第8話 高井、墓穴を掘る
「ねえ、高井さん。いつになったら、ギターを聞かせてくれるんですか?」
昼休みに休憩室でスマホをいじっていた高井に、浅田真美が尋ねた。
「それが、ここのところ休日は予定が立て込んでてさ。なかなか、そういう機会を設けられないんだよね」
本当はまったく予定などないのだが、高井は難局を逃れるため、咄嗟に嘘をついた。
「疑うわけじゃないですけど、本当にギター弾けるんですか?」
疑惑の目を向ける真美に、高井は内心ドキッとしながらも「もちろんだよ。僕は今すぐにでも、君に聞かせたいくらいなんだから」と、平然とした顔で答えた。
「じゃあ、録音したものでいいから、聞かせてくださいよ」
「わかった。じゃあ明日にでも、聞かせてあげるよ」
高井はそのくらいなら何とかなるだろうと思い、安請け合いした。
高井はその日帰宅すると、ネットに上がっている素人が弾いたギターの曲をスマホに録音しようとしたが──。
(待てよ。もしこれが浅田さんにバレたら、取返しがつかなくなる。かといって、他に方法はないし……)
高井は迷いながらも、あまり再生回数の多くない者の曲を選んだ。
翌日の昼休み、高井は早速、昨日スマホに録音したものを真美に聞かせた。
「へえー。高井さんて、こんな素朴な曲も弾けるんですね」
高井は真美にバレないよう、地味な曲を選んでいた。
「まあね。前にも言ったけど、僕いろんなジャンルの曲を弾けるんだよね」
「じゃあ、激しい曲とかも弾けちゃうんですか?」
「もちろん。なんなら、また明日、聞かせてあげようか?」
「はい! 私、〇〇〇が好きなので、是非とも彼等の曲を聞かせてください!」
「わかった。じゃあ彼等の大ヒット曲の△△△を聞かせてあげるよ」
高井は話の流れ上、またも安請け合いしてしまい、どんどん深みに嵌まっていった。
高井は帰宅すると、早速△△△をネットで検索し、その中からまたも再生回数の少ないものをスマホに録音した。
翌日、高井が昨日録音したものを真美に聞かせた途端、彼女の表情が一変した。
「これ、ネットに上がっていたやつですよね?」
「えっ! ……そうだけど、なんでわかったの?」
「だってこれ、私の友達が弾いたものだから」
「そうだったんだ……」
高井が驚きのあまり二の句を継げないでいると、真美は「やっぱり、ギターが弾けるって言ったのは嘘だったんですね」と、核心を突いた。
「……うん。君がピアノが趣味って言ってたから、それに合わせようと思って、咄嗟に嘘をついてしまったんだ。はんと、悪かったよ」
「そうだったんですか。嘘をついたのは悪いことだけど、正直にそれを認めた高井さんは勇気があっていいと思いますよ」
「えっ、じゃあ、僕のことを許してくれるの?」
「もちろん。で、高井さんの趣味って何ですか? 今度は正直に言ってくださいね」
真美が笑いながら尋ねると、高井は「僕の趣味は、できるだけ多くの女性に声を掛けることなんだ。その中で、君みたいな飛び切り可愛い子が引っかかってくれたら、僕は本望だよ」と、バカ正直に答えた。
「はあ? なんでも正直に言えばいいってもんじゃありません!」
真美は烈火のごとく怒り出し、すぐさまその場を離れていった。
(ほんと、あのおばさん、頭に来るわ)
正社員の竹本望は、先輩社員の大向井花子のことを快く思っていなかった。
几帳面で優しい望に対し、花子は大雑把で他人に厳しいという真逆の性格だった。
中年女性の正社員が少ないため、望は表面上、花子と仲が良い振りをしているが、心の中ではいつも悪態をついていた。
そんなある日、望がナッペマシンを使ってケーキの側面にクリームを塗る作業をしている際、うまく塗れなかった箇所の手直しをしていると、隣で作業をしていた花子が「それくらいなら直さなくていいから、どんどん流してよ」と、催促してきた。
「でも直さないと、最終チェックに引っ掛かりますよ」
「今日のチェックは葉子さんだから大丈夫よ。あの人、最近ラインに入り始めたばかりだから、分かりっこないわ」
いつもの望なら、そのまま引き下がっているところだが、今回は「そういう問題じゃないでしょ。誰がチェックをしていようが、いい加減なものを流すわけにはいきません」と言い返した。
「あんた、いつからそんな偉そうなことを言える立場になったの? あんたが新入社員の頃、私がどれだけ世話をしてあげたか、忘れたわけじゃないでしょうね」
「もちろん、それは憶えていますが、それとこれとは話が別です。たとえ作業効率が悪くなったとしても、私は私のやり方でいきますから」
「あっ、そう。じゃあ、好きにすれば」
その後、二人は一切しゃべることなく、黙々と作業をこなしていった。
やがて作業が終わると、葉子が「あんたのおかげで、いいものばかり流れてきたから、チェックが凄く楽だったわ。本当にありがとうね」と、望に感謝の意を伝えた。
「いえ。私はただ自分の仕事をまっとうしただけですから」
「ほんと、ここの従業員がみんな、あんたみたいな人ばかりだと、いいんだけどね」
「確かに、仕事の面ではその方がいいかもしれませんが、私みたいな生真面目な人間は、仕事以外ではなんの面白みもないですよ」
「そんなことないよ。あんたは確かに真面目過ぎるところがあるけど、融通が利かないって程じゃないしね」
「あははっ! やっぱり葉子さんも、そう思ってたんですね」
(あの二人、やけに楽しそうじゃない。まさか私の悪口を言ってるんじゃないでしょうね?)
二人が談笑している姿を、花子は怪訝そうな顔で見ていた。
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