第12話 コック隊

◆本当にコックなのか?


​扉を開けるとそこには……真っ白なコックコートに身を包んだ男達がいた。彼らは頭にコック帽を被り、胸には金色の刺繍で『美谷フーズ』と書かれたワッペンを付けている。その数は5人。なぜか全員がボディガードのように体格が良い。


「な、何ですか?貴方達は!?」


無言のまま立ち尽くすコック集団。しかし、彼等が何故ここに居るのかの検討はついている。


「あ、お待ちしていましたよ」

「やっぱりね!」


ヒョイっと、俺の後方から顔を出した美谷さん。こんなの彼女の仕業でしかないだろう。


​「本日は華恋お嬢様のご依頼により、出張料理サービスを担当させていただきます」


​リーダー格らしき角刈りで目つきの鋭い男が、腰を90度に曲げてそう言った。料理人というよりは、まるで特殊部隊の隊長のようだ。


​「え、あ、出張料理?」

​「ホホホホホ!見たか中学生!これが大富豪の力よ!」


​俺が戸惑っていると、美谷さんの高笑いが聞こえてきた。右手の甲を口元に当てて笑う様は、さながら昭和の少女漫画に出てくる婦人みたいだ。


​「な、なんですか。これは!」


​結衣ちゃんが目を丸くして、俺の背後から顔を覗かせる。


​「ダーリンの食事は、一級のサービスをもって賄われるべき!そんな田舎料理でダーリンの胃袋を独占できるとでも思っているのかしら?オーホッホッホ!!」


​ビシッ!と結衣ちゃんを指差すと悪役令嬢みたいな事をのたまった。


コック達は慣れた手つきで、キャリーケースからステンレス製の折りたたみ式調理台や小型のスチームコンベクションを部屋に運び込もうとしている。


​「ちょっと!そんなもの、ここで……!」

​「いいわ、この際だからはっきりさせてあげる」


美谷さんは俺の制止を遮り、結衣ちゃんの料理が並んだ小さなテーブルを、特設の調理台の隣へと引きずって持っていく。


​「どちらがダーリンの胃袋と心を満たせるか、勝負してあげるわ!」


​今度は結衣ちゃんの料理を指さすと冷笑を浮かべた……この人ノリノリだな。


​「コック隊!」

​「「「ハッ!」」」

​「あなた達は、その中学生の素人料理を一級のディナーで完璧に打ち負かし、ダーリンの味覚を掌握なさい」


​リーダーと思しきコックは、俺の顔を見ながら顔色一つ変えずに厚い唇を開いた。


​「はっ!承知いたしました!ダーリンに喜んでいただける料理を必ずやご提供いたします!」


やめて!野太い声で、俺をダーリンとか言わないで。


​コック隊は既に並べられている料理を一瞥すると、まるで対戦相手の査定でもするかのように鼻を鳴らす。


​「うぅ……!先生、どうすれば……」

「ぐっ」


涙目の結衣ちゃん。当たり前だがこんな経験のない俺は狼狽してしまう。しかしだ、戦う前から勝負を諦めては勝てる試合も勝てない。そう、リングに上がらなければ勝負にすらならないんだ。


「大丈夫だよ」

「はぅ~」


俺は結衣ちゃんの頭に優しく手を置くと、そのサラッとした髪を優しく撫でた。

​「分かったよ美谷さん……勝負しよう。ただし、審査員は俺一人だ。それと、もし俺が結衣ちゃんの料理を選んだら、この家から即出ていってもらう!」

「ええ、いいわよ」


美谷さんは自信満々といった笑みを浮かべる。それは自信の現れだろう。こちらはどれだけ家事が万能といえど女子中学生。対する向こうは歴戦の猛者であろうコックが5人もいる。


普通ならば勝負にすらならないだろう。


しかし!どれだけ美味い料理が出てきても俺は結衣ちゃんを選ぶ。そう決意すると、強い口調でコック達に向かって宣言した。


「さあ!準備をしてください。彼女の料理が冷める前に!」

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