

墨田「ん?… … ダメだよ」

マキ「ダメなの?」

墨田「… … ダメだよ」


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

T「11 月11 日( 月) 」

壁面の落書きの完成度合いは4 割程度。

墨田は手摺りに腰を掛けているマキに対してポッキーを差し出す。

墨田「ポッキー好き?」

マキ「はい、頂きます」

墨田「… … 好きかどうか聞いているんだけどね」


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

T「11 月1 2 日( 火) 」

壁面の落書きの完成度合いは6 割程度。

しゃがみながら作業をしている墨田と同じ様にマキも腰を下げ、

マキ「そんなもんで決めていいんですか?」

墨田「そんなもんだよ。あと言っとくけど、諦めの意味のそんなもんじゃなくてね」


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

T「11 月1 3 日( 水) 」

壁面の落書きの完成度合いは8 割程度。

マキと墨田は手摺りに腰を掛けながら、壁画を見ている。

墨田「別に正誤を見極めたいわけじゃないんだ。どちらかと言うと整合性を見定めたい」

マキの視線は壁画から墨田の眼に移る。

墨田「だからこそ、完成させないとね」


○千駄ヶ谷駅付近の高架下(夕)

T「11 月1 4 日( 木) 」

壁面の絵が消されている。そして、壁面が少し黒ずんでいる。

消えた壁画の前に呆然と立ち尽くすマキと墨田。

マキ「あと何割ほど… … ですか?」

墨田は少し考えながら、

墨田「… そっちはいつ治るの?」

マキ「… あと1 週間くらい」

墨田「そう… 。俺の方はどんくらいかかんのかね」

マキ「… … 私は、これ結構いい作品に見えますよ」

マキの目の前には少し黒ずんだ壁面。

墨田「… … 慰め?」

マキ「私なりの芸術の解釈です」

墨田がゆっくり、マキの顔を見る。

墨田「貴方にとっての芸術は?」

マキもゆっくり、墨田の顔を見つめる。

マキ「察しはいい方なので、欲しい言葉を言えますけど、どっちがいいですか?」

マキは口角を上げる。

墨田はマキの表情を確認した後、一度伏し目をする。その後、マキを見つめ、

墨田「… … じゃー最近覚えた本音ベースの方をお願いできる?」


(了)


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