第8話 ナイスシュート

「テストやめ!」

長かった定期テスト期間がようやく終わり、教室には久しぶりに解放的な空気が漂っていた。休み時間には、あちこちでテストの出来具合を報告し合う声が聞こえる。

「俺、数学、自己採点したら赤点ギリギリだったわ…」

遼が青い顔で頭を抱えている。

「俺は英語が壊滅的…」

快斗もどんよりしている。謙介は「紗希のおかげで何とかなったかも」と少し安堵の表情だ。俺はというと…まあ、加奈に特訓してもらった数学は思ったよりできた気がするが、合計点で勝負となると、まだ結果は分からない。加奈の奴、たぶん今回も相当いい点数を取っているに違いない。

そんなテスト明けの重苦しい(?)雰囲気を吹き飛ばすかのように、今日の午後は体育の授業があった。種目はバスケットボール。体育館に移動し、準備運動を終えると、男女混合で4チームに分けられ、ミニゲームを行うことになった。くじ引きの結果、俺は謙介、遼、快斗、そしてなんと加奈と幸誠と同じチームになった。…よりにもよって、このメンバーか。

正直、俺はあまり運動が得意な方じゃない。球技も人並みか、それ以下だ。ただ、バスケだけは小学校の頃に地域のクラブで少しだけやっていた経験がある。まあ、だからといって活躍できるレベルではないが。目立たず、足を引っ張らないようにしよう…。俺はそう心に決めて、コートに入った。

ゲームが始まると、やはり幸誠が持ち前の運動神経で早速活躍を見せた。華麗なドリブルからのシュートに、コートサイドの女子から黄色い声援が飛ぶ。悔しいけど、様になってるな、あいつ。加奈も、特別上手いわけではないが、そつなくパスを回したりしている。

そんな中、俺にパスが回ってきた。相手チームのマークが一瞬甘くなったのが見えた。…行けるか? 迷ったのは一瞬。俺は無意識にドリブルでゴール下へ切り込み、ジャンプシュートを放った。ボールは、自分でも驚くほど綺麗な放物線を描き、スパン、とネットを揺らした。

「おぉー! 恒成やるじゃん!」

「ナイスシュート!」

謙介や遼が駆け寄ってきて、俺の背中を叩く。

「…へえ」

すぐ近くで、感心したような、それでいて少し面白そうな声がした。加奈だ。

「雪村くん、なかなかセンスあったね」

ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべている。

「…これくらい普通だろ」

俺は照れ隠しに、ぶっきらぼうに答えた。でも、正直に言って、少し嬉しかった。

そのシュートがきっかけになったのか、俺はその後、自分でも意外なほど積極的にプレイしていた。パス回しの中継点になったり、しつこくディフェンスで相手に食らいついたり。小学校の頃の感覚が少し蘇ってきたのかもしれない。

「恒成、今日なんかキレてるじゃん!」

遼が驚きの声を上げる。

すると、ディフェンスで俺についていた加奈が、ふっと息を吹きかけるような距離で囁いてきた。

「バスケ出来なかったのにね。好きな人でもできた?」

「ち、ちげーよ! 真面目にやれ!」

俺はカッとなって言い返す。こいつ、試合中にまでからかってきやがって! 加奈の挑発に乗せられ、俺はさらにムキになってボールを追った。

ゲームが一時中断し、休憩時間になった。俺は額の汗を手の甲で拭いながら、体育館の壁にもたれかかって息を整える。心地よい疲労感だ。

「いやー、恒成、今日マジでどうしたんだよ? めっちゃ動けてたじゃん!」

遼が興奮気味に話しかけてくる。

そこへ、加奈がスポーツドリンクのボトルを片手に近づいてきた。

「ほんと、意外だった。普段あんなにナヨナヨしてるのに」

「ナヨナヨって言うな!」

俺はすかさず反論する。

加奈は俺の抗議を気にも留めず、じっと俺の顔を見ると、ふっと目を細めた。

「いやぁ、かっこいいよね」

「え…?」

その言葉は、あまりにも予想外で、俺は一瞬、思考が停止した。かっこいい?俺が? 加奈にそう言われたのが信じられない。

「…そ、そうか?」

心臓がドキリとしたが、ここで赤くなったら負けだ。俺は努めて平静を装って聞き返す。顔が少し熱いのは、きっと運動したせいだ。そうに違いない。

「雪村くんじゃないよ」

「幸誠くんね」

こいついつもはモテ男には興味無いですみたいな顔しやがって。

体育の授業が終わり、俺たちは教室へ戻った。さっきの加奈の言葉が妙に頭に残っていた。テスト勝負のこともある。あいつの前で、あんまりカッコ悪いところは見せられないな…。そんなことを考えていると、隣を歩いていた加奈が、いつものモードに戻って話しかけてきた。

「で? さっきのシュート、やっぱりまぐれでしょ? もう一回やれって言われてもできないんじゃない?」

「まぐれじゃないって! 次も決めてやるよ!」

俺はムキになって言い返す。そうだ、いつまでも負けてばかりはいられない。そう思い、教室までの階段を上るのだった。

その瞬間、加奈が囁くように耳打ちした。

「雪村くんもかっこよかったけどね」

「え」

「照れたね」

「あ、美沙希だ!ねぇねぇ…」

そう言って加奈は走っていった。

今いい感じで締めくくれたと思ったのに…

結局負けたじゃないか…

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