第3話 愛情たっぷりパンケーキ
時間は、日曜日の午前11時。
陽菜の3時のおやつ作りだ。
冷蔵庫から、買いすぎたドライイーストと、少し奮発した強力粉を取り出す。砂糖は使わない。バナナとさつまいもの自然な甘さで、体に優しいパンケーキを作るのが葵の流儀だ。
「よし、始めよう」
まず、牛乳を計量カップで計り、小さな鍋に移して火にかける。触れてみて、「人肌だなー」という温度になったらすぐに火を止めた。
そこに、計った強力粉と、ふんわりと泡立てた卵1つ、そしてドライイーストを小さじ1投入する。
「陽菜ー!」
陽菜が、目を輝かせてキッチンに入ってきた。
「まーま!これなーに?」
「陽菜の、おやつだよ。パンケーキ。一緒に混ぜようね」
葵は陽菜の小さな手にヘラを握らせ、自分は陽菜の手に添え、鍋の中の生地を混ぜ始めた。陽菜はヘラを力いっぱい動かす。
生地がまとまってきたら、次は残りの材料だ。潰したバナナと、蒸してペーストにしたさつまいも、冷蔵庫の残り物のにんじんペースト。そして、しっとり感を出すための豆腐。
「お芋さん、甘くなるねー」
「バナナー!おいしーねー」
残りの材料を次々に鍋に入れ、ヘラで捏ねるように混ぜていく。手が疲れてきたら、陽菜と一緒に歌を歌いながら、適当なタイミングで捏ねるのをやめた。
生地を混ぜ終えると、葵は鍋を再びコンロに戻した。
「ここからが、おまじないだよ」
火力を一番小さくし、30秒くらい鍋を熱する。熱したというより、ほんのり温めた程度で火を止めた。生地が乾かないよう蓋をして、ダイニングテーブルに置く。
「パンケーキが大きくなるまで、お遊びの時間!」
20分。生地を発酵させている間、葵は陽菜と一緒に絵本を読んだり、パズルの相手をしたりする。この「放置時間」があるおかげで、葵は料理中も陽菜とたっぷり向き合えるのだ。
20分が経ち、蓋を開けると、生地はふっくらと膨らんでいた。
「わー!おっきくなった!」陽菜が歓声を上げる。
葵は膨らんだ生地を、なんとなくヘラで潰し、ガスをつけたり消したりするのと同じ要領で、再度すごく弱火で30秒火にかける。火を止めたら、また蓋をして15分放置。
「もう一回、大きくなるおまじない!」
15分後、生地はさらにきめ細かく膨らんだ。
「よし、焼こう」
葵は、鍋を今度はじっくりと弱火にかけ続けた。火の通りが早いフライパンではなく、厚手の鍋で焼くのが、焦げ付かせずに中まで火を通すための葵の知恵だ。
バナナ、卵、豆腐のおかげで、生地はバターなしでもしっとりとした焼き色に変わっていく。
表面にも火が通り、ふっくらと焼き上がったのを確認し、葵は箸を刺した。箸に何もつかない。
「完璧!」
鍋から出した熱々のパンケーキを、まな板に乗せて冷ます。
そして、午後3時。優斗が淹れたコーヒーと、陽菜が心待ちにしていたパンケーキがテーブルに並んだ。
ケーキのようにカットされた分厚いパンケーキは、バナナとさつまいもの優しい黄色が混ざり、ふんわりとした自然な甘い香りを漂わせる。
優斗は一口食べて、目を細めた。
「うん、うまい。なんていうか、パンとケーキの間の食感だな。バナナと芋の甘さだけで、優しい味だ」
「でしょ?強力粉と発酵のおかげで、もっちりしっとりなの。豆腐とバナナが入ってるから、明日になっても固くならないんだよ」
陽菜は自分の皿のパンケーキを指さし、満足そうに頷く。
「んまっ!ふわふわ!」
優斗は、パンケーキ作りのために午前中に時間をかけていた妻の背中を思い出す。混ぜている時の楽しそうな陽菜の笑顔も。
時間と手間はかかっているかもしれないが、その間も家族の時間が止まることはない。
優斗は、パンケーキに手を伸ばす妻を見て微笑んだ。
「葵が作るものは、何でこんなに美味しいんだろうな」
葵は、焼けた小麦粉の香ばしさが残るパンケーキを口に運びながら、夫に笑いかけた。
「ふふ、陽菜と私が、世界一美味しいおまじないをかけたんだから」
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世界一テキトーで世界一美味しい食卓 風葉 @flyaway00
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