追放された最弱従者、実は古代魔法の正統継承者でした ~役立たずをクビにしたら王女様に逆プロポーズされて即最強パーティ結成!?~

妙原奇天/KITEN Myohara

第一話 「最弱従者、追放宣告」

 ――その日、僕は勇者パーティを追放された。


「カイン、お前は足手まといだ」


 石造りの広間に、冷たい声が響いた。

 告げたのは、この国が誇る若き勇者ジーク。

 彼の青い瞳には、仲間を切り捨てるための迷いなど欠片もなかった。


「待ってください! カインは荷物持ちだけじゃなく、戦場で私たちを――」

「黙れ、エリナ」


 制したのは聖女の反論を許さぬ勇者の一言。

 僕の胸に冷水を浴びせかけるような沈黙が広がる。


 そう、僕の役割は“従者”。

 剣も魔法も使えない無能と呼ばれてきた。唯一のスキル〈魔力記録〉も、戦闘には役立たないと決めつけられ、誰も価値を理解しようとしなかった。


「いいか? これからは魔王討伐の最終局面だ。無能を連れていく余裕はない」

「…………」

「追放だ、カイン。二度と俺たちの前に姿を見せるな」


 そう言われた瞬間、広間の空気が一層重くなる。

 パーティ仲間たちの目は、冷笑と憐れみに満ちていた。


「……分かりました」


 反論する言葉は出てこなかった。

 ただ、胸の奥で小さな炎が揺らめいているのを感じる。


 僕は荷物をまとめ、ギルドから背を向ける。

 その背中に「やっと厄介払いができたな」という嘲笑が降り注いだ。


◆◆◆


 外に出れば、夜風が冷たかった。

 石畳を歩きながら、僕は拳を握りしめる。


 ――本当に、僕は無能なのか?


 いや、違う。

 〈魔力記録〉は、ただの記録スキルじゃない。

 “魔力の軌跡”を写し取り、再現できる唯一の力。


 千年前、世界を救った大賢者が残した血の証。

 それが僕の血脈に宿っていることを、まだ誰も知らない。


 だからいい。追放されたなら、証明してやる。

 僕が“足手まとい”なんかじゃないことを。


 その決意を固めた矢先だった。


「……あなたが、カイン?」


 月明かりの下、フードを外した女性が立っていた。

 長い金髪、宝石のような瞳。

 王都の誰もが知る人物――王女リディア殿下だった。


「えっ……王女様!?」


 まさかの人物に、僕は目を見開いた。


 彼女は一歩、二歩と近づき、迷いのない瞳で僕を見据える。

 そして、衝撃的な言葉を口にした。


「あなたを……私の従者にしてください」


 その声は、夜風に揺れながらも、確かな熱を帯びていた。


「……私の、従者に?」


 あまりに予想外の言葉に、僕は息を呑んだ。

 王女殿下が、わざわざこんな夜更けに、追放された無能従者に声をかける理由があるのか。


「あなたが“無能”だという評判は知っています。でも……私は違うと思う」

「なぜ、そんなことを?」

「――私には見えるのです。あなたの中に眠る“魔力の軌跡”が」


 リディアの瞳が月光を宿し、淡い光を帯びた。

 王家に代々伝わる“魔眼”。魔力の流れを見通す力だと噂には聞いたことがある。

 その魔眼が、僕のスキル〈魔力記録〉の本質を捉えていたのだ。


「千年前、大賢者アルトリウスは“記録”によってすべての魔法を再現したと伝わっています。その血を継ぐ者が、今ここにいる」

「……っ!」


 僕の心臓が跳ねた。

 誰にも知られてはいけない秘密を、王女は一目で見抜いたのだ。


「カイン。勇者パーティはあなたを切り捨てました。でも……私はあなたを必要とします。だから――」


 リディアは深く息を吸い込み、ためらいなく言い放った。


「私の従者として、そして……私の伴侶となってください」


 まさかの“逆プロポーズ”。

 思考が止まり、声が出ない。


「ま、待ってください王女殿下! いくらなんでも急すぎます!」

「ふふ、顔が真っ赤ですよ?」


 からかうように微笑むその姿は、王宮での高嶺の花のイメージとは違い、どこか人間らしい温かさを感じさせた。


◆◆◆


 そのときだった。

 ガサリ、と茂みが揺れ、闇の中から黒い影が現れる。


「グルルル……」


 狼のような魔獣が三体。月明かりに牙を光らせ、僕たちを囲んでくる。


「くっ……殿下、後ろへ!」


 僕は反射的に前へ出たが、手には武器すらない。

 勇者パーティから追放されたとき、まともな装備も持ち出せなかったのだ。


「……大丈夫。試してみてください、カイン。あなたの力を」

「僕の力……?」


 胸の奥で〈魔力記録〉が震える。

 そうだ、さっきジークたちの訓練場で見た“炎の軌跡”を――記録していた。


「来い……〈魔力記録〉、再現!」


 右手を振り抜く。

 すると、僕の掌から轟々とした炎が放たれ、魔獣を直撃した。


「ガアアッ!」


 一体が灼け落ち、残る二体も怯んで距離を取る。


「な、なんだ今の……!」

「見ましたか? あなたは無能なんかじゃない。勇者が誇る炎術師と同じ魔法を、完全に再現したのですよ」


 リディアの言葉に、胸が熱くなる。

 これまで誰にも理解されなかった僕の力が、確かに役立つと証明された瞬間だった。


「……よし、次は氷だ」


 僕は深呼吸し、かつての仲間が放った氷魔法の光景を思い出す。

 脳裏に鮮やかに浮かんだその軌跡を“なぞる”ように、魔力を流し込む。


「〈魔力記録〉、再現――氷槍!」


 大地を突き破るように、氷の槍が走り、魔獣を串刺しにした。

 最後の一体が怯えて逃げ去る。


「……勝った、のか?」

「ええ。あなたのおかげで助かりました」


 王女の瞳がまっすぐに僕を射抜く。

 その眼差しには、揺るぎない信頼と――確かな好意が宿っていた。


◆◆◆


「カイン」

「……はい」

「私は王家の娘として、政略のために何度も“婚姻”を迫られてきました。でも、今日こうして確信しました」

「……?」

「私が必要とするのは、名誉ある勇者でもなく、大国の王子でもない。――あなたです」


 彼女の真摯な告白に、胸が締めつけられる。

 僕の存在を“無能”ではなく、“必要”だと言ってくれる人がいる。

 その事実が、何よりも心を救ってくれた。


「……分かりました。僕でよければ、お仕えします。従者として、そして……伴侶として」

「はい……!」


 リディアの頬が紅潮し、夜空の下で輝いた。


◆◆◆


 その数日後。


「おい、聞いたか? あの“無能従者”が魔獣を討伐したらしいぞ」

「しかも王女殿下に選ばれたって……嘘だろ」


 ギルドの噂は瞬く間に広がった。

 勇者パーティを追放された“無能”が、王女と共に魔獣を討ち倒し、さらに逆プロポーズを受けたという話は、人々の好奇心を大いに掻き立てる。


 だがその裏で、ジークたち勇者パーティの表情は険しかった。


「……カインの奴。やはり放っておくべきじゃなかったか」

「炎魔法も氷魔法も使えたはずがない! どういうことだ!?」


 彼らの苛立ちはやがて恐怖へと変わっていく。

 ――知らぬ間に、彼らが手にできなかった“力”を、カインが手にしていたからだ。


◆◆◆


「カイン様、今日の記録はどうでしたか?」


 リディアが楽しげに問いかける。

 僕は焚火の明かりの下で古代の羊皮紙を広げ、魔力の軌跡を書き留めていた。


「順調だよ。今日は王宮の古文書から、新しい禁呪の断片を写し取れた」

「ふふ、ますます楽しみですね」


 王女と肩を並べ、焚火を囲む。

 追放されたときは孤独でしかなかったのに、今は確かな絆がある。


 胸の奥で誓う。

 ――僕はもう、無能従者じゃない。

 この力で、彼女を守り抜く。


 そしていつか、勇者たちを越えてみせる。


その夜、王女リディアは小さく囁いた。


「……カイン。あなたとなら、私は最強の未来を歩めます」


 その声を聞いたとき、心に熱い炎が灯った。

 追放から始まる、僕たちの逆転の物語が――静かに幕を開けた。


(第一話・完)

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