第10話 決着

彼女はさらに続けざまに無詠唱で魔法を放つ。

声には緊張と集中が混ざり、どこか震えるような響きがあった。


「第十階梯魔法──《ギガフレア》!」


炎の奔流が球体を襲い、灼熱の竜が咆哮するかのように周囲に熱の渦を巻き起こす。炎の光は壁や天井に反射し、鋭い光の破片が空間中に飛び散った。


アーサーたちは瞬間的に目を細め、まぶしさと熱の刺激に耐えながら剣を握りしめる。


「あともう一発!」


リナの声は震えることなく、強い決意を伴って響き渡る。その直後、冷気の詠唱が重なり、空気が凍りつくように張り詰める。床や石畳の隙間から霜が広がり、熱と冷気の衝突で空気が振動する。


「第十階梯魔法──絶対零度アブソリュート・ゼロ!」


凄まじい爆発が二度、立て続けに起こる。熱と冷気が同時に炸裂し、空間全体が轟音とともに震動する。床や壁は微かに亀裂を走らせ、空気そのものが押し潰されるような圧迫感に満ちる。


炎と氷がぶつかり合い、光と影が渦を巻き、球体の周囲には光と熱、冷気が渦巻く嵐のような気流が形成される。


直後、全てが静まり返ったかと思うと、今度は神殿、炎、球体そのものが氷に閉ざされ、白銀の光の中に押し込められていく。


だが、安堵は一瞬だった。

アーサーとゼノは警戒を解かず、凝視を続ける。


やがて、氷に亀裂が走り、砕け散った。


「第十階梯魔法が通じないのがよくわかった。であれば斬るしかあるまい」


ゼノが低く呟く。


「第十階梯以上の魔法は、多分神殿が持たないからね」


アーサーは視線を逸らさない。


ゼノは腰に差していた剣に魔力を注ぎ込んだ。

それは普通の剣ではなく、大量に魔力を吸収し、その魔力を刃に込めることができる。


吸収された魔力が凝縮され、刀身は凄まじい切れ味を宿す。

そしてゼノはさらに踏み込む。


「恐らく、この剣なら耐えてくれるだろう」


彼はそう言い放つと、第十二階梯魔法を剣に宿らせた。

刃が共鳴するように震え、神殿全体に凄烈な風が吹き荒れる。


衝撃で氷が崩れ落ち、球体が再び姿を現す。

それは再び高速で回転を始めた。


ゼノは一歩前に出ると、腰を低く落とし、剣を構えた。

次の瞬間、光そのものの速さで剣を振り抜く。


斬撃は確かに球体を捉えたが、傷は浅い。


球体は怒りを顕にし、瞬時に長方形へと変形し、レーザー砲を発射する。


これにはアーサーが反応した。

迫り来る光を、彼は剣で数千、数万回と切り刻み、消し去っていく。


球体はさらに形を変える。

今度は星形へ。

しかも、そのたびに傷は深く刻まれていくようだった。


星形の前面から強烈な光が収束し、放たれる。


避け切れぬ――そう思った瞬間、ゼノの《タナトス・ワールド》が全員を覆った。


星型のレーザーは弾かれ、逆に天井を穿ち、巨大な穴を開ける。


その隙を見逃さず、イーライが一気に前へ飛び出した。


「いっくよー!」


ウォーハンマーを力強く振り上げ、球体の傷口めがけて叩きつける。

一撃ごとに振動が周囲の空間を震わせ、石畳を叩く音はまるで雷鳴のように響き渡った。


「行くぞ!もう一発だ!」


イーライは立て続けに振るい、何度も、何度も、怒涛の勢いで聖なるウォーハンマーを振り下ろす。


衝撃は空気を切り裂き、打ち込むたびに光の閃光と熱が迸る。衝撃波が壁や天井に反射し、周囲に光と影の渦を作り出す。


まるで嵐の中で巨岩を打ち続ける戦士のように、イーライは止まらず攻撃を叩き込み続けた。

星形の球体は叩かれるたびに微かに揺れ、表面に亀裂が走る。


だが、形を保ち続けるその硬さに、圧倒的な存在感を感じずにはいられなかった。


堪らず、球体は空高く舞い上がり、光を強烈に放つ。

光は周囲を白く染め、まばゆい閃光が天井に反射して空間全体を輝かせる。

その輝きの中で球体はゆっくり形を変え、鋭利な角と力強い肢を持つ人型へと姿を変えていった。


イーライは息を切らしながらも、立ち止まることなく次の攻撃を構え、仲間たちを警戒しつつ、人型の動きを見極めようと全神経を集中させる。


その人型は、ゆっくりと地へと降りてきた。


「今度は人型になったぞ!鎧付きで剣も持っているみたいだ」


アーサーは剣を握りしめ、警戒を強める。傷も完璧に修復されているようで、敵の頑丈さに内心、舌を巻いた。


歩きながら人型はゆっくり横に一回転した。

すると、人型の周囲から、白い斬撃が全方面に放たれる!

その攻撃速度は、常軌を逸しており、四人が魔法防御壁を展開する前に迫ってくる。


アーサーはこれを剣で切り崩し、ゼノはタイミングを見計らい、寸前で交わす。

イーライはホーリーアーマーに魔力を込め、防御力を上げ白い斬撃を防ぎきる。

リナは…魔法防御壁百枚で余裕そうだった。


ゼノは目を細め、冷静に観察する。


(このまま四人で倒してよいものか…いや、我が相手をすべきだろう。元魔王として、複数人で一人をボコるのは性に合わぬ。相手は剣士だ、ならば……我が挑むのが自然であろう)


ゼノは静かに前へ歩み出し、仲間たちへと視線を送った。

その眼差しには、揺るぎない覚悟と自信が宿っている。


「この人型の相手は我だけで充分だ。みんなはゆっくり休んでてくれ」


淡々とした声に、どこか圧倒的な力を感じさせる響きがあった。

仲間たちは一瞬、息を呑む。


「やっぱり作戦通りにはいかないなぁ」


リナは肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら小さくつぶやいた。

その声には不安と、それでもゼノを信じる気持ちが入り混じっている。


「お茶でも飲もうか?」


アーサーは笑いながら軽く剣を肩に担ぎ、緊張を和らげるように言った。


人型は静かに地面に降り、ゆっくりとゼノに近づいてくる。まさに古代のガーディアンと呼ばれるにふさわしい威圧感。見たこともない素材の鎧を纏い、未曾有の攻撃を仕掛けてくる気配があった。


ゼノは剣を握り直し、さっきの攻撃と同じく極限まで魔力を剣に込め、第十二階梯魔法を宿らせた。


すると、人型は突如として猛烈な速度で動き出した。まるで風のように縦横無尽に走り回り、ゼノの視界では敵の姿を追うことすらできない。


刃の残像が空間に幾重にも重なり、周囲の空気が振動するほどの轟音が戦場に響いた。


ゼノは体を微かに跳ねさせ、次の攻撃に備えるも、敵の軌道は予測不能で、目まぐるしい動きに全神経を集中させるしかなかった。


「くっ…早い!」


剣撃がゼノ目掛けて飛ぶ。ゼノは咄嗟に魔力を練り込み、弾き返す。

しかし、人型の速度は尋常ではない。どこから攻撃が来るのか予測がつかない。


怒涛のように襲いかかる剣閃を、ゼノは神業のような反応速度で受け流していく。

刃が弾け火花が舞う。だが完璧ではない。

五度の斬撃が彼の身を裂いた。


だが――ゼノの足元には、音もなく影がにじみ、静かに周辺を侵食し始めていた。


その影はただの暗がりではない。

魔力を緻密に編み込み、見えぬ糸のように張り巡らされた魔力の罠――

人型の動きを封じるために仕組まれた、静かなる拘束陣だった。


その作戦は見事に成功した。

まるで捕食者の罠にかかった獲物のように、人型はゼノの影に足を取られ、瞬間のうちに自由な動きを封じられ、激しい剣撃を繰り出す余力も奪われてしまった。


ゼノは目の前の状況を冷静に見据えながら剣に宿した魔力を一気に解放する。


剣から放たれる圧倒的な魔力が、渾身の力とともに空間を震わせ、敵の足元から頭上まで全てを押し包む。その瞬間、剣と魔力の融合によって生まれた力は、まさに天地を切り裂くような威力を帯びる。


剣魔一殺──《ワールド・ブレイク》!


剣と剣がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が空間を揺るがせる。金属同士の軋む音と、衝撃で飛び散る火花が周囲を白く染める。しかし人型はその剣撃を完璧に防ぎ切る。


ゼノは額に汗をにじませながらも、全身の筋肉を緊張させ、剣を押し込み続ける。空気が震え、周囲の埃や細かな破片さえも弾き飛ばされる。


人型も両手で剣を握り、まるで鋼の壁のように同じ力で押し返してくる。


押し合いが続くたび、ゼノの心拍は速まり、周囲の影がゆっくりとざわめき始める。


ゼノは、一瞬の隙を逃さず、後ろに一歩飛び引き、影を自分の周囲に集めた。影が蠢き、まるで生き物のように形を変え、周辺を覆い尽くしていく。


剣を影に沈める──《ブラック・スライド》。


刹那、人型の影から無数の刃が飛び出し、下方から上方に人型に襲いかかる。刃は無尽蔵に生成され、回避不能の攻撃となった。人型は攻撃体制に入れず、ただ防御に専念せざるを得ない。


ゼノは人型を観察し、攻撃の隙を伺う。


「頃合だ」


再び影から剣を取り出し、両手で顔の横に構えた。突きの型である。


影からの無数の刃が止み、人型は体勢を立て直す。


(今しかないな…)


ゼノは剣先に魔力を集中させ、極限まで圧縮する。自然からも魔力を取り込み、圧縮した魔力を回転させる。最初はゆっくりだったが徐々に加速し、最後は超高速で剣先の魔力が超回転した。


「この絶大な圧縮魔力と超高速回転、そして第十二階梯魔法で奴を貫く」


ゼノは全ての魔力を解放し、神速の突きを放つ。


剣魔一殺 ──天断一閃!《ヘヴンスマイト》


一瞬でゼノの剣が人型の胸を貫いた!

だが、それでも人型は止まらない。まるで命令だけで動く人形のように、ぎこちなくも剣を振り上げた。


ゼノはすぐに体勢を整え、狙いを右肩の結合部に定める。


「──はあっ!」


鋭い一撃が鎧を叩きつける。だが、分厚い装甲がそれを受け止め、刃は深くは通らなかった。


反撃の剣が迫る。

ゼノは一歩、軽やかに後退し、相手の剣筋をいなすように受け流した。


「この勝負、我の勝ちだな。後は詰将棋のようなものだ」


再び剣が交錯する。何度か斬撃は当たるが、決定的なダメージには至らない。それはこちらも同じで、ゼノは何度も斬撃をくらう。それでもゼノは、人型の攻撃を捌きつつ、攻撃の隙を狙い続ける。


しかし、人型の剣がついにゼノの左肩を貫いた!

瞬間、ゼノは黒い霧となり姿を消す!そして、次の瞬間には人型の背後に回り込み、魔法を放つ態勢を取っていた。


「人型よ、流石の主でも、胸に開いた穴に魔法をぶち込めば、ただじゃ済まないはずだ!」


ゼノは人型の胸の穴に向けて、渾身の魔法を解き放つ。


第十二階梯魔法──《テラフレア》


爆炎が轟音と共に炸裂し、神殿内部の空気を震わせる。光の熱が壁や床を焼き、軋む音が鳴り響いた。


衝撃と熱気が押し寄せ、敵も味方も一瞬にして緊張の極みに追い込まれる。


――――


次第に煙がはれてくる。


すると人型は上半身が爆散しており、下半身だけで立っていた。だが、既に戦える状況では無いようだ。その姿には、戦いの激しさが刻まれており、地面には無数の傷と、砕け散った剣の欠片が散らばっている。


「勝負ありだな、ガーディアンよ」


笑いながらゼノは言った。その瞳には勝利の余裕と、自信が光っていた。長い戦いの末に得た、この静かな達成感。彼の剣の軌跡と魔力の奔流が、この戦場を完全に支配していた。


ガーディアンは微動だにせず、白い光に包まれだした。その光は次第に膨張し、周囲を柔らかく照らしながら、神秘的な輝きを放つ。そして、光の中でパッと散った。


「やったな!ゼノ!おいしいところ持っていきやがって!」


アーサーが戦場の埃を払いつつ、笑顔で駆け寄ってきた。彼の声には仲間への信頼と、戦いを楽しむ喜びが滲んでいる。


「やっぱり、ゼノ、強い!憧れちゃう!」


イーライははしゃぎながら言った。彼の目は輝き、全身から溢れる好奇心と闘志が、まだ戦い足りないという熱を物語っていた。


リナはと言うと……落ち込んでいた。小さく肩を落とし、両手を握りしめている。今回のバトルで、三発しか魔法を打てなかった自分の力不足に、胸の奥がざわついていた。


アーサーは落ち込んだリナに向かって歩み寄る。


「なに悲しそうな顔をしてるんだ?」


「今回のバトル全然役に立てなかったのが悔しくて…」


リナの声は震えていた。その瞳には、悔しさと無力感が混ざり合い、輝きを失いかけていた。


アーサーはにこやかにリナを励ます。


「インフィニティ・プロテクションを百枚重ね掛けした上で、第十階梯魔法を三発連続で放てる魔導師は、勇者パーティーにもいないぞ!

だからもっと自信を持っていいと思うよ」


リナはその言葉を聞いて、思わず涙が頬を伝った。胸の奥に長く沈んでいた孤独が、優しい光に溶かされていくようだった。

人から優しくされること、励まされることがなかった彼女の人生に、初めて暖かさが染み込んだ瞬間だった。


その光景を見て、ゼノも少し笑みを浮かべる。戦場の緊張が解け、仲間たちの安堵の表情が、彼の胸にも穏やかな喜びをもたらしていた。


「ふむ、これで次の戦いも少しは面白くなるな」


アーサーはリナの肩に軽く手を置き、仲間としての一体感を伝える。その手の温もりに、リナは少し心が軽くなるのを感じた。


「次はもっと一緒に戦えるぞ。リナの力があれば、誰も敵わない」


リナは微笑み、涙を拭いながら力強く頷いた。胸の奥に、仲間と共に戦う未来への確かな希望が、じわじわと広がっていく。


これから先、どんな戦いが待っていようとも、彼女は仲間と共に立ち向かう。恐怖や不安もあるだろうが、それ以上に互いを信じ合う心が、確かな支えとなる。心の奥で、確かに湧き上がる希望を感じながら。

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