第11話 始まり
西条美沙希という、加奈の親友が現れてから数日。俺は正直、少しだけ彼女のことが気になっていた。いや、別に恋愛感情とかそういうんじゃない。ただ、あの大人びた雰囲気とか、別れ際に言われた「加奈のこと、よろしくね?」という言葉の意味とかが、なんとなく頭の片隅に引っかかっているだけだ。…そう、それだけのはずだ。
梅雨明け間近なのか、今日は朝から日差しが強く、教室には蒸し暑い空気が満ちている。半袖の夏服でも少し汗ばむくらいだ。ぼんやりと窓の外を眺めていると、休み時間に廊下で加奈と美沙希が二人で親しげに話しているのが見えた。楽しそうに笑い合う二人の姿は、まるで姉妹のようで、俺の知らない加奈の一面を見た気がした。
ふと、美沙希と目が合った。彼女は気づくと、にっこりと上品に微笑みかけてくる。その完璧な笑顔に、俺はなぜかドキッとしてしまい、慌てて視線を逸らしてしまった。
…その瞬間を、加奈は見逃さなかったらしい。
昼休み、俺が謙介たちと弁当を食べていると、加奈が自分の席からわざわざやってきて、俺の目の前に立った。
「ねえ、雪村くん」
その声には、既に楽しそうな響きが含まれている。嫌な予感しかしない。
「…なんだよ」
「さーっき、廊下で美沙希のこと、すっごい見てたでしょ?」
「は!? み、見てねーよ!」
俺は盛大に動揺しながら否定する。図星だっただけに、声が裏返ってしまった。
「ふーん? でも、美沙希と目が合ったら、さささーって目ぇ逸らしてたよ? もしかしてぇ、美沙希のこと、意識しちゃってるんじゃないのー?」
加奈はニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んでくる。その距離が近い。
「意識なんてしてない! あんな大人っぽい人、俺には全然、関係ない!」
俺はムキになって反論する。そうだ、美沙希は綺麗だけど、俺の好みとかそういうのとは違う。…はずだ。
「へえー、関係ないんだ? でも、『綺麗だ』ってことは認めるんでしょ? この前、正直に言ってたもんねー、雪村くん?」
追い打ちをかけるように、加奈は俺が以前漏らした言葉を持ち出してくる。くそ、墓穴を掘ってたのか!
「うぐ…! そりゃ、客観的に見て綺麗だとは思うけど…!」
「客観的に見ないと誰が可愛いと思うの?」
楽しそうに俺を問い詰める加奈。完全に遊ばれている。俺はもう、返す言葉もなかった。
(一方、加奈は内心でほくそ笑んでいた)
(あーあ、恒成ったら本当に分かりやすいんだから。美沙希に見惚れちゃって、動揺しまくりじゃん。まあ、私の自慢の親友は、非の打ち所がないくらい綺麗だもんね。それは認める。でも…他の子にそんなデレデレした顔を見せるのは、なんか、ちょっと…面白くないなー)
ほんの少しだけ胸の奥がチリッとするのを感じたが、加奈はすぐにそれを楽しむ気持ちで上書きする。
(ふふ、もっとからかって反応を見てみよっと。…それにしても、美沙希も美沙希よね。恒成のこと、どう思ってるんだろ? まさか、まだ引きずってたり…? いやいや、そんなはずないとは思うけど。今度、ちょっと探り入れてみようかな)
そんなことを考えながら、加奈は再び恒成に向き直り、追い打ちの言葉をかける準備をする。
恒成はまた言う。
「だーかーらー! タイプとか、そういうんじゃないって、言ってんだろ!」
俺は、加奈の執拗なからかいに耐えきれず、叫ぶのが精一杯だった。顔はきっと、茹でダコみたいに真っ赤になっているに違いない。
幸いにも、昼休み終了のチャイムが鳴り、加奈の追撃は一旦止まった。俺はぐったりと椅子にもたれかかる。…なんであいつは、あんなに楽しそうなんだ…。
放課後。友人たちと帰り道を歩きながら、話題は自然と近づいてきた夏休みのことになった。
「夏休み、どっか海とか行かね?」
遼が提案する。
「いいね! 合宿もあるけど、その前にみんなで遊びてえな」
謙介も乗り気だ。
「秋には体育祭と文化祭もあるし、高校最初の年はイベント目白押しだな!」
そんな会話に加わりながら、俺も少しだけ気分が浮上するのを感じていた。そうだ、楽しいこともたくさん待っているはずだ。
「そういや恒成さあ」
隣を歩いていた謙介が、ふと思い出したように言った。
「最近なんか、いつも以上に西井さんにいじられ倒してないか? 特に、あの西条さんって綺麗な子が来てから、拍車がかかってる気がするんだけど」
「う、うるさい! 別にいつも通りだ! 気のせいだろ!」
俺は顔を赤くしながら強がる。気のせいなんかじゃない。確実に、加奈のからかいはパワーアップしている。
帰り道、梅雨明けを思わせるような強い日差しが、アスファルトを白く照らしていた。本格的な夏の訪れ。楽しいはずの夏休み。そして、その先にある体育祭や文化祭。ワクワクする気持ちがないわけじゃない。でも、それと同時に、日に日に複雑になっていく加奈との関係と、新たに現れた美沙希の存在が、俺の心をざわつかせる。
この夏、そしてこれから、一体何が起こるんだろうか…。俺は、青くなり始めた空を見上げ、小さくため息をついた。
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