七
朝から降り始めた雨は、放課後になっても止む気配を見せない。それどころか雨は強さを増し、道路が軽く浸水するほどだった。唯一風がないのが、救いだろうか。
僕はいつものように教室の戸締りを済ませて、玄関に向かう。帰宅部はほとんど帰ってしまっているので、ひとり気ままに帰るつもりだ。
「あ、雨天くん。いつもこの時間に帰ってるの?奇遇だねぇ。私もさ、今から帰るところなんだよ。」
玄関に珍しい顔がいた。
「あれ、七咲さんがまだ帰っていないの珍しいね。どうしたの?」
「いやぁ、そのね。」
七咲さんは少し元気がないように見えた。今日一日、変わったことは無かったはずだが。
「ホームルームが終わってすぐね、雨が止みそうになかったから職員室に行ったんだ。」
「あぁ、朝から傘忘れたって言ってたもんね。置き傘を取りに行ったの?」
「うん、そう、なんだけどね。」
七咲さんは露骨に目を逸らし、もじもじと指を遊ばせる。
「実はさ、置き傘、無かったんだよね。わたしより先に、他の子が借りに来たみたいでさ。」
「さっき職員室に鍵を返しに行ったんだけど、傘あったように見えたけど。」
職員室には、置き傘と書かれた紙を貼ったバケツにビニール傘が何本か刺されていた。朝からその話をしていたので、印象に残っていたのだ。
「それ、みんな運動部がキープしてるみたいなんだ。」
「なんだそりゃ。」
変な声が出た。置き傘をキープ、これまで十数年生きて来たが、初めて聞いた言葉だ。
「各部活の顧問の先生がね、傘のない運動部のために何本かとってるみたい。」
「うちの高校、運動部を贔屓する風潮はあったけど、ここまでとはね。」
「運動部のみんなは何も知らないから、悪くないんだけどね。大会も近いから風邪も引けないしねぇ。」
この高校のロクでもない側面が垣間見えたが、それよりもまずは気にするべきことがある。
「七咲さんは、どうやって帰ろうと思ってるの?」
「いやぁ、雨が止むか弱くなったタイミングを見てダッシュで帰ろうかと。」
「天気予報だとまだまだ雨は弱まらないみたいだよ。」
「なら仕方がない。朝は否定したけど、わたしのわんぱく具合を見せてやるぞ。見とけよぉ、これでも短距離の中学記録持ってるんだから。」
「初耳だし、こんなところで知りたくなかったよ。」
それに自分のことをわんぱくと自称されても反応に困る。
「僕も今から帰るところなんだけどさ、よかったら入っていかない?傘。」
「え、いやぁ、それは申し訳ないと言いますかぁ。あ、嫌と言うわけじゃないんだけどね。本当に申し訳なくてねぇ。」
七咲さんの性格を考えると、心から申し訳なく思っているのだろう。そして、本当に走ってでも帰るつもりなのだろう。一ヶ月と少しの付き合いだが、それくらい何となく分かっているつもりだ。
「申し訳ないことなんか無いから、早く帰ろうよ。友達二人でひとつの傘に入るなんて、高校生活の定番じゃない?青春の一ページだと思わない?」
「う、うん。それもそっか。」
先程までの賑やかさはどこえやら、すっかりしおらしくなった七咲さんは黙って僕の傘に入ってきた。
僕たちは歩幅を合わせて、ゆっくりと歩みを進める。雨粒が傘を叩か音が、周囲の喧騒を消し去ってしまっていた。
「雨、やまないね。」
「本格的な梅雨入りかもしれないね。雨音は好きだけど、あんまり続くと憂鬱かも。」
「明日は、ちゃんと持ってくるから。傘。」
雨音にかき消されそうな言葉に、僕も小さな声で「うん」とだけ答えた。
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