第14話 勝気女、藤原久美。本領発揮
「協田さん、ちょっと話したいことがあるんですけど、いいですか?」
昼休みの休憩室で、高井は協田に尋ねた。
「いいけど、一体何の話だ?」
「僕、この前、浅田さんを怒らせてしまって、もう彼女はダメっぽいので、次は藤原さんを狙おうと思ってるんですよね」
「ほう。次から次へと、お前も節操のない男だな」
「まあ、それが僕の持ち味ですからね。それで、藤原さんを狙うにあたって、協田さんに彼女のことをいろいろ教えてもらおうと思いまして」
「そうか。でも、彼女とはかれこれ五年の付き合いになるけど、特別仲が良いわけじゃないから、大したことは教えられないぞ」
「それでもいいです。じゃあとりあえず、彼女の異性のタイプとか分かりますか?」
「うーん。はっきりとは分からないけど、彼女自体は勝気な性格だから、それを受け止めてくれる包容力のある人がタイプなんじゃないかな」
「なるほど。自分で言うのもなんだけど、僕は聞き上手だから、タイプ的に合うかもしれませんね。あと、藤原さんの趣味とか好きなものって分かりますか?」
「彼女は基本的にアウトドア派で、登山とかキャンプ、釣りなんかをよくやってるみたいだぞ」
「へえー。僕も時々、自転車で遠出とかするから、趣味も合いますね。じゃあ最後に、僕は今まで勝気な性格の人と付き合ったことがないんですけど、どうすればうまく口説けますかね?」
「そうだな。彼女、時々みんなにフルーツとかお菓子を配ったりしてるだろ? そういう気遣いのできる人ってあまりいないから、そこを褒めれば、もしかしたらうまくいくかもしれないぞ」
「分かりました。じゃあ今度やってみます」
高井は生き生きとした表情で、休憩室を後にした。
(ああ。今日の箱折りは葉子さんだから、追われるのは火を見るより明らかだわ)
箱入れに配置された藤原久美は、始業前にそんなことを思っていた。
箱入れとは、コンベアで流れてきたケーキをチェック係が最終チェックをした後に、そのケーキを箱に入れる係で、その前の箱折り係が追われると、必然的に箱入れ係も追われることになる。
山本葉子はライン作業を始めてまだ日が浅いため、他の作業員と比べると、どうしても見劣りしてしまうのだ。
やがて作業が始まると、久美の危惧していた通り、葉子は徐々に遅れ出した。
「葉子さん! こうなることは分かってたのに、なんでもっと予備をたくさん作っておかなかったのよ!」
久美が怒りにまかせてそう言うと、葉子は「あまり多く作り過ぎると、バランスが崩れて、箱が床に落ちちゃうからよ」と、負けじと言い返した。
「でも、結局そのせいで、私まで追われることになったじゃない。少しは責任を感じてるの?」
「うるさいね! 文句があるなら、私じゃなくて配置をしたリーダーに言いなよ!」
「言われなくても、そうするわよ! すみませーん! コンベアを止めてくださーい!」
久美の声を逸早く聞きつけたリーダーの綾辺が、血相を変えて彼女のもとに駆け寄ってきた。
「藤原さん、どうしたんですか?」
「どうもこうもないですよ。綾辺さんのせいで、私まで巻き添えを食ってるんですから」
「どういうことですか?」
「綾辺さんが葉子さんを箱折りに配置したせいで、箱入れの私まで追われる羽目になってるんですよ」
「そうですか。私はベテランのあなたなら、まだライン作業に慣れていない葉子さんをフォローできると思って配置したんですが、どうやらそれは私の見込み違いだったようですね」
「はあ? それだとまるで、私ができない人みたいじゃないですか」
「私はそこまでは言っていません。ただ、期待外れの感は否めませんが」
「何が期待外れよ! 大体あんたは、この洋菓子の仕事もよく分かっていないくせに、偉そうに配置なんかしてんじゃないわよ!」
「藤原さん。上司に向かって、なんですかその口の利き方は?」
「ふん。いつも私たちが作業してるのを、ぼーっと見てるだけのくせに、偉そうにしてんじゃないわよ。二年前にも、なんの役にも立たない高橋って上司がいたけど、あんたその人と良く似てるわ」
「藤原さん。それ以上、侮辱すると、私にも考えがありますよ」
「どうする気よ?」
「派遣の担当者に報告して、あなたをクビにしてもらいます」
「やれるものなら、やってみなさいよ! 私を簡単にクビにできると思ったら、大間違いだからね!」
収拾がつかなくなった二人の間に、しばらく様子を見ていた班長の三田が割って入った。
「まあ、まあ。みんなも見てることだし、もうそのくらいでやめておきましょうよ」
「うるさいわね。あんたも図体ばかりでかくて、大して役に立ってもないくせに、偉そうに班長面してんじゃないわよ」
「なんだって! 藤原さん、それは言い過ぎでしょ!」
「ふん。これでもまだ言い足りないくらいよ。あんたたちには、まだ言いたいことが山ほどあるんだからね」
結局この騒ぎは、工場長の億田が間に入ったことで、なんとか無事に収まった。
この一連の騒動を、近くで見ていた高井は、久美に告白することを当然のように断念した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます