第10章 今後考えられる状況
前項の通り、アメリカでは『AIの機械学習はフェアユースである』という前提が揺らぎつつあります。
そしてそれが否定された場合、当然ですがすさまじい影響があります。
それは日本においても同じ。
日本においてAIの学習に制限がないというのは、アメリカのフェアユースの考え方を受けて、2018年に著作権法30条の4が制定、翌年施行されたわけですから、これが崩れるのであれば、日本法も当然、改正せざるを得なくなります。
それから、改めてになりますが、私のAIに関する考え方は、基本的にツールであるという考えです。
PhotoShopやWord、あるいは最近流行りだとNolaでしたっけ。あれとかと同じ。
そのあたりは本記事の『創作活動の変遷』でも述べた通りです。
今回はそれをもう少し進めて、アメリカでのフェアユースでの機械学習の正当化が崩れたと仮定しての話になります。
【AIの用途を分ける】
まず考えられるのがこれ。
AIの用途を明確に分けて、それぞれに学習に対する制限を分離する案。
実際、純粋な学術目的のAIと、公衆へのサービスを目的とした、言い換えるなら供与(出力)まで目的とした、いわば営利目的のAIは、区別されることになると思います。
全部一括で制限しろ、という意見は特にAI否定派からは絶対あるでしょうが、おそらくこれは譲れません。
AIの進歩の阻害にしかならないからです。
そしてこの進歩を阻害することは、ひいては国力や産業それ自体の低下にもつながりかねません。
技術開発としての目的のAIと、営利目的のAIは分離。
むしろ、最先端技術は学術目的のそれが先導し、そこから確立した技術が、民間に還元されるようになると思われます。
結果、AI開発は半官半民、または官学のプロジェクトになっていくでしょう。
今の日本でいえば、創薬やスーパーコンピューターの開発のように、産学官が連携して国のプロジェクトとして基盤となるAIを開発していくようになるかもしれません。
実際、この区分はすでにEUでは導入されているものです。
【過去の侵害に対する保証】
フェアユースが否定され、これまでの行為が著作権侵害だと認められた場合に一番問題になるのがこれです。
正直、その金額はすでに算定不能レベルではないかと思います。
特にアメリカの場合は、『フェアユースだと思って学習させていたら、多くが著作権侵害に該当した』ということになるので、過去の学習までフェアユースではなかったとなってしまう可能性もあるのです。
もっともこれは訴える側も難しくて、どうやって被害額を出すかというのが難しい。
一番ありそうな落としどころは、後述する『ライセンス契約』を締結していたことにして、その費用をもらう、でしょうが……これでも膨大な金額になります。
しかしそれも個人のクリエイターまで行くと本当に難しい。
ただ、ここで個人クリエイターが団体を作って、一括で損害賠償を請求した場合、おそらくAI運営側はたまったものではないでしょう。
なので一番ありえるかな、と思う可能性が、過去の著作権侵害に対する賠償請求を放棄、その責任を相互に不問とする代わりに、現在のデータセットを削除(場合によってはモデルもリセット)するということ。
これにより、これ以上の著作権侵害は起きなくなる一方、AI運営側も再度構築しなければならないという損害を負う。
その上で、これ以下に述べるライセンス制度などについても議論していくようになるでしょう。
なお、上記はアメリカの場合です。
日本の場合は事情が異なります(あまり日本の学習データで問題になってるケースは多くはないですが)
現時点では学習データの違法性はない(著作権法第30条の4に則っているいるため)ので、運営者が過去に遡って刑事罰を適用されることは原則ありません。また、それに対する特別な保証を行う義務も、基本的には生じないでしょう。
ただし、すでに作られた学習データについての扱いは、議論が分かれるところです。
おそらく無制限に継続利用が認められる可能性は低いですし、後のリスク(民事上の責任追及等)を考えるとそのまま使うことは安全とはいいがたいでしょう。
何かしらの対策(この後に記述するライセンス制度などの保障制度)を整備して対応していくことが必要になると思われます。
もちろん、その時点で生成されている権利侵害の素材については、それが表に出た時点で著作権違反で訴えるもぐら叩きしかないわけですが、これ以上作られないというところである程度妥協できる話ではあると思います。
【AI学習ライセンスという考え方】
前述の様な事態になった場合に、一番あるかと思うのがこれです。
自身のコンテンツをAIに取り込んでもいいというライセンス契約ですね。
さらに、そのデータを利用した場合に、ログをとり、それに基づいて一定のインセンティブを受け取る契約です。実際すでに議論されてもいるようです。
これは、AI運営者とクリエイター双方にとって利益のある話であり、金額の設定をどうするかとかは議論が残りますが、今後高い確率で実現していく話であると思います。
いわば、現在の事後拒否(オプトアウト)から事前許可(オプトイン)への移行ですね。
この契約が個人レベルでも可能なのか、それとも一定の団体である必要があるのかとか問題は色々ありますが、無難な落としどころだと思います。
現実問題、AIによって作品が生成される流れは止まりません。
それは、小説が手書きからワープロ、さらにパソコンに変わったように、絵が手描きからデジタルに変わっていったように、不可避かつ不可逆の流れです。
そのあたりは冒頭紹介した本記事の『創作活動の変遷』の記事の通りです。
遠からず、AIを利用することは当たり前になる。それは、かつてデジタルイラストが普及したのと同じでしょう。
ペイントツールと違うんだ、という人は少なからずいるでしょうが、おんなじことをかつて手描きにこだわった人は言っていたんですよ。
もう三十年くらい前ですけどね。
だから、この流れは既定のものとして、この先どうやって『クリエイターであり続けるか』という方を模索するほうが建設的です。
その一つが、AIへの学習データを提供するクリエイターです。
これに関しても個人が埋没するとは限りません。
現在でもそうですが、『この人に絵を描いてもらいたい』という個人の絵のファンはおそらく大半のイラストレーターにいると思います。
ですが、頼むのもお金がかかるし、そもそもそんな時間を取ってもらうわけには、という感じで頼めないことの方が多いでしょう。
これを上手く商売にしてるのがPixivのFANBOXだと思いますが、それをさらに拡張したのがAIということになります。
一定の利用料を払えばある程度利用できて、そしてそのデータの利用の軽重に応じてインセンティブが支払われる、というビジネスモデルは、おそらく一番考えられるAIとクリエイターが共存する未来図ではないかと思います。
さらに言えば、それは自分が描けなくなった後でも、収益を得られる可能性が出てきます。
データは(理論的には)ずっと残りますからね。
そして絵柄のファンはいつだっている可能性があるわけですから、学習用データを提供できなくなっても、絵のファンがいたらずっとお金を得られる可能性があるわけですね。
【クラウドストレージの扱い】
別項で述べた通り、クラウドストレージへの保存は、日本の著作権法に照らせば、現状は『公衆送信可能な機器への保存』となりえるため、違法となる可能性があるグレーゾーンです。特にファイルを『私的利用』の範囲外に共有する行為は、公衆送信権の侵害となり明確な違法行為となります。
文化庁の見解では共有さえしなければ適法とされますが、『私的利用』の法解釈上ではグレーゾーン。アップロード自体も、違法性があり得る行為という見方もできます(例えばすでに共有設定してあるフォルダにアップロードしてしまう等)
ただ、おそらく遠からず、ローカルストレージは衰退方向になるでしょう。
バックアップとしての機能は残り続けるでしょうが、『クラウドにダウンロード(アップロード)して保存する』方がスタンダードになる時代はそう遠くありません。
人によってはもうそちらが基本という人もいるでしょうし。
そしてそうなると、アメリカの場合はフェアユースの柔軟な運用によって対応可能ですが、日本の場合は『私的利用』がほぼ全滅する可能性もあります。日本の私的利用はあくまで個人または家族及びそれに準ずる範囲としていますが、それを越えた共有が当たり前になる可能性があります。
これに対応するため、法律の改正が必要になる確率は極めて高いと思います。
というか今からでも議論すべきだと思いますが。
このクラウドに関する日本の文化庁の議論は、確認できた限りでは2011年が最後。当時はクラウドサービスによる新しい問題を認識しつつも、それは現行の法解釈で対応可能として『「クラウドサービス」の進展を理由に、直ちに「クラウドサービス」固有の問題として著作権法の改正が必要であるとは認められないものと考える。』(出典:文化庁:クラウドコンピューティングと著作権に関する研究調査 平成23年11月)という結論を出していますが、それからもう十五年近くが経過しており、状況が違い過ぎます。コンピューターの世界では、『五年ひと昔』ともいうくらいですし。
現行の考え方で改正するのであれば、対象は第30条1項となるでしょう。『私的利用』に該当しないパターンを定めている項目の一つで、その中の『自動複製機器』の定義がクラウドストレージの扱いをグレーゾーンにしている部分です。
ここに『ただし、その使用する者が、当該複製物を個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内にのみ利用できるようにする場合を除く。』という一文を追加すれば、利用可能になります。
ただ、未来において現在の日本の著作権法の『私的利用』が現実的かどうかというのも、議論の余地があります。
今の『私的利用』の範囲である『個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内』というのは、物理的な接触範囲内、従来の生活共同体の範囲内という解釈(そうしないとスマホに入れて学校の友人に見せるのが違法になる)が可能かと思いますが、今後ネットワーク社会が発展すれば、その範囲は大幅に広くなるでしょう。
そうなると、アメリカのフェアユースの様な、より柔軟に対応できる指針が必要になり、第30条そのものを大幅に変更する必要が出てくるかもしれません。
そういう点では、アメリカのフェアユースは、百年以上前に作られたとは思えないほどに柔軟性のある考え方だと驚かされます。
【AI生成物の著作権】
AIだけで自動的に生成したものに著作権が認められないのはご存じの通りですが。
そのためか、AI生成物には(特に画像には)AIで生成されたものと分かるようにする技術が、一部で誕生しております。
ただ。
今後というか遠からず普通にありそうなのが、『PCを操作するAIの登場』です。これにより何が起きるかというと、人間のように画像加工ソフトを使わせて絵を描かせることが可能になってしまいます。
そうなると、それはAIが作ったイラストでありながら、人間が作るイラストと全く同じ工程を経て作られたものになってしまう。そうすると、あとから見て、人間が作ったのか、AIが作ったのか判別が極めて難しくなります。
そうなると、『AI生成物には著作権がない』が揺らいでしまう。
AIに作らせながら、『自分が作った』と主張できてしまう。
このようなことが可能になると、もはや著作権の設定が正確性を欠きます。
自己申告を信じるしかなくなるというか。
そしてこの未来は、実は遠からず来ると思われるんですよね。
AIがPCを操作する難易度は、正直もう低いですし。
【ツールとしてのAIが当たり前になった近未来】
前述の通り、ツールとしてのAIが当たり前になると、AIのかかわりがどこまでなら著作物と認めるか、というのが問題になってきます。
先だってAIで作った小説で芥川賞を受賞した人がいましたが、五パーセントくらいはAIの文章そのままだったといういうのは驚きました(それ以外もどの程度手が入っているのか分かりませんが)
こうなってくると、どの程度人が関われば著作権を設定できるかというのが議論になりえますが、正直結論が出ない気がします。
AIを利用してないものだけ著作権を主張できる、とした場合でも、AIによる著作に対してはかなり保守的な私ですら、誤字や脱字などのチェックにはAIを利用しています。
そもそも、イラストならともかく文章ではAIのかかわりを特定することすら難しいでしょう。
イラストも情報を消すことは出来るでしょうし。
そうなると、著作権の在り方すら課題になってくると思います。
最終的には、何で作ったかは関係なく、作った(指示した)人に著作権を付与する、とかになりそうな気はしていますが。
ここまでは、正直に言えば2030年あたりまでにありそうな未来です。
確実の訪れると思うのは、『AIライセンスの導入』『AIの用途別の区分』辺りでしょうか。
クラウドストレージの汎用化はさすがにもう少し未来かもしれません。
AI生成物に対する著作権の議論は始まりはするでしょうが、おそらくそう簡単に結論は出ないと思います。
また、他にあると思う未来として、デジタルデータの、ファイルそのものに製造者及び編集者の識別情報等を付与する制度の導入です。
今のファイル形式は、ファイル名はファイルシステム(OS)が持ち、ファイルがデータを持つ形式です。
これを、ファイルシステム側かファイル側かはともかく、情報を追加することで、データの『履歴』証明が出来るという方法です。
これは既存のファイルシステムに大きな影響を与えうるため、導入には相当なハードルがありますが、旧システムとの互換性を保ちつつ導入することもできるでしょう。
これにより、すべてのデータが『固有の証明書』を持つことができるようになり、デジタルの著作権の管理について、さらに一歩進んだ形になる可能性があります。
さすがにこれは2030年では実現しないと思いますが。
次は、半分以上SFに足突っ込んでの未来について。
一応それで終わりの予定です。
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