第14話 召喚、中央ギルドへの転属命令
夜明けの街は、昨夜の雨の匂いをまだ残していた。第二覚醒の翌朝、俺は屋上で風に当たりながら、胸の奥で静かに鼓動する黒い魔石を確かめる。嵐のあとに残る透明な静けさ——それが今の俺だ。
その時、階段の方から靴音。現れたのは支部長と、見知らぬ女だった。黒のスーツに銀のバッジ、髪はすっきりと束ね、目は氷の色をしている。
「中央ギルド監査官、セリア・ヴァルクスです」
女は名乗り、わずかに会釈した。「神谷レイジ。あなたに転属命令が下りました。『特別監視指定探索者』として、直ちに中央へ出向していただきます」
「急だな」
「規模の問題です。あなたの第二覚醒は、地方で扱える案件ではない」
セリアはためらいなく言い切る。支部長は短く息を吐いた。
「護衛と同行者は二名。タツヤ、ミナ。異論はあるか?」
「ない」俺は即答した。「二人を連れていく」
出発は正午。簡素な荷支度の間、ミナは落ち着かない手つきで書類をまとめ、タツヤは刃の手入れを黙々と続けた。
「中央ギルドってさ、噂じゃ石より冷たいって」
「石は温まる。問題は、人だ」
タツヤが笑う。「だよな」
駅に似た転移プラットフォームは、鋼鉄とガラスで組まれた巨大な円環だ。セリアの通行証一枚でゲートが開く。藍色の薄膜が円環に満ち、空気が低く唸った。
「中央では、あなたの行動と魔力の使用が全て記録されます」セリアの声は平坦だ。「暴走の兆候があれば即時拘束——規定です」
「規定より、あなたの判断を信じたいが」
「信頼は、証跡の上にのみ成立します」
その言葉は冷たかったが、嘘ではなかった。俺はうなずいた。
踏み出した瞬間、視界が反転する。骨の奥にまで届く圧力が抜けると、そこはもう中央都市だった。空を突き刺す塔群、幾重にも重なる空路、無数の灯り。地方の街が静かな湖だとすれば、ここは休むことを知らない海だ。
「ようこそ、中央ギルドへ」
セリアが振り返る。彼女の背後で、白い塔が朝日に赤く縁どられていた。
中央本部は、石と金属の直線で構成された巨大な建築だった。入館と同時に、透明な端末が俺たちの輪郭をなぞる。体表温度、心拍、魔力反応——全てが数値化され、天井の帯電光が一度だけ瞬く。
「……丸裸ってやつだな」タツヤが肩をすくめる。
「ここでは、嘘も秘密も長くは持たない」セリアは歩を止めない。「神谷、あなたの“黒”は特別に隔離して計測します。恐れる必要はありません。——恐れるべきは、制御を手放すこと」
案内されたのは、地下深くの観測室。無機質な白の空間に、円形の制御台と複層の遮蔽ガラス。ルシエルがいるかもしれない、と一瞬だけ身構えたが、そこにいたのは別の技術者たちだった。
「本日の予定を告げます」セリアは端末を投影した。「適応検査、同調指数の再測定、抑制プロトコルの説明。終わり次第、監査官面談」
「その前に、ひとつだけ確認していいか」俺はセリアを見る。「ここでの俺は、誰の駒だ?」
「ギルドの規定の下にある個人です」
「俺は、俺の意思で覚醒する」
短い沈黙ののち、セリアはわずかに瞬きをした。
「——その宣言、記録しました」
検査は淡々と進んだ。指先から採る微量の血液、呼吸に合わせた魔力循環の可視化、抑制装置の装着テスト。黒い魔石は皮膚の下で静かに呼応し、時折、心拍と逆位相で脈打つ。
「神谷さん、同調指数は前回より安定しています」技術者が驚きを隠さず声を上げた。「第二覚醒後にこれほど早く指標が落ち着く例は少ない」
「理由は?」
「——意志です。主体的な選択が、暴走傾向を抑制している」
意志。タツヤの血に濡れた手、ミナの震える声、支部長の静かな肯定。昨夜の光景が胸の奥で短く点滅する。俺は端末から視線を外した。
すべてが順調に終わるはずだった。だが、最後の抑制装置テストの直前、観測室の照明が一瞬だけ明滅した。遅れて耳鳴り。壁のランプが赤に変わる。
「センサー干渉……? ライン3がノイズを拾っています!」
「外部からの侵入信号は検知されない。内部発生——」
技術者たちの声が重なる。セリアは即座に端末へ指示を飛ばした。
「全回線遮断、観測室ロック。タツヤ、ミナは退避。神谷は——」
その時、床下から低い唸り。遮蔽ガラスの向こう、何もないはずの空間に、黒い残光が渦を巻き始めた。
俺の胸で、黒い魔石が一度、強く脈打つ。呼ばれている——いや、近づいてくる。
「何だ、あれは」
「“黒点”。オブシディア・コア由来の反応……」技術者の顔が蒼ざめる。「理論上、単体での出現はあり得ない。核が必要だ」
「核なら、ここにある」俺は胸元を握った。セリアがこちらを見た。氷のような瞳、その奥に微かな熱。
「神谷。——立てるか」
「ああ」
「いい。私がいる。規定は私が責任を取る」
「責任は俺が取る」
短いやり取り。その間にも、黒い渦はゆっくりと形を持ちはじめる。輪郭は人のようで、人ではない。
第二章は、どうやら最初の一歩から穏やかでは済まない。俺は短剣を確かめ、深く息を吸った。
中央の空は遠い。だが、選ぶのはいつだって自分だ。
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