大小日記
@pasta_2508
第1話 見上げる距離、見下ろす想い
朝の昇降口にはまだ眠そうな生徒たちの声が響いていた。俺――**早川湊(はやかわみなと)**は、その人混みの中でローファーのかかとを踏み鳴らしながら靴箱に向かう。
身長は164センチ。男子の平均からすれば低め。中学の頃からずっと、その数値が頭のどこかに居座っている。
「おはよ、湊」
ふいに背後から名前を呼ばれた。振り向いた瞬間、視線が自然と上を向く。
間宮咲(まみやさき)。同じクラスで、俺とは対照的に高身長。173センチ。モデル体型とか言われるけど、本人は全然嬉しくなさそうだ。
「……また、伸びてない?」
冗談めかして言うと、咲は頬を膨らませた。
「伸びてないってば。これ以上いらないもん」
「充分高いしな」
「湊が言うと刺さるんだよね、それ」
言い返されて、俺も苦笑いするしかなかった。
俺と咲が話すようになったのは、席替えで隣になった春からだ。俺はコンプレックスを気取られたくなくて、なるべく自然にしていたつもりだったけど、咲には割と見抜かれていたらしい。
そのくせ、咲も自分の背の高さを気にしてて、体育でペアを組むたびに「ごめんね、でかくて」なんて言う。周りは「スタイルよくていいじゃん」と言うが、本人には届かない。
昇降口を出て教室へ向かう途中、廊下で俺たちの前を歩く同級生グループがひそひそと囁く。
「間宮ってさ、付き合うなら背高い男じゃなきゃ無理じゃね?」
「だよなー。早川とか並んだら弟みたいになるし」
笑いながら去っていく声。振り返らないように足を速めようとしたとき、隣で咲がぼそっと言った。
「……ああいうの、慣れてるけどさ。やっぱムカつくよね」
「俺は別に」
「嘘。湊、耳赤い」
図星だった。でも、否定しても仕方ない。
教室に入って席につくと、咲が小声で言う。
「ねぇ、昼休みさ、図書室行かない? 英語の小テスト、また一緒に対策しよ」
「……いいけど。俺、前回赤点ギリだったし」
「知ってる。ノート貸すからちゃんと写して」
軽く小突かれながらも、心の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
昼休み、約束通り図書室へ向かう。窓際の席に座ると、咲がノートを広げて言った。
「ねぇ湊。もしさ、身長とか気にしなくていい世界だったら、ちょっとは楽なのにね」
「そんな世界あるかよ」
「ないけど……でも、湊みたいに普通に話してくれる男子って、私からしたら貴重なんだよ」
不意打ちだった。ペンを持つ手が止まり、咲の横顔を見る。
「俺は別に、背で話す人決めないし」
「そういうとこが、ちょっとだけ好き」
「は?」
「ノート写せって意味!」
咲はそう言って視線をそらした。けれど、その耳たぶも少し赤かった。
その日の帰り道、校門の影が夕日に伸びて、咲の背中はやっぱり高くて遠いように見えた。でも――不思議と、嫌な距離じゃなかった。
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