故郷を襲われた少女は、ギルド職員として第二の人生を歩む
澪
第1話 プロローグ
プロローグ
それは突然のことだった。
ドン、と大きな音と共に、地面が揺れた。その揺れの大きさに、リーズは思わずしゃがみ込んだ。
リーズは父親のライナスと一緒に、漁で採った魚を船から下ろしているところだった。もうすぐ夏になるこの時期には、魚が多くやってくるのだ。
「大丈夫か、リーズ。」
「うん。今の音は?」
音の方向に顔を向ける。海の向こうに霞が見えた。そこはクーラン王国があるところだ。普段は建物がうっすらと見えているが、今日は雲に覆われているように、何も見えない。底から少しずつ赤い点が現れた。点はあっという間に数を増やしていった。
「父さん。赤い点がいっぱい見える。だんだん大きくなってる。」
リーズは父親と漁に出るようになってから、生き物が色々な点で見えることがあった。人は緑、魔物は赤、魚や動物は黄色だ。それを知っていたライナスは顔色を変えて、リーズを抱え上げ、走り始めた。
「村長、いるか!」
ライナスの声に、自分の家でくつろいでいた村長は顔を上げた。夫に先立たれた後、村長を引き継いだ彼女の顔には、怪訝な表情が浮かんでいる。
「どうした。さっきの揺れで崖でも崩れたか?」
「魔物がくる。大量に。」
ライナスの言葉に村長は顔色を変えて立ち上がった。
「本当か?」
「リーズが赤い点がたくさんクーランに現れたのを見た。」
リーズがどうやらスキルを持っているらしいと村長はライナスから聞いていた。
「わかった。領主に知らせを送る。魔物が来るのはこの村だけじゃ済まないだろう。」
魔物が溢れることがあると、村長は聞いたことがあった。溢れ出した魔物に対抗する術はこの村にはない。
「リーズはここに置いて、村のみんなに知らせておくれ。」
「わかった。」
ライナスはリーズを村長の近くに下ろすと、村へと飛び出していった。
「さて、リーズ。洞窟の貯蔵庫まで私と一緒に行ってくれないか?」
海が近いこの村では、台風の被害を避けるために、洞窟の奥に貯蔵庫を作っていた。
何が起こっているのか分かっていないリーズが、村長を母親譲りの澄んだ茶色の目で見上げる。黒い髪は日に灼けて少し茶色くなっている。優しくその手を握ると、村長は笑顔を向ける。怖がらせてはいけない。
「さっきの揺れで貯蔵庫の様子が心配だからね。」
「うん。」
貯蔵庫へと向かう道すがら、村人たちと行き合う。村人の一人に、魔物の群れがくると領主に伝えるよう頼む。馬を扱えるのは彼だけだ。子供を連れた女達は、顔が少し引き攣らせながら、どこへ行けばいいのか迷っている。男達は、それぞれに鍬や銛など武器になりそうなものを手に持っていた。
「洞窟の貯蔵庫に行くから付いておいで。」
村長の声で、ぞろぞろと子供を連れた女達は一緒に貯蔵庫へと向かった。
「村長!」
ライナスが銛を片手に走り寄ってくる。
「ありがとう。子供達を倉庫に隠してくるよ。」
その言葉に頷いたライナスは、隣にいるリーズをぎゅっと抱きしめた。その力の強さに、リーズはバンバンとライナスの背中を叩く。
「痛いよ、父さん。」
「父さんが来るまでいい子で待ってるんだぞ。約束だ。」
「うん。分かった。」
ライナスはいつもつけていた首飾りを外すとリーズの首にかける。
「お守りだ。持っておけ」
小さなリーズには少し鎖が長い。先端には銀色に光る輪がぶら下がっていた。リーズの姿をしばらく見つめていたライナスは、何かを振り切るように走り去って行った。
長い長い時間の後、誰も来ないのを不審に思った1人が、洞窟の貯蔵庫から外に出ると、村は変わり果てた姿になっていた。家は焼け焦げ、戦っていたはずの村人は誰も残っていなかった。
土には赤黒いシミがあちこちに出来ていた。残っていたのはそれだけ。
数日経ってから、冒険者達がやってきた。魔物達が北へと向かうのを騎士達と協力して阻止していたらしい。荒れ果てた村を見て、冒険者達は呆然とした顔をしていた。
「間に合わなくって、ごめんな。」
父さんがどこにもいなくて、村中歩いて、疲れ果てて座り込んでいるリーズに、そっとスープを渡してくれた冒険者のお兄さんの顔は、歪んでいた。
その後しばらく、冒険者達は村人と一緒に村の復興を手伝ってくれた。領主様からだという食べ物や家を作り直すための資材も運んでくれた。でもそこまでだ。冒険者はずっといてくれる訳じゃない。村の様子が落ち着くと、依頼が終わったからと、次の依頼があるからと、少しずつ冒険者達は町へと帰っていってしまった。
…冒険者ギルドが村にあればいいんだ。そしたら父さんも死ななかったのに。
その時から、自分の村に冒険者ギルドを設立するのがリーズの目標になった。
それから15年が過ぎた。
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