第18話 魔王軍四天王・魔法士団長セスラ・ゼーリス

──魔大陸の中心部から西に行った場所


魔王軍四天王・魔法士団長セスラ・ゼーリスは、一万の軍勢を率い、広大な荒野で闇を迎え撃っていた。

冷たい風が砂を巻き上げ、空気は焼けるように張り詰めている。


魔人騎士 二千人

魔人幽兵 二千人

サイクロプス 二千体

ケルベロス 二千頭

グリフォン 二千翼


彼らは大地を覆うほどの陣を組み、じわじわと前進していた。

号令とともに魔法陣が点灯し、空気が震える。


闇の軍勢が姿を見せた瞬間、セスラは低く命じた。


「全軍、突撃!──闇を斬り裂け」


怒号と共に、無数の武器が光を放つ。

しかし闇は、まるで意思を持つかのように蠢き、黒い霧のように形を変えた。

刹那、霧の中から無数の刃が現れ、音もなく空を切る。


ザシュッ──


五人の魔人幽兵が即死した。血飛沫が風に散る。

その瞬間、魔人騎士が咆哮を上げながら突撃した。


だが奥から、黒い軍勢が姿を現す。

ダークナイト、ダークフェンリル、ダークトロール──その数、数百体。

全身から黒い瘴気を立ち上らせ、眼光は地獄の焔のように赤く光っている。


「右翼・左翼、挟撃陣を展開!正面は魔人騎士、突入!」


セスラの号令と共に、大地が揺れた。

サイクロプス二千体が巨腕を振りかざし、轟音と共に地を踏み砕く。

左翼も呼応し、岩石を投げつける。

正面からは魔人騎士たちが一斉に剣を振り下ろし、光の波が押し寄せた。


だが──


「ガァアアアアアッ!」


ダークナイトが雄叫びを上げた瞬間、世界が歪むほどの衝撃が走る。

その大剣は、振り下ろされるたびに地面を裂き、サイクロプスを易々と両断した。

巨体が崩れ落ち、土煙が天を覆う。


「ダークナイトが……厄介すぎる……!」


セスラは歯を噛み締め、全軍に後退命令を出した。

無線符が光り、号令が伝達される。


全軍が一度距離を取ったのを確認すると、セスラは両手を掲げた。


「全魔力、解放──」


空が震え、黒雲が渦を巻く。

その中心に、巨大な紅の魔法陣が出現した。


第十五階梯魔法

──焔墜裂破インフェルノドライブ


次の瞬間、天が裂けた。

空から炎の壁が降り注ぎ、ダークナイトたちの軍勢を包み込む。赤と黒がぶつかり合い、爆音が連鎖する。


ドオオオオン──!

ゴォオオオッ!


それは単なる爆発ではない。

数万の爆発が同時多発的に連鎖し、地平線をも焼き尽くしていった。

空気そのものが燃え上がる。


悲鳴が轟き、モンスターの群れは次々と崩れ落ちた。

ダークフェンリルが絶叫を上げ、黒煙に飲まれて消える。

ダークトロールの巨体が爆裂と共に吹き飛び、大地をえぐった。


炎が収束した頃には、ほとんどの軍勢が壊滅していた。

だが、まだ──ダークナイトだけは立っていた。

全身が焼け焦げ、鎧が溶けているというのに、その瞳はまだ赤く光っている。


「まだ……動くか」


セスラは小さく吐息を漏らした。

だが魔人騎士たちは、迷うことなく突撃した。

燃える空の下、剣と剣が激突する。


鋼と闇がぶつかり合い、閃光が散った。

やがて最後の一体が崩れ落ち、地を震わせて沈黙した。


闇の軍勢を討ち果たした魔王軍は、再び前進を始めた。


しかし進めば進むほど、空気は重く、暗く、圧し掛かるような闇が深まっていく。


セスラは感じ取った。

前方、さらに強い“闇の波動”。


「……来る!」


再び、黒き巨影が現れた。

およそ五百体のダークナイト。

絶望的な光景が広がる。


「こいつら、倒しても倒しても尽きないのか……!」


兵たちの間に緊張が走る。

大地を踏みしめるたび、振動が足元から伝わってくる。

厚い鎧に覆われた巨体。大剣を握る腕は太く、揺れるたびに鎧が鳴った。

一体の一振りで、地が割れ、土が吹き上がる。


セスラは眼を閉じ、精神を集中させた。

全魔力を練り上げ、呪文を唱える。


第十五階梯魔法

──地殻崩壊テラルイン


ダークナイトたちの足元に巨大な魔法陣が展開される。

瞬間、大地が唸りを上げた。


ズズズズズン……!


地面が割れ、亀裂が蜘蛛の巣のように走る。

轟音とともに大地が崩落し、ダークナイトたちはその裂け目に吸い込まれていく。

岩の破片が弾け飛び、地鳴りが止まらない。


セスラの額には冷や汗が伝う。

それでも魔力の供給を止めない。


地割れがさらに拡大し、飲み込まれたダークナイトたちは、岩石に押し潰されながら呻き声を上げる。

それでもなお、立ち上がろうとする個体もいた。


「まだ……足りない!」


セスラはさらに魔力を注ぎ込んだ。

全身が震え、胸が焼けるように痛む。

──吐血。

そして鼻血が滴り落ちる。


それでも、止まらない。


地鳴りが最高潮に達し、最後の一体が岩に押し潰された瞬間──

大地の振動が止んだ。


セスラはその場に片膝をつく。

「ゴホッ……ゴホッ……」

血を拭い、震える手を握りしめた。


「全軍……突撃!」


その号令と共に、魔王軍は雄叫びを上げた。

壊滅寸前のダークナイトに突撃し、完全に討ち滅ぼす。

黒い鎧が次々と砕け、灰になって散っていった。


戦場が静寂を取り戻した時、セスラは深く息を吐いた。

焦げた大地の匂いが鼻を刺す。

それでも、勝利の手応えは確かだった。


セスラは戦況に満足し、少し休息を取ることにした。魔力を回復させるためだ。


「あの面白い人たち、今何してるのかな?また出会える日が楽しみだよ」


彼女は疲れた笑みを浮かべ、黒煙の空を見上げた。


――――


ヴァルスレイの次なる標的は、南方にある新殿だった。

その距離、およそ三千キロ。

これまでの旅の中でも最長の遠征となる。


五人は十分な支度を整え、宿の前に並び立つ。

風が旗をはためかせ、空はどこまでも澄んでいた。

アーサーが一歩前に出て、仲間たちを見回す。


「今回は、一番長い旅になる。だけど──やることは一つだ。

“強くなること”。それだけだ!」


アーサーの言葉に、皆が静かにうなずく。

その瞳には、迷いも不安もない。

彼らは決意を胸に、帝国ミゼリアを後にした。


──長い旅路が始まる。


風が砂を巻き上げ、太陽が容赦なく照りつける。

地平線の向こうに、南の大地がぼんやりと霞んで見えた。


少し歩いたところで、ゼノが隣を歩くリナに話しかけた。


「北の魔導師ガーディアンの胸を貫いた、あの魔法……。

あれは、魔力自体を飛ばす魔法だったな?」


ゼノの声には確信と好奇が混ざっていた。

リナは少し笑みを浮かべ、頷く。


「そうなんです。

あれは魔力を絞り、圧縮し、さらに回転を加えて尖らせた“魔力弾”ですよ」


「ふむ……ならば、その“魔力”を金属や石に変えてみろ。

魔力は半分、威力は倍以上になるはずだ」


ゼノの瞳が鋭く光る。

戦場を渡ってきた者にしか出せない、重みのある声だった。


リナはしばらく空を見上げ、考え込む。

頭の中に、魔力の流れと構造式が浮かぶ。


──金属を尖らせた形状に変形……理にかなっている。

地中から素材を引き上げ、魔力で加工すれば、

魔力消費を抑えながら攻撃力を底上げできる。

だが、問題は制御の繊細さだ。


「ゼノさん……ありがとうございます。

これからの課題に、させてもらいますね」


「うむ。がんばれ。お前ならできる」


リナは微笑み、再び歩き出した。

その背に、ゼノの視線が静かに注がれる。

戦場で戦う者同士の、言葉を超えた信頼がそこにはあった。


一方そのころ、アーサーはイーライと話していた。


「神聖魔法の“禁術”って……正直、想像もつかないんだけど、

イーライはどんな魔法だと思う?」


イーライは肩をすくめ、笑みを浮かべた。


「まだ全部は解読できてないけどね。

“光と白い炎”の爆発の魔法があるみたい。

でも古代文字だから、覚えるのがめっちゃ大変なんだよ~」


マキヤがすぐさま口を挟む。


「イーライ君、古代文字って、どこまで覚えたの?」


「うーん……まだ半分くらい」


イーライは苦笑しながら視線を落とした。

マキヤは呆れたようにため息をつく。


「半分で落ち込むなって。充分早いでしょ、それ」


イーライは照れ笑いを浮かべる。


「リナねーちゃんの教え方がうまいからね!」


その言葉にリナは顔を赤くし、照れた顔になった。

するとアーサーがみんなに話しだした。


「そうそう、みんなに伝えておきたいことがあるんだけど──

うちのクラン《ヴァルスレイ》と、SSSクラン《ゼウスロア》が同盟を結ぶことになった!」


その名を聞いた瞬間、マキヤの思考が一気に動き出す。


(SSSクラン──蒼雷牙ゼウスロア

リーダーはレオン・アークライト。

異名は“絶閃王”。

勇者すら凌ぐ剣速を持つ男。

誰とも組まない孤高の存在。

信じた者は命を懸けて守り抜くという、義の人……!)


「ゼウスロアには、どう動いてもらうつもりなの?」


マキヤの問いに、アーサーは力強く頷く。

その表情は、迷いなく、決意に満ちていた。


「俺たちヴァルスレイの護衛の任務だ。

──原初の闇まで、依頼した」


マキヤは目を細め、息をわずかに吐き出した。

その顔には驚きよりも、深い理解とわずかな笑みが浮かぶ。

まるで「やっぱり、そこまで考えてたか」と言わんばかりに。


「……ふふ、さすがアーサー。

けど、それなら──補給はどうするの?

闇のモンスターなんて、さすがに食べられないでしょ?」


アーサーは微笑を浮かべ、拳を握った。


「それについても──すでに策がある。」


アーサーは陽光を受けた金髪をなびかせながら言った。

その瞳には確かな決意が宿っている。


「魔王軍四天王、魔法士団長セスラ・ゼーリスに頼むつもりだ。

俺たちは前線を押し上げ、代わりに補給を任せる。

セスラなら、転送魔法で長距離の物資供給も可能だ。」


風が草原を渡り、仲間たちのマントを揺らす。

アーサーの声が、その音を切り裂くように響いた。


「なるほど……!

それなら体力を温存しながら進軍できる。

やるじゃん、アーサー!」


マキヤは満足げに笑い、アーサーは静かに頷いた。


「アーサー、その同盟、よくまとめてくれた。

陰キャの我では到底できぬことだ。

だが──強さはわかっておるのか?」


「レオンとは手合わせしてる。勇者クラスの力はあると思う。だから、十分に頼れるよ。

それに──聖剣アストラギアも、彼に託した」


その瞬間、仲間たちの表情が変わった。

アーサーの決断が、いかに大きな覚悟を伴っているかを理解したのだ。


ゼノは静かに笑い、アーサーの肩を叩いた。


「ならば、我らは進むだけだな」


南方へ進む途中、五人は王国ルゼルへ立ち寄った。

神殿へ行く前に、長旅で痛んだ装備を整えるためだ。


ルゼルは山脈の裾野に築かれた城塞都市。

冷たい風が絶えず吹き、街全体が氷のように白く輝いていた。


宿屋に入ると、炉の温もりが身体を包む。

五人は久しぶりに温かい食事を取り、心から安堵した。

グリル肉の香ばしい匂いが広がり、マキヤの表情が和らぐ。

イーライは甘い葡萄酒を飲みながら、古代書の続きをめくっている。


静かな夜。

それぞれが次の戦いへ思いを馳せていた。


――――


翌日、五人は旅の準備を終え、南のガーディアンの神殿に行くことにした。


各自、戦闘の準備を整える。


アーサーは少し離れた場所で、装備を手にしながら思案していた。

また未知の敵が現れるのだろうか?

そして、自分たちはそれに太刀打ちできるのか?


だが、ヴァルスレイの戦力は、北のガーディアンを討伐した時よりもはるかに上がっている。

新しい武器も手に入れ、仲間の連携も格段に強くなった。


──負ける理由は、ない。


アーサーは自信を宿した笑みを浮かべ、出発の支度に取りかかった。


王国ルゼルから南の神殿までは、およそ六百キロ。

長い道のりだが、五人は歩きながら他愛もない話を交わしていた。


アーサーがゼノに声をかける。


「魔大陸での補給についてだけど……。

魔王軍四天王、セスラ・ゼーリスに頼む話はしたと思う。

けど、もし最悪のケースになったら、ゼノの力を借りることになるかもしれない」


「ほう、それはどんなことだ?」


「セスラは軍を動かすには、魔王の許可が必要になるはずだ。

運良く通ればいいが、問題は──許可が下りなかった場合だ」


アーサーの目が鋭くなる。

その表情に、ゼノは静かに頷いた。


「ふむ、つまり我に“魔王城へ行って交渉してこい”と言いたいわけだな?」


「さすがゼノ、話が早い。その通りだ。

この大役は──魔王ゼギオンにしか頼めない」


「ふっ……いいだろう。

その程度、屈服させてでも言うことを聞かせてやる」


ゼノの目が一瞬、鋭く光を放つ。

アーサーは背筋に冷たい汗を流した。


(いや……屈服させなくていいんだけどな……)


一方その頃、マキヤ、リナ、イーライの三人は、魔道具の話で盛り上がっていた。

「旅で使える便利な道具、なにかないかな」

「戦闘支援系とか、防御魔法の補助道具とか!」

「ついでにお菓子が出てくる魔道具も欲しい!」

そんな他愛もない会話をしながら、彼女たちは笑い合っていた。


旅はいつも通り順調に進む。

このクランに関して言えば──“トラブルすら日常”だ。

特訓と移動を繰り返し、二週間。

ようやくヴァルスレイは、南の神殿へとたどり着いた。


神殿は、静寂の中に威圧的な気配を放っていた。

まるで“入る者を拒む”かのような圧。

それはまさしく、死を想起させるほどの絶望的な気配だった。


「みんなの意思疎通が頭の中でできるスキルができたんだけど、試してみていい?」


アーサーの提案に、全員が頷いた。


「ありがとう!絶対役立つと思うから。じゃあ──始めるね!」


──スキル《マインドリンク》


『あーあー、聞こえる?アーサーだよ!』


『えっ!?頭の中で声が……!?』

リナが驚いている。


『わ、これすごい!瞬時に指示出せるじゃん!』

マキヤは興奮気味だ。


『スキルというものは、つくづく便利だな……』

ゼノが感心したように呟く。


『内緒話できなくなったね〜』

イーライは相変わらずマイペースであった。

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