第4話 Hold me tight? いいえ Hold you tight! ですわ
私が放った炎の花びらは、まるで炎の壁のようになって千堂君の周囲をグルグルと回っています。彼は言葉にならないうめき声を上げながら狼狽えているのです。
ああ、長門の国の陰陽師は大したことがないのでしょうか? それとも、千堂君がそう名乗っているだけで陰陽師でも何でもないのかもしれませんね。
「シ……シファー……マラクさん……この炎をどうにかしてくれ」
「どうにかする? 貴方はイフリートのアスランを従えている陰陽師なんでしょ? だったらこの程度の炎の花びらなら自力で吹き飛ばせるんじゃないの?」
「無理だ。僕は式神使いであって魔法使いじゃないんだ」
「あらそう? だったら得意の式神を使って火を消したらいいじゃない」
「ああ……今は使える式神がいないんだ」
「日本の式神を持ってないのね」
「今は所持していない」
焦った顔が情けないわね。イケメンさんが台無しです。私は両手の指先から灼熱の糸を何本も伸ばします。その糸はぐにゃぐにゃと絡んで依りあい、二本のロープとなりました。もちろん、オレンジ色に輝く灼熱のロープです。
そのロープは周囲に舞う炎の花びらを吸収しながら太さを増していきます。そして千堂君りをらせん状に巻いていきます。彼の体には触れないように、でも逃げられないように。
「どうしてこんな事をするんですか? 僕に何か恨みでもあるんですか?」
「個人的な恨みはないわ。でも、ハエを飼ってる悪魔は大嫌いなの」
「僕はハエを飼っていないし悪魔でもない」
「そう? でも、あなたの体はもう沸騰するくらい熱くなってる。そろそろ中のハエがうじゃうじゃ出てくるんじゃないの?」
「ハエなんかいない……」
そんな事を言いながら開いた彼の口から、沢山のハエが湧き出してきました。しかし、そのハエも周囲に舞う炎の花びらに触れて灰となっていきます。
「やっぱり。操り人形だった」
「ぼ……ご……わ……」
口の中からあんなにハエが沸いてたらちゃんと喋れませんね。
「Hold you tight! きつく抱きしめてあげる。灼熱のロープで」
オレンジ色に輝く二本のロープは千堂君の体にきつく巻き付きました。そして、彼の体は業火に包まれたのです。その炎の中から何匹ものハエが飛び出して灰となって消えていきます。
「あ……がが……が……」
千堂君は燃えながら何か喋っていますが、もうまともに喋る事もできないようです。そして全身が黒い粒となって弾け飛んでしまいました。それらは全てハエ。ハエが集まって彼の体を構成していたようです。
そのハエも全て灰となりました。
「ハエを集めて人体を構成していた……途方もない魔術ね」
「そうでございます」
アスランは恭しく頭を下げました。
そう。ハエを使ってイケメンさんの千堂君を創り上げた悪魔が、イフリートのアスランも操っているのです。
ハエの燃えカスの中に10センチほどの陶器の人形と15センチくらいの細い一輪挿しが転がっています。焼けて真っ黒になっていますが、この陶器の人形が千堂君のコアなのでしょう。そして一輪挿しはアスランを拘束している魔法の器だと思います。
「お察しの通りでございます」
私の思考を読んだアスランの言葉です。いえいえ。彼の方が察しが良いと思いますが?
「セミラミス様。その人形を破壊してください。災厄の悪魔と繋がる魔術回路です」
「災厄の悪魔? バアル・ゼブルでしょ?」
「その名は語られぬほうがよろしいかと」
「私は気にしないけどね。バアル・ゼブルもかつて信仰を集めていた呼び名だし」
そうです。バアル・ゼブルも豊穣の神として信仰されていた存在なのです。それがいつの間にか悪魔に入れ替わり、偶像崇拝と拝金主義を至上とするバアル信仰となりました。そして、この悪魔に入れ替わったバアル神を信仰した国はことごとく滅び去ったのです。
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