第13話 熱闘!ドッチボール!
七月も半ばを過ぎ、じりじりと照りつける太陽が本格的な夏の到来を告げていた。終業式まであと数日。生徒たちの心は、もう目前に迫った夏休みに向かって一直線だ。そんな浮かれた気分の締めくくりとして、今日は学校行事の球技大会が開催された。
種目は、学年クラス対抗の男女混合ドッジボール。俺たち1年3組のメンバーは、揃いのクラスTシャツ(デザインは女子が中心になって決めた、なかなか悪くないやつだ)に着替え、熱気のこもるグラウンドに集まっていた。照りつける日差しと、他のクラスからの応援の声援で、否が応でもテンションが上がる。
「うーし、絶対勝つぞー!」
クラス委員が気合を入れる。
「相手の2組、運動神経いい奴多いらしいぞ。特に男子の速球に気をつけろ!」
遼がどこからか仕入れてきた情報を共有する。
「まあ、楽しんでいこうぜ!」
謙介はマイペースだ。女子たちも円陣を組んで気合を入れている。加奈もその中心で、真剣な表情で何か話していた。俺は少し離れた場所で、入念にストレッチをしながら、試合に向けて気持ちを整える。
試合開始のホイッスルが鳴る前、俺はふとグラウンドの隅に目をやった。応援に来ていた生徒会長、佐々木美波先輩の姿があった。そして、その隣には…案の定、快斗がいた。ガチガチに緊張した様子で、一生懸命、先輩に何か話しかけている。…あいつもあいつで、別の戦いを繰り広げているらしい。頑張れよ、と心の中で小さくエールを送った。
いよいよ試合開始のホイッスルが鳴り響いた。相手は前評判通り、序盤から鋭いボールをガンガン投げ込んでくる。だが、ウチのクラスも負けてはいない。コート内を俊敏に動き回り、パスカットやキャッチで魅せる幸誠。意外な運動神経で相手の意表を突く遼。謙介も持ち前の明るさでチームを盛り上げる。
俺はというと、基本的には内野の隅で、飛んでくるボールを必死に避けることに専念していた。ちなみに俺は第8話のバスケと違い、ドッジボールは正直言ってあまり得意じゃない。だが、なぜか今日の俺は、ボールの軌道がよく見えた。鋭い速球も、ひらりひらりとかわしていく。え?急にメタい?いいじゃないか。
「恒成、避けんの上手いな!」
謙介が驚きの声を上げる。
すると、内野でボールをキャッチした加奈が、こちらを振り返って叫んだ。
「雪村くん、ボーッと突っ立ってないで、ちゃんとカバーしなさいよ!」
その声は厳しかったが、どこか楽しそうだ。加奈はそのまま、しなやかなフォームで相手コートに鋭いボールを投げ込んだ。…こいつ、意外と運動神経いいんだな。
その直後だった。相手チームのエース格の男子が投げた剛速球が、加奈めがけて一直線に飛んでくるのが見えた。速い!
「加奈、危ない!」
「えっ?あっ」
俺は考えるより先に体が動き、加奈の前に飛び出していた。ドンッ、と鈍い衝撃。ボールは俺の右腕に直撃し、俺はコートの外へと弾き出された。
「いって…」
腕を押さえる俺に、加奈が一瞬、目を見開いて駆け寄ってきた。
「ちょっと、雪村くん! 何やってんのよ、余計なこと…!」
言葉はキツイが、その表情には明らかに心配の色が浮かんでいた。…ような気がした。
「だ、大丈夫だって。これくらい…」
俺は強がって見せる。クラスメイトからも「恒成、ナイスカバー!」「大丈夫かー?」と声が飛ぶ。
外野に出た俺は、コート内を走り回り、ボールを拾っては内野の味方にパスを送る。時折、コントロールを定めて相手を狙うが、なかなか当たらない。それでも、クラスのみんなで声を掛け合い、必死にボールを繋いだ。
試合は一進一退の攻防が続き、タイムアウト。給水タイムだ。みんな汗だくになりながら、ペットボトルの水をがぶ飲みする。俺もタオルで汗を拭いていると、隣に来た加奈が、ぼそりと言った。
「さっきの…まあ、その…ありがと」
声は小さく、視線は合わない。でも、確かにそう聞こえた。俺は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。
「…別に。たまたまだよ」
照れ隠しに、俺はそっぽを向いて答えた。
試合再開。終盤、相手に連続で当てられ、3組は少し劣勢に立たされていた。残り時間はあとわずか。外野にいた俺の元に、渾身のパスが回ってきた。相手コートには、さっき加奈を狙ったエース格の男子がいる。…よし、狙うならあいつだ!
俺は大きく振りかぶり、渾身の力を込めてボールを投げた。ボールは唸りを上げて相手コートへ突き進み…見事、相手エースの腕にヒット!
「よっしゃー!!」
クラス全員から歓声が上がる。これで内野の人数が逆転した!
その勢いのまま、試合終了のホイッスル。結果は、僅差で1年3組の勝利!
「やったー!!」
「勝ったぞー!」
クラス全員でハイタッチを交わし、勝利の喜びを分かち合う。俺も、謙介や遼たちと肩を叩き合った。クラスが一丸となって掴んだ勝利は、格別だ。加奈も、女子たちと笑顔で喜び合っている。その笑顔は、普段のからかうようなものではなく、とても自然で、なんだか眩しかった。
球技大会が終わり、教室に戻る。心地よい疲労感と、クラスの絆が深まったような達成感に包まれていた。俺も、微力ながらクラスの勝利に貢献できたことに、少しだけ満足していた。加奈を庇ったこと、そして加奈からの意外な感謝の言葉。いつもとは違うやり取りが、妙に心に残っている。
帰り道、俺たちは今日の試合の反省会…という名の、いつもの駄弁りだ…をしながら、夕暮れの妖怪ストリートを歩いていた。空には、夏本番を告げる入道雲の兆しが見え始めている。
もうすぐ、夏休み。そして、秋には体育祭と文化祭。楽しいイベントが目白押しだ。加奈との関係も、今日の出来事で、ほんの少しだけ、何かが変わったような…変わらないような…。
そんな期待と、少しの不安を胸に、俺たちの高校最初の夏が、すぐそこまで迫っていた。
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