第25話 悪魔召喚
ゼノは悩んでいた。
この旅はほとんどアーサーが仕切ってくれている。そのおかげで旅は順調で、クランの力も日に日に強化されてきている。
「我にも何か出来る事はないか……」
ゼノはいつもこのことを気にしていた。
元勇者であるアーサーが旅に慣れているのはわかる。
だが、さすがに甘えすぎではないだろうか?
戦場でこそ己の力を示すことができるが、今の自分には何ができるのか、思考は堂々巡りだった。
考えがまとまらないゼノは、街の酒場に足を運んだ。
木製の扉を押し開け、重い空気と酒の匂いが混ざる中、カウンターに腰を下ろす。
酒を口に含み、火照った体と心を落ち着かせながら、自分にできることを考えた。
(我は魔の者、旅でできることは限られている。
戦いでしか受けた恩を返せぬ。
戦いで役に立てれば……いや、もっと能動的に力を示す術はないか……)
そのとき、隣の客たちの会話が耳に入った。
「昨日ギルドの受付で聞いたんだけどさぁ、お前召喚士って知ってるか?」
「召喚士?初めて聞く職業だな。前からあった職業なのか?」
「ああ、一応前からあったらしい。
でも誰もなることができなくて、今では忘れ去られた職業って言われているらしい」
「面白い話もあるもんだな。召喚士かー、酒でも召喚できたらいいんだけどな!」
「「ガハハハー」」
(召喚士か……非常に興味深いな。
だが、今から探し出して仲間にするには時間がなさすぎる。
魔王ザギオンのつても今はない)
ゼノは酒を一気に飲み干すと、さらに考えを巡らせた。
(そういえば、魔王の頃、我は一度だけ召喚術を試したことがあったな。
あの時は失敗した……だが、今なら……絶対に成功する!)
ゼノは突然立ち上がると、カウンターの酒場の主人にお金を払わず駆け出した。
街灯の下を跳ねるように走り、宿屋へ向かう足取りは勇ましく、全身から魔力の熱が漏れ出していた。
――――
─ゼノの宿部屋
ゼノは自分の血を使い、宿屋の床に慎重に魔法陣を描き始めた。
供物は己の血と魔力。
血の赤は床で黒光りし、刻まれる線一つ一つが震えるほどの熱量を帯びる。
準備が整うと、ゼノは魔法陣に右手の血を流し込み、魔力を集中させながら声を張り上げた。
「我が名は深淵の覇者、万魔を束ねる王。
魔の律、我に従え。
奈落よ、その扉を開け──
血と魔力を供物とし、契約を結ばん。
来たれ、我が右腕。
デーモンロード
我が命に応じ、全てを屠れ!」
魔法陣が赤く光り、空気が歪む。
静寂の中、低く唸るような音が床を伝い、壁を震わせた。
そして、漆黒の影がゆっくりと浮かび上がる。
頭には黒曜石のように艶めく二本の角。
肩まで垂れた黒髪は闇そのものの色を帯び、紅玉のように妖しく輝く瞳は見る者の心を射抜く。
漆黒の翼が音もなく広がるたび、空気が重く震え、まるで空間そのものが支配されていくかのようだった。
魔法陣の光が収まると同時に、デーモンは静かに膝をつく。
その姿勢は、不気味さよりもむしろ荘厳な気配を漂わせ、部屋の空気を一瞬で支配した。
――――
「王よ……我は貴殿に従う。
命の一滴も、血の一糸も、この身すべてを、貴殿の意のままに捧げる……」
漆黒の翼が静かに揺れ、深紅の瞳は光を吸い込み、微笑みとともに影を歪ませた。
「ふふ……我の忠誠は揺らぐことなく、軽々しいものではない――
その一挙手一投足が、貴殿の力を映す鏡となろう」
「我が名はゼロス。貴殿にお目にかかれたこと、光栄に存じます――王よ」
「うむ!ご苦労だった。あと四体召喚する!手伝え!」
「……はっ、承知いたしました。
王の御意とあらば、この身、喜んで穢れに染めましょう。なんなりと、お申し付けを。」
ゼノの右腕であるゼロスは、礼儀正しく真面目な瞳で主人を見つめていた。
――――
ゼノは五体のデーモンロードの召喚に成功していた。
これまで名前のなかったデーモンたちに、わかりやすく個性を与えるため、ゼノは召喚した順に名をつけた。
ゼロスは右腕としてすでに名があるが、それ以外の四体には名前がなかった。
イゼラ、ニーセ、サブザ、そしてシシア――。
その名を呼ぶたび、空間に渦巻く魔力が反応し、深紅や漆黒の光を帯びて微かに揺れる。
五体のデーモンロードは、いわば魔王の四天王にも匹敵する存在。
その力は並大抵ではなく、単独で街を壊滅させ、戦場を支配することすら可能である。
ゼノは視線を巡らせ、静かに息を吐いた。
「よし、これで原初の闇までの護衛部隊ができた。
デーモンロードたちなら、闇を切りさき、殲滅してくれることだろう」
五体の影がゆっくりと立ち上がり、ゼノの影の中に溶け込む。
その姿は目に見えぬほどの速さで身を潜め、次の戦いに備えて静かに呼吸するようだった。
ゼノは満足そうに笑った。
闇の世界を切り裂き、敵を殲滅するための五人の守護者――その存在を、自分の影に忍ばせたのだ。
――――
アーサーには、しなければならないことが二つあった。
一つは、SSSクラン──
もう一つは、魔王軍四天王魔法士団長、セスラ・ゼーリスの説得である。
「ん~、どうするかなー。やっぱ気にレオンに会いに行こう!返事もちゃんと聞かないといけないしな」
アーサーは軽く息を吐くと、転移魔法陣を展開した。
眩い蒼光が足元を包み、次の瞬間、彼の姿は掻き消えた。
転移先は──帝国ミゼリア。
そこは巨大な都市と魔術技術の粋が集まる、帝国最強の拠点だった。
アーサーはすぐに《ゼウスロア》の本拠地へと向かう。
要塞のような建物が、まるで巨大な獣のように帝都の中心に構えている。
その壁面には雷紋が刻まれ、空気そのものがビリビリと震えていた。
「相変わらず立派なもんだな……」
アーサーは感嘆しながら扉を押し開けた。
重厚な金属音が鳴り響き、彼は静かに中へと足を踏み入れる。
しかし、建物の中には人影がない。
廊下を進みながら気配を探ると、裏手の方から人々の掛け声が聞こえてきた。
アーサーは気配を辿り、裏庭へと出る。
そこはもはや庭ではなかった。
広大な訓練場──砂塵が舞い、鉄の音が鳴り響く。
三十名ほどの冒険者たちが、剣を振るい、魔法を放ち、己を鍛え上げていた。
「おい!マルス!突きが甘い!もう一歩前に出て突け!」
「はい!」
「キールは切り込みをもっと早く!」
「わかりました!」
鋭い声が飛ぶたびに、空気が張り詰めていく。
アーサーは腕を組み、笑みを浮かべた。
「みんな頑張ってるなー、俺も負けてやられない」
彼は訓練を指揮していた男に声をかけた。
「こんにちは、俺はアーサーと言います。レオンに会いに来たのですが、どこに行けば会えますか?」
男はアーサーの姿を見るなり、驚いたように背筋を伸ばし、礼をした。
「初めてお目にかかります。私はSSランク剣士、ルーク・グレイブと申します。あなたの事はレオンから聞いております」
その態度は礼儀正しく、しかし同時に、獣のような鋭さを隠していなかった。
「レオンは現在、二階の書斎にいますので、そちらまでご案内しますね」
「助かります」
二人は建物の中へと入っていく。
廊下を歩く間、アーサーは密かにルークを観察していた。
(ふむ、この男……ただ者じゃないな。剣士の呼吸、歩幅、全てが研ぎ澄まされている。やはり《ゼウスロア》は一流の集団だ)
すると、ルークが話しかけてきた。
「前回の剣闘士大会、お見事でしたね!こんなことを言ってはいけないのでしょうが、私には貴方が勇者より強く見えました」
その言葉に、アーサーは目を細めた。
(見る目がある……この男、戦士としての勘が鋭い)
「あなたはもしかしてこのクランの副隊長さんですか?実力的にもトップクラスのような魔力を感じます」
そう言葉を交わしているうちに、二人は書斎の前にたどり着いた。
ルークは軽くノックし、扉を開ける。
そこには、机に向かって書類を整理しているレオンの姿があった。
「久しぶりだな!無事に帰ってきてなによりだ!」
レオンは立ち上がり、笑顔でアーサーに近づいてくる。
「ありがとう、レオン。こっちは目的を達成したから、最後の戦いに向けて準備をしているところだよ」
「いよいよ、始まるんだな?闇との戦い……」
レオンの声は低く、しかし静かな闘志を秘めていた。
「ああ!間もなくだ。レオンの気持ちを聞かせて欲しい!」
「何言ってる?俺はお前に勝負で負けているんだ。お前のために動く事は何の問題もない。それに現在六人を選抜している。みんなSSSランクとSSランクだ。うちのクランの最強メンバーで構成した」
「おおー!」
アーサーは心の底から感激した。
その眼差しは仲間への信頼と誇りに満ちていた。
「こんな怪しい話を信じてくれるなんて、みんな優しいんだな」
アーサーは涙ぐみながら笑う。
「レオン!本当にありがとう!護衛の任務よろしく頼む」
「ああ!任せろ!死んでも守ってやる!」
二人は強く握手を交わした。
「そう言えば、聖剣アストラギアの調子はどうだい?」
アーサーの問いに、レオンの表情が少し陰る。
「あれはすごい剣だよ。俺にはもったいないくらいだ。だが、一つだけ気になるところがあってな。それは魔力を流し込むスピードが遅く感じてしまうんだ」
「レオン、そんなこと気にしなくていいよー。それは俺も感じていたことだから。だからそう思って今日は新しい武器を持ってきたんだ」
アーサーは袋を肩から下ろし、無造作に中から武器を取り出した。
聖剣オルタリア、聖剣アゼルラ、聖槍セレスティア、聖弓アンエアリング、聖杖ライトスパイア、魔剣シビル、魔剣レグニ、魔槍グングニル、魔杖グリムソーン、弓ノーグル、杖エルド・オブリヴィオン、槌アーク・アナイアレーター──
全てが伝説級の輝きを放ち、空気が震えた。
「これは俺たちの戦利品だから、気にせず使っていいよ!全部伝説級の武器だから、性能は保障する」
レオンの瞳が一瞬で輝いた。
「何だ!この武器は!一生に一度手に入るか入らないかの代物ではないかっ!このお宝、どこで手に入れたんだ?」
「あー、レオンにはまだ言ってなかったけど、うちのクランで東西南北のガーディアン攻略したんだよ。その時の戦利品だ」
「「え?」」
レオンとルークは固まった。
沈黙が流れる。数秒後、レオンが叫んだ。
「な、な、なんだとー!!神殿を攻略したのかっ!?ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない!」
「神殿には原初の闇に関する情報が多く眠っていたから、仕方なく攻略しただけだよ」
「仕方なくで攻略するやつはお前しかいない!」
レオンは大きく笑った。
その場の空気が和んだところで、アーサーは腰の聖剣を抜き、静かに差し出した。
「今度は何だよ?また俺を驚かせる気か?」
「実は聖剣アストラギアで、レオンの力を極限まで引き出せるかどうか見極めてたんだ。大事な仲間だし、全力で戦ってもらいたいからね」
アーサーは一拍置き、穏やかに言葉を重ねた。
「でも今日話を聞いて確信したよ、レオンにアストラギアは合わない」
レオンは俯き、拳を握る。
(俺には……伝説級の剣すら、扱えないのか……)
その時、アーサーが差し出した剣の刃が、光を放った。
「レオン、この剣握ってみて、魔力を流し込んでみてくれないか?」
「ああ、わかった。この剣、借りるぞ」
レオンはエクスカリバーを握りしめ、魔力を流し込む。
瞬間、部屋中が白光に包まれ、風圧で書類が舞い上がった。
「!!!凄い……凄すぎる!!何だこの剣はっ!重さも感じないし、刃に魔力を無限に込められる!」
レオンは子供のように叫び、歓喜に満ちた表情を浮かべた。
「その剣、いいだろ?俺たちの護衛任務を成功させると約束するなら、その聖剣あげるよー!」
アーサーも笑う。
「これは……俺が探し求めていた聖剣そのものだ!約束してやる、絶対にお前たちを原初の闇の前に送り届けることを!」
レオンは真剣な眼差しで言い放った。
「では受け取ってくれ
――我が元愛剣、《聖剣エクスカリバー》を」
その名を聞いた瞬間、空気が震えた。
レオンとルークの目が大きく見開かれる。
「エ、エクスカリバーだって!?」
驚愕の声が響く。
その剣は、かつて王を選ぶと言われた神話級の武器――伝説の中の存在だ。
「そうだ。神々の審判をも切り裂いた刃だ。
大切にしてやってくれ」
アーサーは静かに微笑んだ。
その瞳には、かつて戦場を駆け抜けた者だけが持つ誇りと、少しの寂しさが宿っている。
「そうそう、あと一ヵ月後ぐらいに第一回目の遠征を行うから、そのつもりでお願い!」
アーサーの言葉に、レオンは力強く頷いた。
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