落下飛翔

恐竜洗車

一話完結 落下飛翔


 

 

 太陽が橙に輝き、見渡す限りの景色を夕映えに染め上げている。無骨に建ち並ぶ家々も、青さを主張するまばらな木々も、今だけは空の色に溶け、一つの絵画のような狂いなき調和で世界に存在している。見ている自分も、まるで吸い込まれていくかのような感覚を覚えた。故に、これから起こる出来事も、きっとごく自然なものなのだろう。


 思えばずいぶん遠回りをしてきたものだ。それははじめから己の中にあった単純にして明快な答えで、ぼくは目をそらすこともなく、確かに自認していたはずなのに。解答をひたすら先伸ばしにして、どうどう巡りを続けてきた。そして最後には、やはりその答えを示すことになった。結局、人という生き物は、己のなるようにしかなれないのだ。


 高く見渡せる場所にしようと決めていた。ここはかつてぼくが通い、そして彼女が通っている高等学校の屋上である。舞台としてこの上なく相応しい。


 決行の為にはフェンスを越えなくてはならない。狭い縁の上でペンを走らせるわけにもいかない。ましてや最中の執筆など不可能である。最後の瞬間を記述できないのが残念だ。


 立ち上がってみる。膝を伸ばし、腰を上げた瞬間、重心がわずかに後ろにぐらついた。疲労や足のしびれなどではない。ぼくの背に備わった物のせいだ。


 ぼくには翼がある。今まで生きてきた無限のような時間の、無数の断片を集めて形成された翼。天使のような聖性も、悪魔のような邪性も、鳥のような無垢さもない、歪な羽毛とねじれた皮膜と、可動性の失われた骨組みで構成された、ぼくだけの翼。空を飛ぶことはできないが、落ちるのには役立つはずだ。


 ふと、夕映えの空の中に、彼女の顔が浮かんだ。ぼくは確かにそれを見た。やさしく微笑む、きれいな少女。手を伸ばしても触れられなかった、その微笑。しかし、もう未練はない。


 ぼくは行く。あのフェンスを越えて、最後の足場を蹴り、ぼく自身の答えを提示しよう。

 夕焼けの向こう側へ、辿り着くのだ。

 

 これでペンを置く。







 

 

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落下飛翔 恐竜洗車 @dainatank

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