月曜日。今日は秋分の日であり、祝日である。

 祝日があるのは、大変嬉しい事だ。もちろん、三連休になると言うのもあるが、それだけではない。連休明けも、その週は登校する日が一日減るのだ。

 後ろ向きなのか前向きなのか分からない持論である。

 この日、僕といつもの三人は行き慣れた喫茶店でテスト勉強をするために集まっていた。

「くそう。何が悲しくて三連休の最終日に勉強をせねばならんのだ。」

「テストが近いからでしょ。ひいては将来の為にもなるんだから。ある程度成績は気にしておかないと。」

ぶつぶつと言っている武石を七咲さんが諭す。

 将来、なるだけ目を逸らしていたい話題である。

「と言うか、武石くん、最終日にって、土日の勉強は?」

「……。」

永江さんの冷ややかな視線が武石に突き刺さる。今日の彼は大変そうだ。

「みんなで同じ大学に行けると良いねぇ。」

「七咲さんや永江さんと同じ偏差値は、骨が折れそうだね。」

「俺は骨どころか、人体の構造が変わりそうだぜ。」

「大丈夫。武石くんがたとえ妖怪になっても、わたしたちは見捨てないからね。」

「むしろ他の人からは見捨てられるのか、俺。」

くだらない話をしているうちに、いつもの喫茶店に辿り着いた。

 クラシックな雰囲気の漂う木製の扉。ドアノブにはオープンと書かれた掛け札がある。

 扉を開けるとギィと木材が軋む音と、据え付けられた鈴の音が店内に響くいた。

「いらっしゃいませ。」

年老いた店主が、カウンターから声を掛けてくれる。

 いつもの喫茶店の風景だ。

「四人様ですね。お好きな席にどうぞ。」

相も変わらず僕たち以外に客はいない。

「ありがとうございます。」

店主に礼を言い、奥のテーブル席に腰掛ける。僕と武石が隣同士で、僕と七咲さんが向かい合う様に座る。

 メニュー表に目を通していると、店主がゆっくりとした足取りで近づいてくる。

「こちら、お冷になります。ご注文、お決めになりましたらお呼び下さい。」

「あ、どうも……。」

僕がそう言い終えないうちに、店主は僕たちに背を向ける。店主は変わらず、暑そうコートを羽織っている。ひょっとすると、一年中アレを着ているのだろうか。

 店主が去った後、何を注文しようか話し合う。

「僕はいつも通りアイスコーヒーにしようかな。」

「私も、アイスコーヒーを、頼もうかな。」

「わたしは紅茶で。」

「俺は、気分を変えてホットコーヒーでも頼もうかな。」

珍しい事もあるものだと思った。彼は普段、炭酸ジュースを好んで飲んでいたと記憶しているのだが。

「武石、コーヒー飲めたの?」

「あぁ、問題ないぞ。普段飲まないだけだ。今日は集中して勉強するからな、カフェインを入れるゆだ。」

彼の意外な一面が見れたところで、卓上ベルを鳴らす。

 因みにだが、この喫茶店のメニューは軒並み安い。具体的には、アイスコーヒーが一杯百五十円だ。安いからと言って、味が薄かったりすることもない。

 苦味や深みなど、具体的に言い表せないのだが、丁度いい塩梅である。まぁ味の良し悪しなど、突き詰めれば個人の好き嫌いなのだが。

 ともかく僕はこの店のコーヒーを美味しいと思った。味が良くて過ごしやすい。通う理由は、それで十分だろう。

 店主に注文を終えた僕たちは、それぞれ鞄から教科書などを取り出す。

「テスト勉強は、どれからする?僕は、数学の公式を頭に叩き込もうと思ってるんだけど。」

「わたしも数学、一緒にやろうかな。二人は?」

「それじゃあ俺も、数学をやるか。テスト範囲がどこかも覚えていないが、まぁ頑張るよ。」

「私も、数学、やろうかな。」

 取り組む教科が決まったところで、店主がトレイを抱えて近付いてきた。

「お待たせいたしました。アイスコーヒーが二つ、紅茶がひとつ、ホットコーヒーがひとつです。では、ごゆっくり。」

「どうも、ありがとうございます。」

僕の言葉に店主は頷くと、のっそりと奥に引っ込んでしまった。

「さぁて。飲み物も来たし、勉強を始めますか。」

喫茶店に入るまでの嫌そうな表情が嘘の様に、武石はやる気に満ちている。茶化そうかとも思ったが、その気になっている人に水を差すのは、良いことではないと思い留まった。

 静寂に包まれた喫茶店。僕たちはそれぞれのペースで、テスト範囲の問題を解き進める。捗り具合は、可もなく不可もなくと言ったところ。

「失礼致します。こちら、サービスです。」

いつの間にかテーブルの前まで来ていた店主が、トレイに乗せた四枚の皿を配る。それを見て、七咲さんがひと言。

「おはぎ、ですか。」

「えぇ。こう言う日です故、試しに作ってみたんです。」

「僕たちが食べても良いんですか?」

「もちろん。糖分取って、適度にお勉強なさりさない。」

店主はそう言うと、トレイ片手に引っ込んでしまった。

 僕たちは店主の心遣いに感謝しつつ、より一層勉強に励む。その日だけで、テスト範囲を網羅したのではなかろうか。

 おはぎは、口に含んだ瞬間に餡子の力強い味わいと餅米の優しい食感が噛み合い満足いく一品だった。ただ、おはぎとコーヒーはあまり良い組み合わせではなかった様だ。

 勉強以外でも、ひとつ学びを得ることができた日だった。

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