第18話 次の戦い
◆室町家の朝食
明日にはアパートの清掃が完璧に整う。
それを美谷に聞かされた上桑は、心底ホッとしていた。
室町家の居心地が良いのは確かだが、昨日の一件により、若干ながら気不味い思いを抱えていたからだ。
具体的には結衣のアプローチが、かなり露骨なものになっていた。
「先生。あ~ん、してください」
「ゆ、結衣ちゃん。自分で食べられるから」
グイグイと迫ってくる黄色いやつ。上桑が結衣の差し出す箸から逃げていると……パクッ!
隣りに座る美谷がそれを食べた。
「う~ん。流石はお母様ね。卵焼き一つとっても絶品だわ」
「ああっ!先生の卵焼きがあ。何するんですかぁ!?それに、その卵焼きを作ったのは結衣です!」
「な、中々やるじゃない……フンッ!ダーリンに、あ~んだなんて、私の目が黒い内は許さないわよ。それよりダーリン、私のかぼちゃを食べてちょうだい。はい、あ~ん」
「食べないからね?それと、それは結叶さんが作ってくれたものだし。というか、何でいるの!?」
「まあまあ。細かい事は置いておいて」
ガシッ!と、上桑の後頭部を抑え付ける美谷。そのまま強引に、かぼちゃの煮つけを口へ運ぼうとする。
「んっ!んんっ!」
露骨な咳払いをしたのは会長の室町だ。怒ってこない所を見るに、昨晩の蛮行を反省しているのか。はたまた、妻である結叶に強く注意をされたのかだろう。
「ああ~、ユキカズ。少し真面目な話があるから聞きなさい」
「は、はい!どうされましたか?」
まさか結衣との距離についての話だろうか。だとしたら何を言われるのかと、茶碗を片手に冷や汗が流れる。
「割と急だが、お前の初防衛戦が決まった」
「えっ?」
本当に真面目な話だった為、上桑は面食らってしまう。急いでそちらの脳みそへと切り替えた。
「急というのは?」
「ああ。試合の開催が一ヶ月後に決まった。相手はフランス人で、ラジャダムナンで王座を取った男だ」
ラジャダムナンスタジアム。それは、ムエタイの二代殿堂と呼ばれるうちの一つだ。ムエタイをしている者からすれば、目指すべき最終目標の一つともいえる、最も権威のある称号の一つだろう。
「はっ?……そ、それは確かに急ですね」
「詳しくは聞かされていないが、スポンサーの意向らしくてな。まあ、お前は普段から体重をキープしているし減量の心配はないだろうが、ここ最近、本格的なトレーニングはしていなかったしよ」
上桑はチラリと美谷に視線を向けるが、彼女は知らない、という表情で首を横に振っていた。
(
「つうわけでだ。今日から本格的に練習を再開するから、学校が終わったら直ぐにジムに来てくれ」
「……分かりました」
ここ最近、友達と呼べる存在が出来た上桑にとってはバッドニュースだろう。またしても、誘いを断らなければならないのかと頭を抱える。
「先生!頑張ってくださいね!応援に行きますから」
「う、うん。ありがとう」
上桑は鰹節が香るみそ汁を一口飲むと、大きな溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます