15~16 永劫の叡智は刹那の凶弾に耐えられない。

15、


 ヒトのクニに戻った風紀委員は自動車の荷台に設置された檻に詰め込まれている平成ギャルの姿を見た。

「風紀委員!やった!アンタは目が黄色じゃない!助けろー!ガチで殺される!」

「黙るでデュポン!実験材料ごときが人のように言葉を使うなデュポン!」


 風紀委員は事態を呑み込めてない。

 完全に蚊帳の外に置かれた顔でギャルのシーラカンスを乗せた車が通過していくのを眺めた。

 ここは町中。現代地方都市の中心部。

「助けなさいよおおおおおおおおお!」

 シーラカンスは出荷される。


 デュポンがシーラカンスを馬用の鞭で叩いて黙らせるとじっと風紀委員を見た。

「デュ、デュポン!?てっきり白王国で本人を殺したアリストクラートの一員だと思っていたデュポン。でも目が金色じゃない。って事は、アイツは国王ロイ貴族アリストクラートのアンシャンレジーム転覆てんぷくはか革命家テロリスト!?ご協力を願います観衆の皆様!奴は存在するだけで危険な貧者のドン・キホーテでデュポン!」


 金色目の大衆は慌てふためき逃げる者と、出世の機会を得たと得意げに殺意を向ける者に分かれた。

 金色目の警官が2名「そこの第三身分!大人しく殺されろ!」と警告ののち発砲した。

 風紀委員は倒れなかった。


 風紀委員のそばに突如あらわれた謎の半透明な怪人が1つの弾丸をつまみ、風紀委員の顔のすぐ近くで止めたのだ。

 ちなみに、もう1つの弾丸はそもそも明後日の方向に飛び去っていた。


「地表世界の人間で白王国に長時間生存できる例外的存在と言う時点で験力体けんりきたい持ちだと判断するべきだったデュポンね。なんと忌々いまいましいデュポン」


「けんりきたい?」無知な風紀委員を周りのつわものアリストクラートは嘲笑う。

「験力体で抵抗しなければ楽に死ねたものをデュポン!であえ!傭兵軍団!常備軍!」と述べたデュポンが金貨をバラまき常備軍の軍勢が地面に落ちた貨幣をくすねる。


 そしてその軍勢は風紀委員を殺しに迫る。

「私が験力体で抵抗する?私が?そうか、つまりこの浮いてる怪人は私が操る戦う力ってわけね!待っててシーラカンス!助け出すよ!」

 口上を述べる暇もなく常備軍を1人、2人、3人と験力体の拳で撃破する風紀委員。


「デュポポポポ…」デュポンがうろたえた。

「待てデュポンくん!さがれ!例の瓶詰を置いてから、そのまま実験場に実験材料を運んでほしいんだあね。それにしても久々の験力体持ちなんだあ。面白い実験材料なんだあ!ぼくちんが直接実験してあげるんだあ!」

「どなた!?いや、名乗らなくていい!その口ぶりは敵なんだ!」

「貧民は礼儀作法が身についてないから滑稽なんだなあ!ぼくちんはラヴォワジェ!さあ、名乗って欲しいんだあ。騎士道的に名乗らない相手と戦うのは品格が問われるんだあ」

「私は風紀委員。この肩書だけで十分!早く私の友達を返してよ!」

「面白い玩具を手放すわけが無いんだなぁ。キミもぼくちんは手に入れたいんだなあ。貴重な玩具を壊す実験はとても楽しいんだあ」

「外道め」

「逆なんだなあ。神の代理人である国王ロイに従わないキミが外道で野獣で化外けがいなんだなあ」


「話が通じない!力を貸して!私の験力体!」

「んーとねえ。めんどくさいからいいや。験力体持ちには験力体持ちで潰すんだあ」

 ラヴォワジェはデュポンが置いた大きな布袋から瓶詰にされた人間の女性を引き出した。

 風紀委員の劣等生は人間の瓶詰を見た衝撃で験力体を維持できなくなった。

 験力体は霧消した。

「その人は…先日から行方不明になっているウチの風紀委員長!」


「知り合いさんだったんだあ。よかったね再会できてェね。コレを使った実験は楽しかったんだあ。白王国に引きずり込んで捕まえた当初は家に帰せとか警察に訴えてやるとか言ってたけど、電気を流したら壊れて静かになっちゃったんだあ。人に電気を流すと壊れても体が動くことが分かった成果が有ったから僕は嬉しかったんだあ。そんで応用したのがこれなんだあ」


 瓶の中の風紀委員長が瓶の硝子を殴り割ると出てきた。しかし顔に生気は全く感じられない。


「実験で死んじゃったけど、ぼくちんの深―い科学の知見で蘇った電気で動く僕のお人形なんだあ。特にぼくちんの命令に忠実に従うところが嬉しいポイント。さあ、実験だあ。行け!人間コレクション21号!」

 風紀委員長が、いやここでは風紀委員長の死体が風紀委員に襲い掛かる。


「武器!武器!武器!この足だと逃げてもすぐ追いつかれる!死だ!あああああ!起きて!起きて!委員長!起き…」


 風紀委員長の死体の一撃で、たった一撃の衝撃で劣等生は喫茶店の硝子の外壁に叩きつけられた。

 硝子が粉砕され、破片が崩落してゆく。

 一歩、一歩、死体が歩く。劣等生の終焉も、一歩、一歩と迫って来る。


「どうにでもなれええエエエ!」

 劣等生は手元の硝子の破片を握ろうとした。

 この強い決断した、確固とした意識が験力体を再形成した。


「死なない!私は!断固として!生き続けるウウウウウウウ!」

 硝子破片を験力体が握り潰した。

「だあああああああああ!」

 劣等生は自分の験力体が掴んでいる圧縮硝子を死体に投げつけた。

 投擲された圧縮硝子は験力体の強烈な握力で円盤状に変形している。

 委員長の死体は生者では不可能な体の歪め方で硝子片を避けた。

「硝子!がらす!ガラスぅ!避けるな!当たれ!卑怯者!硝子手裏剣!」


 必死に近くの一切合切を、神羅万象を握って投擲する劣等生の験力体。

 非情にも全ての圧縮手裏剣は死体に当たらなかった。

 死体が歩く。劣等生に迫る。

 劣等生の頭の中は空っぽだ。

 手をくるくる回す。何か着想を引き出そうとする劣等生。

 劣等生は手をくるくると回す。死体が着実に来る。迫る。

「あう、あうあうあうあう。その、あの、えの…」

 追い詰められた劣等生はふと考えた。


(そうだ、おもねろう。媚びよう。へつらおう)

 劣等生は座りなおす。正座である。

 地面に両手を置く。

 劣等生は頭を下げた。

(そういえば私の験力体が投げた圧縮手裏剣はどこにいったんだろう)

 平身低頭のまま劣等生は最期を待つ。

 最期を待つ。

 来ない。最期が来ない。

 ふと劣等生は頭を上げた。

 眼前には穴が多数穿うがたれた商業高層建築の下層階が見えた。


 風紀委員はおのが周囲を広く観察してみた。

 風紀委員長の立っている死体しかなかった。

 操作するラヴォワジェも、観衆のアリストクラート達も居ない。

 この戦場は沈黙が支配している。

「何が…起こって…」


(あ…)劣等生は気が付いた。

 商業ビルの根元は誰かさんの硝子手裏剣の多数衝突の影響で耐久力を失い大崩落が起こりつつある。

(立たなきゃ!)

 劣等生は立ち上がって去ろうとした。しかし…さる要因で風紀委員は足を止めた。


(このままでは、風紀委員長のご両親は娘の死体を確認出来なくなっちゃう!それじゃあ駄目!)

「掴め!私の験力体!風紀委員長を…風紀委員長を連れ帰る!」

 劣等生は手を伸ばす。験力体の手が風紀委員長の死体の手首を掴んだ。


 死体が瞬時に、関節の構造上ありえない曲がり方で劣等生の験力体を包んだ。

「馬鹿め!ぼくちん言ったんだあ!これはもうただの死体!自爆しろ21号!科学の知見のために!」

 遠くの安全地からラヴォワジェの声が聞こえた。

「…分かったよ。ラヴォワジェ」劣等生はラヴォワジェを睨んだ。

 風紀委員長の死体が爆発する。

 そして劣等生と風紀委員長を下敷きに商業ビルの大きな瓦礫が地面に落ちた。


16、


「よおし!これで品質は悪くなったが、新しい実験材料が入手できたああね!」

 アリストクラート達は欣喜雀躍きんきじゃくやくと拍手し大笑する。傭兵達も武器を捨てて喜びの輪に加わった。

 白手袋を着けた手がラヴォワジェの右肩を「掴む」。

「なんだあね。ぼくちんは、コレから瓦礫に埋もれた実験材料を掘り出さないといけないんだがねぇ…」

 んでいるラヴォワジェが顔を右に振り向けた。


 そこには死んだはずの貧者のドン・キホーテ、真面目系劣等生風紀委員女学生がラヴォワジェ氏を蔑み見ている。


「革命に…革命に学者は不要だ!だああああああああ!」

 劣等生の験力体は天才科学者の右肩を握りつぶした。えぐり取ったのだ。

「ぬわああん!何故ここにいる!瓦礫に潰されたハズなんだなあ!」

「験力体で大地を叩いた。硝子を手裏剣に圧縮できる握力で地面をくぼませた。そして這うように脱出。あとは御覧ごらんの通り!」

 風紀委員は拾った鉄砲を、歩兵銃をラヴォワジェに向けた。

 ラヴォワジェは右肩を欠けた痛みに言葉にならない声でわめくしかない。

「名乗れ卑怯者おお!僕はアリストクラート!アリストクラートなんだぞおお!」

「私は断じて名乗らない。これは革命だ。人民が勝利する革命だ。さあ、ラヴォワジェ。汝を討つは高貴な処刑人にあらず。何の富も、何の名誉も、何の権威も、私はあなたに渡さない。名前すらない一人の雑兵に、無名の兵士に貴方は弑されるのです」

 破れ焼けた制服をまとう劣等生はひどく落ち着いて言い渡すとラヴォワジェの言葉を待つ。

 周りのアリストクラート達はただ騒いで立ち去る者とそれを護衛する者しかいない。


 ラヴォワジェがうめき騒ぐ。必死に弁明する。

「科学の発展には多少の死者が出るのは仕方のない事なんだあ!それに21号は僕ちんが白王国に拉致して来た以上何をされようとこっちの勝手なんだなあ!ぼくちんは慈悲深―いアリストクラートだから、21号から生まれた心の影、デュポンを弟子にしてあげてるんだあ!」

「弁護は終わりだね」劣等生は銃を構え、人差し指をまげて引き金に添える。


「待て!ぼくちんの命を奪うのは刹那で十分だあね!だがぼくちんのような学者を生み出すには永劫えいごう年月としつきが必要なんだあね!ぼくちんは!ぼくちんはたたえられこそすれ、罵られるのはお門違い《かどちがい》なんだなあ!」

 劣等生は、発砲した。


 弾丸はラヴォワジェの腹に撃ち込まれた。

「うへええええええええ!血だあああ!この高貴なぼくちんの体を傷つけるだなんて!不敬!不敬!不敬!」

「銃剣」

 劣等生が自分の験力体に銃剣が付いた鉄砲を持たせた。

 験力体は何度もラヴォワジェの傷口を深く刺してひねる。

 さらに引いては刺す。

 苦痛にうめくラヴォワジェ。

 しかし容赦なく劣等生の験力体は強い力で銃剣を刺す。

「ああああ!ぼくちんが中の肉と骨を食って身に着けたこの土地産の人間の皮がボロボロなんだあ!だ、だめだ!違う!違う!ぼくちんは単に科学に貢献したかっただけなのに…意識が…保てない…!このぼくちんが暴走する…うぐっ!」

「なんか仕掛けがあると見えるね」

 劣等生は地面を験力体で一部えぐり取り、土を塊に圧縮してラヴォワジェに投擲した。

 ラヴォワジェは圧縮土塊の衝撃的な威力によってされ遠ざけられた。


「あう…。あう…。あうあうあうあああああああ!」

 ラヴォワジェが人の姿を失い乗用車程度の大きさの怪物に化けた。

「おそらくラヴォワジェは白王国の金色目の私と同類!それがアリストクラート!」

 そう言った風紀委員は銃を自分の手で握りなおし天に発砲した。

「宣言する!この腐敗した、学者気取りの存在を許した天命を改める!心を武装しろ!私と言ういち市民よ!これは一種の革命である!」

(ちょっと自分に似合わないかっこよすぎる台詞だな)と風紀委員は思った。

 しかし後悔は無かった。風紀委員は前進する。アリストクラート打倒のために。

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