第20話 犯罪奴隷、偏見はある

「悪口です。劣情というのは向けるべきでない相手に対し、組み伏せたい。踏み潰したい。貶めたい。虐めたいと思い、その感情に任せた行動に喜悦を感じる感情。でしょうか?」


 少なくとも私の理解はそう。


「悪口」


 お嬢さまがぽつんと繰り返す。

 後ろにいる元凶たちは居心地悪そうに身じろぎしている。

 後悔するようなことを気軽に口にのせるからです。


「ん。そっか。知らない相手なら責任かぶせちゃっても大丈夫だもんね。悪いのはわたしじゃない誰か。ごめんね。わたし、まだ小さいから危なくないようにりょーしゅ様が決めてくださってるの。それに。迷宮からは『お水』に関する魔道具や魔法が出るでしょう? おにーさんたちが強いからりょーしゅ様は頼っちゃってるって言ってた」


 だから、後回しになっていた。

 辺境伯様は迷宮を見捨てていなかったと感動と罪悪感で惑う冒険者連中はちょろ過ぎではないでしょうか?

 あと、お嬢さま、悪口や悪評をたてられているのは実害がありますよ。辺境伯様は自業自得でもお嬢さまは被害者ですよ。被害者。

 あ。


「お嬢さま」


「なぁに? メイリーン」


 水で流された岩陰からぴょこりと頭を出す翅トカゲを風の魔法で翅を切り裂きながらお嬢さまの前に落とす。ちゃんと爪も落としたし、噛みつけることができないように筋も切った。


「さぁ、どうぞ」


 経験値はトドメを刺した者が受け取る。


「メイリーン、わたしもうレベル十四なの。たぶん一階層の魔物だって変異種じゃなきゃ狩れるはずだし、回復薬だって持ってるんだからね?」


 ぶつぶつ不満をこぼしながらお嬢さまが翅トカゲを棒で殴る。「動きの稽古にならない」とぼやくお嬢さまはやはりレベルは上がらない様子で不貞腐れている。安全第一にまいりましょう。


「お嬢さま、将来的に彼らはお得意様になれる要素がありませんよ?」


 なにしろ弱い。

 現在のところ見習い組はお嬢さまより年上でお嬢さまよりレベルが低い。

 レベルは年齢より十低いと伸びが悪くなるという噂がある。そこまでではないとはいえ、彼らはそうなる可能性が高い世代だ。

 三日で三レベルをあげようものならレベルは上がっても能力が伴わないままに成長できる。

実力がレベルの数字と伴わないのであれば、稼げないわけで。『くじ引き屋さん』はおそらくたぶん遊興施設に近い気がしているので、彼らには縁遠い店ではないかと。


「え。そうなの? 冒険者って魔物を狩ったり、街の人たちのお役にたつように働いているんでしょ? だから、その分、報酬もいいってママが言ってたよ?」


 お嬢さまが『わたし物知りでしょう』と得意げで可愛らしい。

 奥様は冒険者も兼任していたような踊り子。冒険者というか市井を生きる者としては成功者の分類で。

 今目の前にいる彼らとは違うことが明らか。お嬢さまだってわかっているだろうに『冒険者』だから一緒であるという枠に嵌めていると主張して見せるのはわかりやすさを考えてだろうか?


「普通の状態ならな。変異種ばかりの迷宮は危険度が高いし、装備の破損も増える。稼いでも必要な換金物が入らないと赤字ギリギリだな。水代が最近高いし」


「え。十年後お店の常連さんになれないの!?」


 苦笑いと共に現状を教えてくれる冒険者にお嬢さまが大げさ気味に驚いて見せる。うん。ちょっとワザとらしい。


「えっとさ、なにを扱うの?」


 おずおずと声をかけてくる見習いの少年。他の少年たちは翅トカゲを見つけて攻撃したり、隠れている変異種を熟練組に報告したりしている。


「『運』よ」


 え?

 運なんですか?


 ジェフも含めて視線が一瞬だけお嬢さまに集まった。


「『運』なんて売れないと思うけど?」


「んー。『運試し』みたいなお店をしたいの。翅トカゲの魔核なら相場はいくらくらいになるの?」


 翅トカゲの魔核だと変動はあれどだいたいは銅貨二枚というところだ。


「銅貨二枚かな」


「銅貨十枚で翅トカゲの魔核一個とか普通なら怒るよね」


「怒るね。販売価格銅貨五枚とかは理解できるけど十枚は高すぎるよ」


「だよね」


 お嬢さまはにこにこと納得を示す。


「でもね。わたしがしたいのは直接『物』を売るんじゃないの。運なの。銅貨十枚で翅トカゲの魔核かもしれない。石鹸の欠片かもしれない」


「魔核よりマシだけど、石鹸は銅貨五枚がいいとこだろ?」


「でも、マシでしょ。そしておにーさん口あけてー」


 え?

 お嬢さま?


「は?」


 ぽいっと放り込まれる小さな黒い塊。

 セバスチャンがそれひとつに金貨一枚だろうが五枚だろうが惜しくないと言い切った『チョコレィト』異世界からの勇者や救い主が求めることの多い甘味。


「魔力を感じない食品? 苦っ……え? なに? 口ん中でドロって? え? 甘い……?」


「コレ、セバスチャンさんに差し出せば金貨一枚で買ってくれると思う。好きみたいだから」


「え? じゃあ直接セバスチャンさんに売ればいいのでは? セバスチャンさん? え。勇者サットー!?」


 混乱する見習い冒険者。魔力を観る目を持っている様子。


「つまんないもん。二枚一組のカードを百組くらいつくってね。銅貨十枚で一枚選んでもらってカードに対応する商品を引き渡すゲームよ。つまり、引いたカードによって銅貨十枚は銅貨二枚以下の価値にも金貨一枚相当の価値にもなるの。運試しなくじ引きね!」


「この苦甘いの百組中にいくつ入れるの?」


「ひとつかふたつかな。どういう運営していくかはまだまだなんだけどね。今はねー、商品集めてもいるのー。兎の足とか。アシッドマイマイの外殻からつくったボタンとか。おにーさんたちならなにが出てきたら嬉しい?」


「あっちで無双してるにーさんが振り回している棒」


 確か物干し竿だったかしら?

 熟練組も「あー、あれ頑丈そうでいいよな」とか言っているわね。でも、あれも魔力が含まれていないから魔力を馴染ませるとこからはじめなきゃいけないのよね。


 道の中央がぐっしょりと濡れ、薄い水路のように緩い流れが見える。砂も減った。道の両端は乾いていて歩いても濡れはしない。

 地面のひび割れの下をより多めの水が流れている。

 帰ったら武器のくじ引きは銀貨十枚からにしましょうねと提案しようと思います。

 迷宮管理局の出口に戻れば少女と少年がいて。


「クロエ! ナッツくん!」


 お嬢さまが二人に飛び付くという可愛らしさを披露でしたよ。


「美少女だ」


「ク、クロエ、さん……」

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