温度

佐原マカ

温度

 祖父が死んだのは、寒い日だった。病室の蛍光灯は、暗いのに白々しく光っていた。忘れられないのは、その光の下で触れた祖父の手の冷たさだ。その手に触れ、幼い私は戸惑った。皮膚の奥まで冷気が染みこんで、思わず息を呑んだ。ただ、どうすればいいのか分からず、立ち尽くすしかなかった。


 病室には親戚たちがあふれていて、みんなが涙を流していた。私は理由も分からぬまま、その涙に合わせるように泣いていた。


 あれから何年も経った。祖父の葬儀の光景も、あの病室の匂いも、だんだんと薄れていった。けれど、「手の冷たさ」だけは、どうしても忘れられなかった。朝、洗面所で水を出したときや、凍えた風に触れたとき、ふいにあの感触が指先によみがえる。


 数日前、母が倒れた。幸い命に別状はなかったが、検査のために入院することになった。白い病室。あの頃よりも少し眩しい蛍光灯。


 ベッドの脇に立つと、母は眠っていた。呼吸の音は小さく、点滴の滴る音だけが、部屋の静けさに溶けていく。私は母の手へと伸ばしかけた、その手を途中で止めた。その先にあるのが「温もり」なのか「冷たさ」なのか、確かめたくなかった。


 少しの間、息をひそめて見つめる。胸が静かに上下しているのを確認してから、ようやく指先を重ねた。体温は確かにあったのに、どこか心許なかった。

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温度 佐原マカ @maka90402

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