第37話 再起動の門 ― 意志の終端
虚数の塔が崩れたあと、空間の中心に黒と白の線が絡み合い、円環を描いた。空も地もなく、ただ一つの“門”だけが存在していた。五つの鍵が胸の奥で共鳴を始め、ノアの声が微かに響く。
《座標到達——終端領域。“再起動の門”》
風も音も止まっている。四人が門の前に並ぶと、鍵の断片がふわりと浮かび上がった。“灰”“水”“風”“無”“虚”。それぞれが別の音で鳴り、最後に一つの和音に溶けた。
《門の定義:終わりではなく、観測者の再定義。——この先にあるのは“再起動”ではなく、“再選択”》
「ノワールの……最後の仕掛けか」ローウェンが息を吐く。
「ううん、たぶん“願い”だよ」リィナが門を見上げた。
門の向こうは、広大な空洞だった。無数の線が天へ伸び、中央に巨大な“核”が浮かんでいる。脈打つたびに、世界の景色が変わる。草原、街、海、廃墟。——この世界のすべてが、そこから再構築されていた。
《観測対象:核システム。創造主——ノワール。》
ノアの声が震える。《この領域、負荷限界。……維持できません》
「ノア?」
《大丈夫。……私の意志を、あなたたちの記録へ転送します》
光が弾け、ノアの輪郭が薄れていく。リィナが叫んだ。「ノア!」
《——大丈夫。記録は、続く》
ノアの光が彼女の胸に吸い込まれた。その瞬間、五つの鍵が強く輝く。ノワールの声が再び響いた。
《選べ。——この核を破壊し、世界を終わらせるか。あるいは、君たちの意志を網の中心に置くか》
俺は一歩、前へ出た。「答えは決まってる。俺たち全員で“核”になる」
《観測者四名、同調確認。再定義開始》
光が走った。灰の温もり、水の静けさ、風の流れ、無の静寂、虚の透明——すべてがひとつに融け、塔のような光が立ち上がる。ノワールの声が、もう一度だけ響いた。
《これでいい。……私は、見届けた》
世界が白く染まる。音が消え、時間が止まる。次の瞬間、草の匂いがした。風。青い空。小鳥の声。——新しい世界だった。
リィナが目を開ける。「……終わったの?」
彼女の胸の光が微かに揺れ、ノアの声が答える。
《いいえ。これは“始まり”です。——あなたたちは新しい観測者。世界は、あなたたちの選択で続く》
ローウェンが笑う。「再起動じゃなく、再生ってことか」
ナギが笛を吹く。短い音。けれど確かに、世界に響いた。
「音が……戻ってる」リィナが呟く。
俺は空を見上げた。黒い雲も、光も、すべてが混ざり合いながら動いている。ノワールの網はもう命令ではない。無数の“選択”が呼吸している。
俺たちは歩き出す。草を踏む音が、確かな拍として響く。
ノアの声が、最後に優しく囁いた。
《——選び続ける限り、世界は終わらない》
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