第5話 隠し通路の試練、黒き守護者との対峙

石像の前に立った瞬間、黒い魔石が再び脈動した。三つの円の紋様が浮かび上がり、石像の全身に亀裂が走る。

「……来るのか」

鈍い破砕音と共に、石像は粉々に砕け散った。舞い上がる砂煙の中から、黒甲冑をまとった騎士が姿を現す。二メートルを超える巨体、漆黒の鎧に包まれた全身。顔の部分には仮面があり、奥で赤い光が灯っていた。握るのは人間の背丈ほどもある大剣。その刃先からは黒い霧が滴り落ち、床石を焼き焦がしている。

「……守護者、ってわけか」

応えるように、騎士は大剣を構えた。次の瞬間、音もなく滑るように距離を詰める。

「速っ——!」

反射的に身をひねった。大剣が壁を抉り、石片が飛び散る。衝撃で鼓膜が震え、体が揺れる。第一次覚醒の反応速度でなければ、即死だっただろう。

俺は短剣を構え直し、反撃に転じる。だが、振り下ろされた刃を弾いた瞬間、骨まで痺れるような衝撃が腕を駆け抜けた。力が違いすぎる。真正面から受け止めれば砕かれる。

「なら、速さで勝負だ!」

体を低く沈め、側面に回り込む。短剣を突き出すと、騎士は無造作に大剣で受け流した。金属音が響き、次の瞬間、俺の剣筋と同じ軌道で反撃が返ってきた。

「俺の……動きを真似した!?」

危うく胸を裂かれるところだった。後退しながら息を呑む。そうだ、この守護者はただの力任せの怪物じゃない。俺の動きを“学習”し、模倣して返してくる。つまり、下手な動きはそのまま自分に跳ね返ってくるということだ。

「面白ぇじゃねえか……!」

口の端が自然に吊り上がる。恐怖よりも、高揚が勝っていた。十年もの間、逃げてばかりいた俺が、今は“自分の弱さそのもの”と戦っている。

再び交錯。大剣と短剣が火花を散らす。重さで押し負けそうになるたび、足さばきと角度で受け流す。だが騎士はすぐにその動きを真似て返してくる。互いの剣筋が重なり合い、刹那の攻防が続いた。

——だが、限界はすぐに訪れた。

大剣が肩口をかすめ、鮮血が舞う。焼けるような痛みが走り、膝が崩れそうになる。息が荒くなり、肺が火を噴くようだ。

「ぐっ……! まだ……終わらせねえ!」

心臓の鼓動が耳の奥で轟音を立てる。その音に重なるように、脳裏に再び声が響いた。

《——限界突破の兆候、確認》

視界が揺れ、黒い魔石が激しく脈打つ。第二覚醒の扉が、わずかに軋む音が聞こえた気がした。

「もう一歩……踏み込めってか」

俺は血を拭い、短剣を逆手に構えた。守護者が赤い光を放ちながら迫ってくる。避けるのは一瞬遅れる。だがその刹那、全身に電流のような感覚が走った。

「今だぁっ!」

体が勝手に動いた。守護者の剣を紙一重でかわし、懐に潜り込む。胸甲の隙間を狙って、渾身の一撃を突き立てた。

黒甲冑が軋み、ひび割れ、赤い光が弾けた。守護者が仰け反り、大剣を取り落とす。俺は息を荒げながら、さらに刃を押し込んだ。

次の瞬間、騎士の体は黒い霧となって崩れ落ちた。音もなく消え、床に残ったのは漆黒の魔石ひとつ。

「……勝った、のか」

短剣を杖にして膝をつく。全身が痛みに悲鳴を上げているのに、心は澄んでいた。

掌に残った魔石が、心臓と同調するように脈動する。強い光ではないが、確かに“次の扉”を叩く音がする。

「二度目の覚醒……すぐそこまで来てる」

俺はゆっくりと立ち上がった。試練の間の奥で、石扉が開いていく。闇の向こうから冷たい風が吹き込み、次の戦いを予告していた。

「行くしかない……ここで立ち止まるわけにはいかない」

短剣を握り直し、俺は闇へ足を踏み入れた。

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